第2話 魔法の学び舎

「あっ、花音かのん、どうだった? 今日こそは見つかった感じ?」

 教室の扉を開け、入室してきた花音かのんに対し、視線のみを向けてはすぐに戻すクラスメイトの中、気さくに声をかけたのは、教室前方の座席でそれまで雑談に興じていた、ストレートのショートヘアが印象的な、長身でグラマラスな体形の女子生徒であった。

「あっ、かおるちゃん……ううん、今日も見つからなかった」

 急に声を掛けられたことで、驚きから一度目を見開いた花音であったが、その声の主が親しい人間であるとわかった途端、すぐさま安堵の表情を浮かべ、自らが薫と呼んだ女子生徒――三条さんじょう薫の元へと近づき、首を横に振りながら、気丈に微笑んでみせる。

 すると薫は、花音の置かれている状況が、まるで自分のことであるかのように、明らかに落胆したような声色で、花音へと語り掛ける。

「そっか。でも、焦ったからって系譜が知れるわけでもないし、ゆっくり探していけばいいよ。時間だって卒業まであと2年はあるんだしさ?」

「うん、そうだよね……ありがとう、薫ちゃん。気を遣ってくれて」

 花音は、どこか気恥ずかしそうに視線を泳がせながらも、うっすらと頬を染めてお礼の言葉を発する。

 そこへ、直前まで薫と会話をしていた女子生徒も声をかける。

 こちらはアクティブな印象の強い薫とは対照的に、大人しそうな雰囲気を漂わせており、丸眼鏡と髪を団子のようにまとめ上げている髪形がとても特徴的である。

「気なんて遣ってないわ。友達が落ち込んでるみたいだったから、話を聞いて、それに答えただけ。そうよね、薫?」

「まなみの言う通りよ。私は友達として普通に接してるだけ。それはまなみも一緒だろうし、花音が気にすることじゃないわ」

 そういうと、薫はまなみと呼んだ女子生徒――西野にしのまなみと互いに見合った後、花音に視線を送る。

 ただ、口にした当人も自身の発言に若干の気恥ずかしさを覚えたのか、薫は今までの発言を押し流すかのように、幾分高揚した口調で、言葉を続ける。

「ま、世の中にはさ、どこかの誰かみたいに、2年になってもまるで勉強した内容を覚えてないような人間もいるわけだし、それに比べたら花音の方がずっと優秀なんだからもっと自信を持って」

「――おい、どこかの誰かってどういうことだ?」

「どこかの誰かはどこかの誰かよ。あんたこそ、勝手に女子の会話に入ってこないでくれない?」

 薫の言葉に噛みつくように、突如として会話に入り込んできた男性の声は、同じクラスの男子生徒によるものに違いはない。

 ただ、その鋭い食いつきのタイミングに対して、発せられた言葉の声色はせいぜい不機嫌さを示す程度にとどまっており、一触即発などといった危なげな雰囲気は発せられない。

 それをわかっている為か、言葉を返す薫も、内容のトゲトゲしさの割に、どこかじゃれ合いのような、挑発的なニュアンスを含んだ口調で続ける。

「でも、そうして絡んでくるってことは、心当たりがあるってことよね、丸山まるやま?」

「いや、それは……その……三条! そういうやり口は卑怯だぞ!」

 突発的に始まった舌戦ではあったが、薫の方が一枚上手らしく、二言目以降の言葉を紡ぐことのできなかった男子生徒――丸山 じゅんは、外敵が近づいてきた時の番犬のごとく、ビシッと薫を指さし、声を幾分震わせながら吠え始める。

 丸山自身、薫の言った通り、クラスの中でも特段勉学に優れているという存在ではない。

 どちらかといえば、先の通り誰の会話にでも軽く入り込んでくるフットワークの軽さを武器に、ムードメーカー的な役割を果たしている存在であった。

 故に、この学級においても、こうして純が辛酸をなめる展開になるのは、一種の風物詩やお約束といった類のイベントとして、クラスメイトたちの間では共有されており、薫が辛辣な対応をするのも、この風潮に倣ってのものに相違なかった。

 そういった事情を認知しているが為、直前まで薫らと会話をしていた花音も、突然の口論に苦笑を浮かべながら見守るばかりであった。

「変に口出しする方が悪いのよ。もしくは馬鹿にされない程度には勉学に励むことね」

 そして、自らの勝利を確信した薫が、嘲笑を浮かべて純へ更なる追い打ちをかけようかと口を開いた時。

 教室内に広がっていった、賑わった空気を一気に掃き捨てるように、ガラガラと外へ通じている戸が開かれた。

「ほら、もうすぐ授業が始まるわよ。始業のチャイムが鳴る前に席について準備をしてっ」

 ヒヤッとした廊下の空気と、ほのかな化粧の香りを引き連れて花音たちのいる教室へ入ってきたのは、大きな黒ぶち眼鏡が印象的な女性教師――橘川きつかわ志乃しのであった。

 開けた戸を閉め、志乃が教壇へと着くまでの間、それまで自由気ままに過ごしていた生徒たちは、ぞろぞろと緩慢な動きで各々の席へと移動を始める。

 そして、クラスメイト全員が着席を済ませたタイミングで、始業のチャイムが鳴り響いた。

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