第34話 リミット

 玄関ホールの扉を挟んだ向こう側。

 不敵な笑みを浮かべるイミトの視線の先にいたのは、騒ぎを聞きつけやってきた教師たちであった。

 しかしながら、教師たちは前代未聞の事態に、何をするべきか判断がつかないらしく、その多くが扉の前で狼狽していた。

 ただ、襲撃を行った側の首謀者にとっては、その様子すらも織り込み済みであったのか、極めて理性的に、しかし有無を言わさぬ強さを持った声で、自らの要望を伝えた。

「たった今、我々はこの場を占拠した。この場にいる学生たちの命が惜しければ、これから俺の言う要望を、早急に国へと伝えろ!」

 一方的に放たれた、イミトの立て籠もり宣言に、学園の教師たちの間にどよめきの声が上がる。

 そこへ、上質なスーツを身に着けつつも、どこか引きつったような印象を受ける表情をしながら、小さく丸い体形をした年配の男にして、この学園の責任者である存在――学園長が遅れて到着する。

「お、おまたせ……それで、状況はどうなってるの? 警察には連絡した方がいいのかな?」

 学園長は玄関ホールでの出来事が現実であると理解するなり、小動物のように落ち着きなく、周囲にいる教師たちの顔をキョロキョロと見回しながら、尋ねる。

 そのあまりにも弱弱しく、依存的な態度に、先に現場を訪れていた教師の内の一人――橘川きつかわ志乃しのは、喝を入れるように、学園長へと声をぶつけた。

「しっかりしてください、学園長! 生徒の命が掛かってるんですよ! 学園長が狼狽えてどうするんですかっ!」

「で、でも……こういった交渉事は苦手で……渉外関係は全部、南山みなみやま君に任せてたし……あれ? そういえば南山君は?」

「残りの生徒を体育館に避難させてますよ! それに、ほら――今から犯人たちが要求を伝えるみたいなんで、しっかり対応してください!」

「で、でも――」

 寸前まで煮え切らない態度を取る学園長であったが、襲撃をしてきた人間にとって、そんなことはどうでもいい問題であるのは、周知の事実であると言ってもいい。

 それを証明するように、イミトは学園側の事情に関して意に介すことなく、声高らかに、用意してきた文句を言い連ねていく。

「――俺たちの要望は1つ! 世の中に溢れる、戸籍のない人間、行き場のない人間にも、普通の人間と同等の権利と生活の場の保証をすることだ。この要望が受け入れられないならば、ここにいる学生たちの命はない。言っておくが、これは脅しではない。俺たちは、この場で、人質もろとも命を捨てる覚悟で行動を起こした」

 途端、人質となっていた生徒たちの間で悲鳴が上がる。

 だが、そんな感情の吐露すらも、コテツたちの所持する銃器によって、極限まで制限され、瞬く間に悲鳴は喉の奥へと引き戻され、代わりに目元に涙が浮かべる以外できない状況へと押し込められてしまう。

 そこで、イミトは一呼吸を置き、続きを述べた。

「制限時間は今日の夕方5時。それまでに国から認める返事が得られなかった場合、前言を実行する! それ以外の交渉には応じない、以上だ!」

 そう言い終えるなり、イミトたち異様なる襲撃者は監視の目を保ちながらも、手にした武器を収め、休戦状態を取り始める。

 その様子に、身を縮こまらせていた人質の生徒たちも、幾分ではあるが、強張らせていた身体から力を抜くことができた。

 しかしながら、事態は決して好転しているわけではない為、山積している問題をいかに解決するか、頭を悩ませる必要があることに変わりはないのであった。

 他方、玄関ホール内の光景を、ただ眺めていることしかできない教師たちは、相も変わらず混迷していた。

「期限が夕方で、相手が国って、どう考えても時間が足りないですよ。学園長、どうするんですか⁉」

 今にも締め上げてしまいそうなほどに手に力を入れて、校長に言い寄る志乃。

 トレードマークともいえる、黒ぶちの眼鏡がズレ落ちそうになっているにも関わらず、それを気にすることなく感情に訴え出る様は、今にも泣きだしそうで、見ている側であっても心を痛めるものであった。

 そんな志乃の姿であったものだから、学園長も元来の性格もあるだろうが、強く引き離すなどといったこともできず、弱弱しく言葉を吐くに留まる。

「ど、どうするも何も……まずは警察に電話しなきゃ……いや、教育委員会の方が先か? それとも区長に? あぁ、もうっ、どうして俺の代でこんな問題が起こるんだよ……」

 志乃とは対照的に、自らの境遇に泣き出しそうになっている学園長であったが、だからといって周囲の対応が変わるわけではない。

 結局のところ、数分の時間を置いたことで冷静さを多少取り戻した志乃や他の教師たちの助言も得て、美晴ヶ丘みはるがおか学園はようやく、警察への第一報と、救援の要請をする運びとなったのであった。

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