第25話 マジックボール
試合が開始されるとわかるなり、観客席も一層の盛り上がりを見せ、空気を震わせるような歓声が、競技用のコートに降り注ぐ。
決勝を戦う、2年生と3年生の各チームメンバーは、それらの声援に若干身を硬くしながらも、それぞれ自陣のポジションへと歩を進めていく。
コートの中央では、それぞれのチームの代表――2年生は
「――先攻でお願いします」
「わかりました。それでは、前半戦は2年生チームが先攻。後半戦は3年生チームが先攻で試合をスタートします」
審判の言葉に、慶子と律は短く返事をすると、互いの目を見やる。
しかし、そこで何かしらの言葉を交わすといったこともなく、律は踵を返し、慶子は審判からボールを受け取った。
そこで観客たちもいよいよ試合が始まるという空気を察知し、静まり返る。
そして、審判の短くも力強いホイッスルを合図に、慶子は意識を手中のボールへと集中させ、呪文の詠唱を始めた。
「森羅と万象に言葉を捧げ、有象の理と添い遂げ給う――」
慶子の口より、淀みなく語られる呪文の冒頭部。
その瞬間、コート内の他の生徒たちも合わせて呪文を唱え始める。
すると、場の空気はがらりと変わり、強いエネルギーで圧迫されたような、不思議な閉塞感にも似た、それでいて五感が鋭敏になっていく、平凡な人間であれば到底集中を保てなさそうな空間が展開されていく。
観客席で見ているだけでも、身体の内側から何かが背骨を通って込み上げてくるような感覚がするのだから、コートで実際にプレイする選手たちは、どれだけの集中力を要するのだろう――そんな思いを胸に、花音は固唾をのんで初陣を見守っていた。
コートには、各チーム5名のメンバーがフィールドに、ゴール前にキーパー役が1名ずつ配置され、それ以外のメンバーはベンチに控えている。
そして、皆がほぼ同時に呪文を唱え終えたところで、唐突に試合は動き始めた。
慶子の手からわずかにボールが浮かび上がると、ほぼ同時に3年生チームの前方に張っていた女子生徒が、右手を突き出し、魔法を発した。
「――先手必勝っ!」
鋭い軌道で描かれた魔法の軌跡は、一切の迷いもなく、慶子の保持しているボールを目掛け、向かっていく。
だが、慶子もそれは事前に予測できていたのか、器用にボールを空中に浮かべながら身を反転させ、相手の一撃を空振りさせると、そのまま敵陣へ向かって駆け出す。
「その戦法はわかりやすいのよっ!」
「ごめん、避けられた!」
味方へ声を掛ける、前衛の女子生徒を慶子は追い抜く。
しかし、そのまま走ってゴール前まで向かえる程の甘さは相手にはない。
中衛を務める2名のうち1名が行く手を阻むように慶子の進路を塞ぎ、時間を稼ぐ。
このまま何もしなければ、先ほど抜いた前衛が戻ってくる、あるいはもう片方の中衛が寄ってきて、囲まれてしまうのは明白だ。
この『マジックボール』というスポーツにおいて、相手選手の身体に直接妨害を仕掛ける行為は認められていない為、先程のように魔法でボールを狙われても回避し続ければ自分たちの攻撃の順番は継続される。
だが、時間を掛ければ掛けるほど、ボールを浮かし続けることが難しくなっていくのもまた事実。
いくら体力に自信のある高校生とはいえ、一切の休息なしで魔法を維持し続けるのは無謀といっていい。
故に、攻撃側のチームである、仲間のメンバーたちは、敵陣へと入り込み、かき乱そうと試みる。
「設楽さんっ!」
いち早く駆け付けた仲間が、声を掛け、ボールを受け取ろうと腕を開く。
ただ、それも一瞬のことで、更にその間に中衛を務める男子生徒にして相手のリーダー、片山律が体力にモノを言わせて割って入ってきた。
「思い通りに攻めさせるわけないだろ?」
パスコースが潰されたことで、慶子は持ち上げた腕を一旦留め、わずかながら顔をしかめる。
残された選択肢としては、ロングパスか、一旦自陣側へと引いた後に改めて攻撃を組み立て直すか、あるいは強引に突破するかの三択ではあるが、悠長に考えているだけの時間は慶子に残されていなかった。
「――嫌な性格ね」
相手チームの仕掛けてきた、持久戦ともいえる戦術に、慶子の口からも、嫌味が漏れる。
だが、律は涼しい顔でそれを聞き流す。
「一応、これでも先輩なんでね。勝ちにいかせてもらうよ」
「先輩だったら、もっと華麗に勝って欲しいものだけど」
幾度か揺さぶりをかけて見せる慶子であったが、マークについている二人の牙城はびくともせず、その不変性が余計に慶子を焦らせていく。
一応、守備側もいつでも魔法が放てるような状態を維持している為、体力の消耗は最低限に抑えられている。
一方、攻撃側はボールに触れずに保持し続けるという、魔法を使用し続ける状態にある為、持久戦に持ち込まれた場合、守備側に比べてどうしても体力面においての負担が大きくなってしまうのだ。
しかも、試合はこの一回の攻撃だけで終わるわけではない為、攻撃側は守備側へと回った場合や、後々の攻撃時に備えて、なるべく体力を温存しなければならない。
つまり、今回慶子が取るべき行動は、何とかしてボールを仲間へと繋げて攻撃を続けるか、体力温存の為にあえてボールを手放し守備側に回るかの二つに一つなのである。
そこへ、守備側の前衛を張っていた女子生徒も、慶子の退路を断つように後方へと着いた。
無論、仲間のメンバーたちも何とかパスをもらえるよう動き回るのだが、いかんせん経験で勝る3年生チームは、巧みに身体を前へと入れて、そのチャンスをも潰そうとする。
「……さすがに、えげつなくない?」
観客席からも、勝ちにこだわる3年生の戦い方に、そんな声が聞こえてきそうな、困惑と同情が同居しているような空気感が漂う中、慶子は決断を下す。
「そろそろ、いいかしら?」
「どうぞ」
慶子の言葉に、律は無感情な返事をして、魔法を放つ用意をする。
他の球技同様、相手への妨害は、魔法を用いて、かつボールに対してのみ認められている。
その為、守備側が魔法を放つタイミングというのは、相手が保持している最中にハイリスクで奪う場合と、もう一つ――パスをしてボールが無防備になった瞬間を狙う場合とに限られるのである。
そして、律が備えたのは、もちろん後者における警戒であった。
軽く息を吐くと、慶子は改めて前方に立ちふさがる二人を見据え――そして、不意二人の間へと狙いを定め、ほぼ全力ともいえる勢いで、ボールを射出した。
「――
それは、砲撃と呼んでも差し支えない威力の弾道であり、コート中央付近からのロングシュートを思わせる、強力な一撃であった。
故に、ロングパスを行うであろうという守備側の思惑の裏をかく結果となり、慶子の放ったボールは、律たちのパスカットを狙った魔法に触れることなく、コート内の空いているスペースへと一直線に飛んでいく。
「大丈夫、そのコースはゴールに入らない!」
ボールが抜けたことで、とっさに振り返った律が、仲間へと声を掛ける。
その声に反応し、慶子を含む、その場に居たほとんどの人物が、ピタリと動きを止め、ボールの行く末を見守った。
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