第4話 放課後

「――と、ここまで説明してきましたが、例外は存在します。皆さんも耳にしたことはあると思いますが、無詠唱魔法というものですね。現役の魔法使いでも行う機会はほとんどないので、実際にできる人がどれだけいるかは私もわかりませんけど、理論上はできるらしいという程度の認識で構わないと思います。ですので、皆さんはやってみようなんて思わないように。とはいっても、やり方もわからないので心配はいらないのかもしれませんけど……あっ、もう時間ね。クラス委員の人、挨拶をお願いします」

 熱心に続けられた志乃しのの講義は、終業を告げるチャイムによって、話を切り上げるといった形で終わりを迎えた。

 始業時と同様に行われた、設楽したら慶子けいこの号令を合図に、クラスは息を吹き返したかのように、一気に活気を取り戻す。

 その落差に、志乃はわずかに肩をすくませるが、何も言うことなく教室を後にする。

 そして訪れた放課後の時間帯。

 生徒たちは机上のテキストやノートを手早く片付け、各々の時間を過ごし始める。

 ある者は教室を飛び出し、自らの所属するクラブ活動へ。

 また別の者はだらだらとマイペースに荷物の整理を。

 数人のグループを作って、そのまま教室外へと談笑しながら出ていく者もいれば、教室に残って雑談をしたり、黙々とノートにペンを走らせる者もいる。

 その中で花音かのんはというと、一人教科書やノートを鞄に仕舞い、帰宅の準備をのんびりと進めていた。

 ただ、それが完了するよりも早く、複数の女子生徒が声を掛けてくる。

「ねぇ、花音。今日は帰りどうする? 何か予定とかあったりする?」

 明朗な声の主は、既に鞄を肩に担ぎ、すぐにでも教室を出られるよう準備を終えたかおるであった。

「私? 私は、特にないけど……」

 一旦片付けの手を止め、花音が返事をすると、それを待っていたかのように薫の背後から可愛らしいお団子頭が顔をのぞかせ、声をかける。

「なら丁度よかったわ。帰りにカフェに寄ろうと思ってたの。花音も一緒にどう?」

 まなみの表情は相変わらず豊かとはいえないものであったが、それでも声の調子や顔ににじみ出る微細な変化から、彼女が楽しみにしていることを感じ取ることは理解できた。

 だが、花音はそんなまなみの誘いに対して、肯定の返事を即答することができず、少しの間考え込んだ後、改めて顔を上げ、申し訳なさそうに首を振った。

「う~ん……ごめん、今日はいいかな。手持ちもそんなにないし、また今度行くときに誘って」

「そう……それなら仕方ないか。残念だけど、一人寂しく春の新作スイーツを味わうことにするわ」

「あれ? 薫ちゃんは一緒に行かないの?」

 まなみの言葉を受け、花音は目を丸くして薫を見つめる。

 その真っ直ぐな視線から、薫は目をわずかにそらしながら、理由を口にした。

「まぁ、行きたい気持ちはあるんだけどね……今日は私、部活があるからさ」

「そうなんだ……じゃあ仕方ないね。薫ちゃん、何といってもウチの学校のエースなわけだし」

「褒めても何も出ないって。でもまぁ、ありがと」

 照れからなのか、薫ははにかんだ表情を浮かべるも、すぐにニッと笑顔を作り花音へと笑いかけ、花音もそれに同様の表情で応える。

 すると、タイミングを察してかまなみが総括するように締めの言葉を発する。

「じゃあ、今日はこのまま解散ってところかしら。花音、気を付けて帰るのよ」

「もう、まなみちゃん。心配しすぎだよ」

 別れ際の楽しげな談笑。

 その場へと不意に差し込まれたのは、幾度となく彼女たちの会話に割り込んできた、聞き覚えのある低い声であった。

「――何? メンバーが足りてない感じ? だったら、ここに一人フリーなイケメンがいるんだけど?」

「嘘つきな人は信用できないから無視でいいわよね、まなみ?」

「そもそも女子の会話に割り込んでくる時点で空気が読めてないのだから、聞くまでもなくギルティ」

 声からその人物を確信したまなみと薫は、それまでとは一変、低い調子の声で、存在をアピールし続けている男――丸山まるやまじゅんを視界から完全に排除しながら、突き放す。

 だが、純もやすやすと引き下がるわけではない。

 なおも食い下がろうと、何かしらのとっかかりを求めて、花音へと話を振る。

「別に何もおかしなことをしようってわけじゃないだろ? だったら俺が参加しても問題がないわけじゃないか? そうだろ、御厨みくり?」

「えっ、えっと……それは……」

 急に話を振られて、花音は言葉を詰まらせる。

 そんな時、まるで天から垂らされた蜘蛛の糸がごとく、この教室において相当な影響力のある人物の金言が助け舟として差し出された。

「ちょっと、丸山君。女の子に強引に迫るなんて、どういうつもりなのかしら? 本当なら問答無用で有罪にするところだけど、今なら言い訳くらいなら聞いてあげるわよ?」

「げっ、設楽したら……いや、これはクラスメイト同士の、親睦を深める為のコミュニケーションというか……」

 背後から現れた慶子けいこに慌てふためく純は、矢継ぎ早に言い訳を並べ立てる。

 ただ、貼り付けたような笑顔のまま、額に青筋を浮かべる慶子は、そんな純の言動に一切のリアクションを返さず、ただ一言宣告をする。

「じゃあ、あなたは先生方ともっとコミュニケーションを取ってもらいましょうか」

「えっ、いや、ちょっと……設楽さん? あ、今用事を思い出して――痛い、痛いから耳は引っ張らないで!」

 アニメのワンシーンのように、器用に耳をつかんで教室外へと純を連行していく慶子。

 その様子を眺めながら、まなみと薫は、口元を緩めて笑いながら、小さく手を振って見送る。

 花音も、手こそ振ったりはしなかったが、滑稽な純の姿に、くすくすと肩をわずかに上下させながら、笑うのであった。

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