第3話 魔法学
「起立、礼、――着席」
始業のチャイムが鳴りやんだタイミングで、クラス委員を務める、ロングのストレートヘアとシュッとした精悍な顔立ちが印象的な女子生徒――
「はい、こんにちは。それじゃあ、魔法学の授業を始めます。欠席の子は……いないわね?」
志乃は軽く頭を下げて挨拶をした後、改めて教室内を見回して空席がないかを確認した上で、出席簿に書き込みを行う。
その間、一部の準備を済ませていなかった生徒たちは、他の生徒が志乃の言葉を待つ中で、机の中あるいは脇にある自らの鞄から机上へと教科書を取り出していく。
それは志乃という教師が、二十代半ばという教師の中でも比較的若い年齢であることや、彼女の醸す温和な空気感によって、生徒が授業に臨む際の緊張感を大分削ぎ落してしまっているからに他ならない。
かといって、収拾がつかないほどに生徒が騒ぎ立てたりしないのは、騒ぎすぎると他所の教師が飛び込んでくるからという理由もないわけではないが、何よりも大きいのは志乃が魔法使いであるからというのが一番の理由であろう。
この科学による発展を築いた社会において、魔法使いという呼称の職業が誕生したのは今から十数年ほど前のことである。
とはいっても、何もないところから湧いて出たなどというわけではない。
元来、人間社会において存在していた超能力であるとか呪術、占術といった類の能力が、部分的にではあるが科学的に解明されたことを受けて、魔法使い――超常現象を起こす者として呼称が広まった為である。
「はい、それでは前回の復習から入りたいと思います。前回の授業では、魔法と詠唱の原理について、説明をしました――」
教科書を開き、落ち着いた調子の声で前回の授業内容を語り始める志乃。
すると、私語や物音が上がっていた教室の空気が、まるで音が浄化されていくかのように静まり返り、志乃の声だけがオルゴールの奏のように通り伝わっていく。
「確認の為に繰り返しますが、魔法というものは誰でも唱えられるものではありません。魔法の素養を有する者が特定の呪文を口にすることによって、はじめて使えるものです。最近の研究では、魔法の素質がある者は特定の遺伝子構造を持っているという所までわかってきましたが、まだわかっていない点が多いのも事実ですね」
直近のニュースも交えながら、魔法というものについて、志乃は丁寧に説明をしていったこともあって、生徒たちもいつしか聞き入っていった。
普段であれば、
窓際の最前列という、一年を通して日当たりがよく、教師の死角にも入りやすい、一部の生徒にとってはこの上ない優良物件。
それが、花音の座席であった。
花音はその恩恵を最大限に享受するように、授業を聞いている風を装いながら、ただ一人、物思いに耽る。
ぼんやりと窓ガラスの向こうに広がる、水で溶いたような淡い青空へと目線を放ると、自然と花音の意識もより深い思考の沼へと静かに沈み、没入していく。
――
首都郊外に設けられた魔法特区に建てられた、全国でも珍しい魔法科が存在する高等学校である。
魔法特区というのは、魔法を研究する企業や施設を集中させるべく国が定めた特別区であり、全国から様々な人材が集まっているということもあって、郊外にありながらも小さな都市レベルの発展を遂げていることから、近年では繁華街として利用する人も増えてきている地域でもある。
そんな地域に設立され、しかも魔法科という学科を有していることからも、美晴ヶ丘学園という存在が担っている役割は大きく、住まいが遠方である学生に対して、学生寮を格安で用意しているというのも、その優位性によるものに違いない。
というのも、魔法の素養に関しては出生時の検査にて確認することが可能となってはいるものの、地方にはそれを適切に運用し魔法使いと呼べるレベルにまで引き上げることは難しいとされているからである。
無論、魔法は元来より伝わる能力であるため、一部の家柄によっては独自の教育手法によって魔法を会得することも不可能ではなく、現に行われている家系も存在する。
しかしながら、全ての家柄が魔法の適切な運用やモラルの教育を指導できるわけではなく、それによって事故や悪用をされることも少なからず実在した。
そうなると、魔法という存在について、使用に関する強い懸念が社会に広がるのは当然の結果であり、行政側に解決策を求められるのも既定路線である。
案の定、そこで国はより健全に、社会の役に立つよう魔法を使う為という名目で、この魔法特区というパッケージを作り、そこに素養のある若者を集めることによって、事故や悪用を減らしつつ、現代社会に組み込もうと試みたのだった。
ただ、決して社会情勢に興味があるといえない花音にとっては、国だとか政治だとかいう存在の思惑や社会の潮流など知る由もない。
単に魔法が使えたならという安易な気持ちで、親元を離れ、学生寮に住まいを置きながら、美晴ヶ丘学園にて魔法を学び、学友と青春の時代を共有しようとしていたのだ。
そんな花音にとって唯一の誤算は、自身の魔法の系譜を見つけられないということに他ならない。
一方、美晴ヶ丘学園は魔法の素養のある者はもちろん入学するが、それ以外のいわゆる一般の生徒も入学は可能となっている。
それは魔法という能力についての知識を深め、将来の開発、研究に役立てるという目的の他に、魔法使いとより近くで接することで、魔法とはどのようなものなのかをより身近に感じてもらうという意図によるものである。
そんな魔法使い以外の一般の生徒も同級生に存在するという環境のおかげで、花音も自分だけが魔法が使えない異質な存在という、劣等感や悲壮感といった負の感情を緩和できていたのは、大変に幸運なことであった。
さらに言えば、同じクラスの誰一人として、花音が魔法が使えないことを馬鹿にするなどといった、幼稚な嫌がらせをする者もいなかったことも、大きな要因であったといえよう。
おかげで、時には多少落ち込みはするものの、花音は前向きに授業というものに臨み、偶には気を抜きながら、毎日を過ごしているのである。
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