第42話 紙袋の中の四角い箱 8/23(日)

 旅行から帰った翌日にも俺は朝からスズカの家に遊びに行っていた。


 最初はスズカが俺の家に来るって言っていたのだけど、双海が夏休みの最後の追い込みをするのだと言うので日曜なのに休まず遅れの取り戻しに躍起になっていたため来てもらうのは明日以降にした。


「おはよう。昨日の今日で朝から来るなんて無壱くんも涼風にどんだけ夢中なんだ?」

 光枝さんが朝からからかってくるけど、夢中なのは間違いないので素直に「測りきれないくらいです」と答えたらやたらとニンマリされた。


「それだけはっきり言えたならよっちゃんとわたしも別れなかったかもね。ははは」

 後日聞いたことだが、俺達が旅行中に夜な夜な双方の両親は子どもがいないことをいいことに交流を深めていたそうだ。


 父と光枝さんももう昔のことということでわだかまりもなく、逆に昔話に花が咲き、4人で盛り上がったそうだ。


 そして知らない間に俺とスズカの外堀はすっかり埋まっていたようだった。


「やっぱり涼風は無壱くんの許嫁で問題なさそうだね!」

「え? 何の話ですか⁉」

「あっ……ま、まあ。気にしないで」

 それだけ言うと光枝さんは畑の方に猛ダッシュで消えていった。


 俺が呆然と光枝さんの消えた方向を見ているといつの間にかスズカが隣りにいた。

「どうしたの無壱くん。おはよ」

「おはよ。スズカ……光枝さんが変なこと言っていたんだけど知ってる?」

「お母さんはいつも変なこと言っているから、無壱くんの言っている変なことがどの変なことなのかわかんないなぁ」


 言われてみればそんな気もするので、光枝さんのことは気にせずスズカの部屋にお邪魔する。

 凉太郎さんは何かやらなくてはならない大事なことがあるとか言うことで、俺とすれ違いで出掛けていってしまった。


「なんか忙しい時にお邪魔してしまったようで申し訳ないな」

「忙しいのはお父さんとお母さんだけだから、放っておいて問題ないし私達はわたしたちでのんびりしようよ」

「そっか。そうだね」


 旅行の疲れも無いわけではないので、旅行中の写真を二人で見たり、その写真を加工したりして遊んだ。

 で、当然だけどイチャイチャしたりいちゃついたりチュッチュしたりと長いこと二人きりになれなかった分を取り戻すようにくっつきまくっていた。


 もう次の段階に早くも行ってしまいたいと思ったとき、お昼のサイレンが田畑に響いた。

「お母さんが……帰ってきちゃうな……」

 残念そうにスズカが呟いた。

 ということは……スズカも次の段階を期待していたって思ってもいいのかな? いいよね?

 長いキスをたっぷり堪能してから階下に降りると、ちょうど光枝さんが帰ってきたところだった。


「おかえり、お母さん。どうしたの? 慌てて」

「ん、ちょっとね。母さん、ご飯食べたら出かけるから洗濯物とかよろしくね。あと、無壱くん、頼みたいことがあるから、今日は私達が帰ってくるまで帰宅しないで待っていてくれないかな?」


「え、あ、はい。大丈夫です。待っています」

 光枝さんはドタバタとご飯をかっこみ、シャワーを浴びて着替えたら、直ぐに出掛けていってしまった。


「なんだろうね。無壱くんに頼みたいことって」

「まあ、俺に頼むようなことだから簡単なものだとは思うけれどね。それにしたってなんだろうね?」


 何を頼まれるのかどうしても気になってしまい、午前中の桃色空間は午後は出現しなかった。


 リビングで映画のDVDを見たりPCを繋いで動画を見たりしてまったりと過ごしていた。

 日も傾いてきた夕方。


 凉太郎さん、光枝さんが相次いで帰ってきた。

「夕飯は出来合いで申し訳ないけど、無壱くんも食べていって。食べながらさっき出掛けに行ったお願いを話すからよろしく」


「あ、いつもすみません。ご馳走になります」




 ――頼みたいこととそうなるきっかけの話はこの様な内容だった。

「光博が来年、大学を卒業するとともに結婚する。それもあっちで、あっちの娘と」

 光博さんとはスズカの兄上、確か北海道の農業系大学の4年生。

 凉太郎さんは続ける。


「それで、相手の娘は今高校3年生で牧場主の一人娘だ。光博はそこに入るらしい……」


「え? 入るってお婿さんになるってこと?」

 スズカが聞くと、光枝さんが答えた。


「そういう事。向こうの親御さんは大賛成で、諸手を挙げての大歓迎らしいわよ」

「はははは……」

 あまりの展開に乾いた笑い声しか出ないスズカ。まあ、突然聞かされたらそうなるよね。

「まあ、本気らしいので一回ちゃんと両家で挨拶を交わさなくてはいけないって話になって、どうせなら学校が休みの間に全員で会おうって――」


「で、お父さんは朝からチケットを取りに隣の町の旅行会社まで行っていたの。どうせなら、少しぐらい観光もしたいじゃない?」

 折角北海道まで行くんだからそう思うのも仕方ないだろうな。


「それでいつから行くの?」

「ん、明日からよ」


「は?」

「だから、あした。取れたチケットが明日の便なんだもん。なんで凉風は留守番ね」

 にこやかに光枝さんはスズカに明言していた。


「そこで、無壱くんにお願いなんだが……凉風を一人にするのはちょっと不用心すぎる気がするので、一緒に留守番をお願いしたい。頼めるだろうか?」

「勿論、よっちゃんと奏笑さんには了解は得ているわよ。そこは安心してね」

「い、いつの間に……?」


「まあ、急なことなんで頼んだよ。無壱くんと凉風が婚約するって話なら直ぐ納得して驚きもしないんだがね。あの光博がなぁ~」


 凉太郎さんは遠い目をしているけど、なんだか凄いこと言っていませんか?

 俺とスズカは何も応えられないし、うつむいて真っ赤になるだけだった。


「わかりました」と答えるのがやっと。

 帰りは光枝さんが軽トラで自転車を載せて家まで送ってもらえることになった。

「ごめんね。無壱くん、無理言って」

「いえ、大丈夫です。どの道毎日スズカには会うつもりだったので。でもスズカが俺んちに来るのでは駄目だったのですか?」


 そう、スズカがうちに来るって方法もあるはず。親との話がついているってことは可能だよな。

「鶏の世話があってね……というのは建前で。無壱くんは涼風と二人っきりにはなりたくない?」


 ド直球の質問が来た。


「………なりたいです」


「ダヨネー イチャイチャしたりあれしたりこれしたりしたい年頃だもんね~ 分かるわ~」

 光枝さんは笑いながら赤信号に停車する。


「ちゃんとこれ使ってね」

「な、なんですか?」

 紙袋に入った四角い箱を手渡された。


「分かっているくせに。涼風のことは大切にしてね。信じているからね無壱くん」

「…………はい」

 夜風が涼しいはずなのに汗が止まんない!

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