第35話 説得

 人質を取られているということもあって、迂闊な行動を取れない教師たちが、扉の向こう側でもどかしさを覚えている一方、玄関ホール内ではまた別の動きが起こりつつあった。

 ただ、その発端は意外にも、魔法科の最上級生でもなければ、身体能力に自信のある運動部員の主力メンバーというわけでもなく、かといって交渉に長けているような人物ということでもなく、むしろ、それらの対極ともいえる存在であった。

「アカツキちゃん……アカツキちゃんだよね。どうして、こんなことしてるの?」

 困惑、動揺、哀惜。

 それらの感情を必死に胸中に抑え、御厨みくり花音かのんは襲撃メンバーの中でも異彩を放つ、幼くも冷淡な顔を崩さずにいる少女に、一抹の期待を抱いて、話しかける。

 その声は決して力強いものではなかったが、イミト達によって制圧されたホール内において、アカツキへ自らの思いを届けるには十分なものであった。

 しかしながら、どれだけ熱心に、あるいは誠実に接したところで、求めていた答えが返ってくるわけではないというのが、現実というものである。

 アカツキは、声の聞こえてきた方向へと目をやるも、今まで花音に見せてきたような、愛らしい笑顔を浮かべることもなく、わずかに顔をしかめるのみで、口を開くことはなかった。

 その理由を、当然花音ははかり知ることはできないし、人質として捕らえられている以上、深く追求することもできない。

 故に、花音の言葉はそこで一旦切られたわけなのだが、そのまま素直に引き下がれるほどドライに割り切りれる人間でもなかった。

「あっ、そうだ――」

 それは淡い希望であり、純情な物語の延長であり、夢の欠片であった。

 制服のポケットを漁り、花音は何とかそれをアカツキへ見せようと試みる。

 だが、突然に思い立ったことということもあり、目当ての品が中々見つからない。

 そうして花音が手間取っている最中、襲撃を行った一同は、現状を打開すべく起こしたのであろう少女の行動を黙って見過ごすなどという真似をするわけもなかった。

「おい、何を勝手に話している!」

 イミトの雷撃のように鋭い言葉が、花音とアカツキの間を分断するかのように放たれ、その迫力に花音も身を固くし、口を閉ざして引き下がる。

 そこへ、イミトは目つきを鋭くしたまま、ゆっくりとアカツキの元へと距離を詰めつつ、自らの主張を述べていった。

「確かに、人質は交渉の材料の一つではあるが、俺たちの要求が通る可能性は限りなく低いということは、十分にわかっている。だから、人質だから安易に手を出さないだろうなどと考えないことだ。もし少しでも不審な真似をすれば、見せしめとして殺めてしまっても、構わないんだ――アカツキ!」

 イミトの声に呼応するように、それまで沈黙を貫いていたアカツキは、数秒ほど目を伏せると、迷いを断ち切るようにスッと瞳を閉じ、意識を集中し始めた。

 途端、場の空気がそれまで漂っていた緊張感とはまた別の、神妙でこそばゆいものへと切り替わる。

 そして、それが魔法の発動を表すものであると理解できた、一部の魔法科に所属していた生徒たちの間に、静かに動揺の色が広がっていく。

 そういった人質たちに生じた変化を気に留めることなく、アカツキは口を開いた。

「此処に至るは族が贄、礎を辿りて奉じ候、天高きより恵みを、来る悪鬼を帰して繁栄を、真の業を賜るべく、魂の一端を分かち、世の頂と――」

 まるで小説の冒頭でも読み上げているかのような、アカツキによる長々と、そして淡々とした口調での呪文の詠唱。

 そこから発せられる魔法が並大抵のものではないということを、その場に居たすべての者が、感覚的に理解することができた。

「おい、なんだよ、あれ……」

「聞いたことない呪文だ」

「大丈夫なのか、結構ヤバそうな気配がするんだけど……」

 目の前で執り行われた、デモンストレーションのような呪文の詠唱に、自分たちの立場も忘れ、生徒たちは各々感想を口にする。

 一方、イミトも眼前で生まれ、増幅されていく、膨大な魔法のエネルギーを前に、興奮の針が振り切れたのか、教師たちが様子をうかがっている、玄関ホールの扉へと腕を伸ばし、指示を出した。

「いけ、お前の力を見せつけろ! こっちには発言を実現するだけの力があるのだと、教えてやるんだ!」

 瞬間、高濃度に凝縮された魔法のエネルギーは、呪文の完了と共に、レーザーのように真っ直ぐホールの扉へと発射される。

「――危ないっ、下がって!」

 襲撃者との最寄りの障壁として利用してきた扉が破壊されると瞬時に理解した、魔法科の教師――橘川きつかわ志乃しのの指示によって、これでもかと前面へ詰め寄っていた教師たちは、慌てて後方へと駆けだし、扉から離れる。

 直後、玄関ホールの扉は周囲の壁も巻き込んで小さな爆発を起こし、その形状を大きく歪ませた。

 跡形もなくなった扉と、その向こうに驚愕の表情を浮かべる教師たちの姿がうかがえる中、ホール内には焦げ臭い空気と熱気が漂い、またその規格外の威力に、当事者であるイミトとアカツキを除いた、全ての者が衝撃を受け、言葉を失っていた。

 そして、肌に感じる熱気が薄れようかという頃になって、イミトはより通りの良くなった通路の奥にいる教師たちに向けて、更なる驚愕の事実を伝える。

「わかっていると思うが、これはただの魔法ではない。今はもう途絶えたとされる、伝説の魔法使いが唱えていたとされる、最上級の魔法だ! 改めて言う! これはただの脅しではない、この場の全員を道連れにする力を有しているということを示した上での交渉だ!」

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