第43話 彼の歩み

 それは冷たくも重い、記憶の瓦礫の下に埋もれていた、遠い日の思い出だった。

 幼くして両親を失い、天涯孤独となりながらも、少年は善も悪も考える余裕もないまま、必死に生へとしがみつき、毎日を過ごす。

 無論、何の事前知識もなしに社会の荒波へと放り出された彼にとって、法も犯さず、誰にも迷惑を掛けず、慈善団体へ助けを求めるなどといった、きれいな生き方を知っているはずもない。

 仮にそういった団体と邂逅する機会があったとしても、社会に適合できるまでに健全に成長できたかは空想の話にはなるが、現実として彼がたどり着いた場所は、社会の暗部に他ならない。

 自分と同じように、行き場を失くした者たちが集まり、形成された、力と謀略の有無が生活に直結する、裏側の世界。

 そんな誰が敵で誰が味方かもわからない、殺伐とした毎日を送っていれば、どれほど強靭で高尚な精神を持っている人間であっても、心が荒んでしまうというもの。

 それが幼い子供であったなら、性格が歪んでしまうのも致し方ないことであり、当然の帰結ともいえる。

 でも、だからこそ、その人物との出会いは、少年にとって人生を反転してしまうような、運命的なものであった。

「――君、ウチで働かないか?」

 路地裏で戦利品の確認をしている少年に対し、注意をするでも捕まえようとすることもなく、ボリュームのある白髪頭と、それと同じくらいに真っ白でボリュームのある髭を携えた、オーバーオール姿の老人は、にこやかな笑顔でそう話しかけたのだった。

 さすがに当初は少年も不審に思い無視を貫いていたのだが、翌日、翌々日と、老人がにこやかに、彼の行いを咎めることもなく、彼の抱えている事情に深入りすることもなく、純粋な勧誘を続けてきたものだから、いつしか抱いていた疑念は幾分消え失せ、簡単な応対程度であれば言葉を交わす関係にまで改善されていた。

 そして、最初の出会いから半月が経とうかという時、少年は見てみるだけでもいいという老人の言葉を信じ、彼らの住まう家へと同行したのだった。

 老人の言う住まいとは、町のはずれにあるボロボロの一軒家であった。

 導かれるままに、内部に入るとそこには老人以外にも、様々な年代、性別の人々が生活をしており、その誰もが瞳に光を宿していたのである。

 それを目にした少年は、大きな衝撃を受けた。

 自分以外の誰かと協力して何かを成し遂げること、誰かのために行動すること、自らの抱いた感情を皆と共有すること。

 少年にとって、それらのすべてが、とても目映く輝いて見えた。

 その日を境に、少年は老人のファミリーの一員となった。

 少年は老人をおさと呼び、決して裕福ではないが、法を犯すこともなく、ファミリーの皆で助け合いながら、いつの日か社会の表舞台で働くことができるよう、空いた時間に図書館で勉学に励んでいた。

 勉強をして、その成果を報告して、その度に長はよく頑張ったと少年を褒めた。

 ファミリーの仲間も、少年の有していた勉学に関する才能に対し、自分のことのように喜び、祝福してくれていた。

 だからこそ、少年はファミリーという存在を、かけがえのない大切なものとして認識し、守りたいと思うようになっていった。

 ただ、そんな幸せな時間は突然に終わりを迎える。

 ファミリーを取り仕切っていた長が、治安維持という名目の下、警察によって事情聴取、後に逮捕されたのだった。

 警察側の言い分としては、身元不明の人間を集めて事業を行ったことが問題であるとのことらしく、少年をはじめとしたファミリーに所属していた仲間たちによる抗議の声も届くことはなかった。

 その後、ファミリーは住まいとなっていた古びた一軒家を差し押さえられたことから解散を余儀なくされる。

 そんな事態を目の当たりにしたのだから、少年が社会に対して怒りを覚えるのは当然のことであった。

 どうして長が逮捕されなければならなかったのか、身元がわからないのは誰の責任なのか、それらに一切の救いはないのは何故なのか。

 それらの問いかけを親身になって聞いてくれる人間が近くに居たのなら、きっと少年の人生は、それ以上よじれることはなかったのだろう。

 だが、悲しいかなファミリーの仲間は散り散りになり、少年の思いを分かち合うことは叶わなかった。

 結果、少年は自らの人生を呪い、拒絶し、己を忌み人と称して、抱いた憎悪の感情を原動力に、この社会を変えようと動き始めるのだった。

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