第33話 最悪の始まり
澄み渡った青空が広がる、平日の早朝。
それは、多くの人にとっては幾度も繰り返された日常と大差ないものであった。
無理やりに変化した点を挙げるとすれば、普段よりも若干肌寒く感じるといった、温度感を抱く程度のものくらいであろう。
そんな天気であるから、席に着いて一時限目の授業の開始を待つ、
無論、
A組のクラス内では、所々で生徒たちが雑談に興じており、騒がしいとまではいかないまでも、外部からそこそこに賑やかな空気感を察することはできる程度には、教室内の空気は盛り上がりを見せていた。
ただ、それらの『当たり前』だった光景は、始業のチャイムが鳴るよりも早く、唐突に訪れた、あまりにも無骨な音と振動によって終了させられた。
床なのか柱なのか、校舎を通じて感じる、今まで感じたことのない異様な振動。
それとほぼ同時に聞こえてくる、車がエンジンをふかす音や、何かが壊れる音と、何やら大人たちが言い争っているかのような声。
事故でも起こったのかと予想させる、断片的な情報の数々に、好奇心溢れる年頃の青少年たちが欲求を抑えきれるはずもなく、全員とまではいかないまでも、一部の行動的な生徒たちは、教室を飛び出して現場へと駆けていくのであった。
中には窓から現場の様子を確認しようとする生徒も存在したが、事故が起こったであろう正門付近の様子は視認することができず、結局あきらめるか、先走った生徒の後を追うかの選択をする他なかった。
花音たちの教室もその例に漏れず、生徒の何人かが廊下へと飛び出していったが、
無論、花音も後々教師に叱られるといったことを承知の上で、騒ぎに顔を出そうなどという真似をするタイプの人間ではない。
それ故に、花音も最初の内は騒ぎを気には掛けていたものの、窓際の自分の席で、眼下の光景を眺めながら、騒動が治まるのをそっと待っていた。
だが、運命のイタズラか、偶然にも花音の視界にほんの一瞬、とある人物の姿が写り込んでしまう。
「――えっ?」
それは、花音を衝動的に突き動かすには十分すぎる出来事であった。
気が付いた時には、花音は席を立ち、驚きながらも制止しようとするクラスメイトたちの声など聞き入れる余裕もなしに、廊下へと飛び出し、騒ぎの渦中へと駆けだしていくのであった。
一方、騒ぎの現場では、日常の事故と呼ぶには、あまりにも異様で凄惨な出来事が繰り広げられていた。
「おい、アカツキ……どこ行ってたんだ? まぁ、こっちの方は俺たちで押さえることができたからいいけどよ。お前がいないと始まらねぇんだぜ」
「ごめん、コテツさん。ちょっと迷って別の方に行っちゃってたみたい」
「……まったく、気をつけろよ」
「まぁ、結果的に戻ってこれたんだ。過ぎたことは別にいいだろう。それより、大事なのはこれからだ」
「イミト……それは、そうだが……いや、そうだな。どう足掻いても、今日で終わりなんだ。やれるだけのことをやるだけだよな」
学校という場にはあまりにも不釣り合いな、圧倒的な迫力を持つ迷彩柄の衣服を身に着けた大男――コテツを中心に仲間と思われる数名の男女、そしてイミトにアカツキというメンバーが我が物顔で玄関ホールを陣取り、その足元には、学園の警備を担当していたのであろう数名の男性がぐったりと横たわり、無残な姿を晒していた。
そんな状況であったから、野次馬の精神で顔をのぞかせた生徒たちは、その空気感に当てられ、叫び、騒ぐことも忘れ、その場で委縮し、立ち尽くすばかりであった。
故に、集まってきた生徒たちは招かれざる客たちによって、玄関ホール内に多数の人質として、そのまま閉じ込められることとなってしまったのである。
「おっと、逃げようなんて考えるなよ。もし勝手な真似をしようっていうなら、他の人質がどうなるか……わかってるよな?」
手にした黒鉄の銃器を材料に、人質となった生徒たちを出入り口から離れた箇所へと誘導しながら、コテツが逃走を図ろうとする生徒へと釘を刺す。
おかげで、幸か不幸か、玄関ホールへ集まった生徒たちは、コテツの放つ圧に気圧されてか、パニック状態に陥ることもなく、ホールの隅へと追いやられる。
その中には、花音の姿も含まれていた。
だが、ホール内に張り詰めた異様な空気から、花音はアカツキに声を掛けることができず、人質の一部として、不安に身を震わせながらも、じっと状況を静観する。
一方、ホールの中央付近では、生徒たちと一定の距離を置く形で、本計画の首謀者ともいえる面々が集まっていた。
それでも、生徒たちが迂闊な行動を取れずにいるのは、少数とはいえ、人質を見張っている男たちの手には、コテツと同等の、殺傷能力の高い武器が握られていた為であった。
そんな状態であるにも関わらず、一部の生徒は、後先を考える余裕がないのか、あるいは自信過剰か、はたまた英雄願望を持っている人物であったのか、真意は不明であるが、当該の生徒は果敢にも一矢報いようと策を巡らせ、行動に移そうとする。
「くそっ……好きにさせてたまるかよっ」
普通の高校生にはできないこと、そして多くの大人であってもできないこと。
それを実際にできるのが、この美晴ヶ丘学園の魔法科に所属している生徒なのである。
ところが、いざ生徒が魔法を発動させるための呪文を唱えようとしたところで、黒服に身を包んだ、組織の代表ともいえる男――イミトはその気配をいち早く察知し、牽制するように、宣告をした。
「先に言っておくが、魔法で何かしようだなんて考えても無駄だ。我々もそれを承知でこの場を選んだのだからな。それでも抗いたいというのなら止めはしない。ただ、その場合は現存する最強の魔法が、お前たちを焼き払うことになる」
「――最強の魔法?」
「それってどういうこと?」
「最強って会長のことじゃないの?」
イミトの口から放たれた、最強の魔法というワードに反応してざわめき立つ生徒たち。
しかし、イミトが彼らに対してそれ以上の回答を用意することはなかった。
結果、ホール内で生まれた小さなざわめきは、徐々に肥大していく。
「おい、イミト……どうする? 一度黙らせるか?」
「いや、大丈夫だ。奴らが来れば、こいつらもすぐに黙るだろう。変に騒いで、見せしめの為に死にたくはないだろうからな」
静粛をしようとするコテツを、淡々といなしながら、イミトは視線をホールの入口へと向ける。
そして、扉の向こうに目的の人物の影が見えたことを確認すると、わずかに口元を緩めて、小さく笑ったのであった。
「――来たな」
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