第14話 外の人間

「最初はお詫びのつもりだったのだけど、今日は御厨みくりさんを誘ってよかったわ。いい話も聞けたことだし」

「あの、恥ずかしいから、あんまり言いふらしたりしないでもらえると、助かるんだけど……」

「もちろん、わかってるわよ。私はこういうことに関しては口が堅いの。まぁ、私の場合はそんなことを言う相手がそんなに居ないからっていうのもあるのだけど」

「それ、冗談だったりする?」

「自虐気味な冗談だったのだけど、伝わりづらいかしら?」

「笑っていいのか、ちょっとわかりづらいかも」

「そう……相手が御厨さんで助かったわ。ちゃんと言ってくれて。次からはもっと気を遣わせないような会話にしないといけないわね」

 当初よりだいぶ打ち解けた二人の間には、いつしか会話の節々にあった硬さもすっかり抜け、親しい友人と呼べるほどにまで距離感が近づいていた。

 距離の近づいた両者は、会話に花を咲かせ、手近な雑貨屋であったりブティックに入ってウインドウショッピングを楽しみ、放課後という時間を、謳歌する。

 そして、いよいよ日が傾き、道行く人々の顔ぶれが変わり、街が夕方の顔を見せようかという時間帯。

「――いい加減、国や自治体は目を背けることなく、我々の存在を認知し、社会活動に参加させるための措置を――」

 長く続くショッピングモールを半分ほどの距離を歩いたところで、どこからともなく聞こえてきた、張り上げるような男の声に、花音かのんは足を止めた。

「んっ? 御厨さん、どうかした?」

 背後にあった気配が変化したことに気付き、慶子けいこはすぐさま花音を振り返り、尋ねる。

「いや、その……今聞こえてきた声って……」

 恐れというよりも困惑の方が強く出た顔つきで、花音は答える。

 その視線は二人のはるか前方――夕方の買い物客が往来する通路において、極端に人の密度の低い一帯へと向けられていた。

「……あぁ、あれね」

 花音の視線を追った慶子は、ため息混じりの声を上げる。

設楽したらさん知ってるの?」

「えぇ。DOとかいう団体の演説よ。たまにあぁしてゲリラ的にステージを作って演説をしているの。聞いたことない?」

 慶子の説明に、花音は黙って首を横に振った。

「そっか。まぁ、知らなくてもいいんだけど、一応説明すると、DOっていうのは社会から逸脱した人たちが集まって作った組織なの。メンバーの多くが身元不明だったり前科があったりで、あぁして時々、社会復帰できるよう訴えてるみたいね。だけど、実際は見ての通りね。国や自治体が動くこともなければ、道行く人たちも気に留めることもない。まぁ、触らぬ神に祟りなしってことなんでしょうね。可哀想だけど」

 慶子の説明を受けて、花音は改めて演説を続ける人々へと目を向ける。

 マイクを手に持ち、語気を強めつつ思いを訴えかけるのは、黒い革のジャケットに濃いグレーの色をしたインナーとズボンという服装をした若い男性であった。

 髪は短く、髭も丁寧に剃られており、容姿だけで見れば、清潔感のある好青年といった印象である。

 問題点を挙げるとするなら、眼光の鋭さと感情に乏しい表情が、道行く人々の目には威圧的に映るという点であろう。

 また、青年の脇には護衛の為か、身長が二メートル近くあろうかという、筋骨隆々の大男が、迷彩色の上下に赤いインナーという格好で、控えているのも人が集まらない要因となっているのだが、当人たちはそれらを意に介すことなく、檄を飛ばし続ける。

「我々は人間である。にもかかわらず最低限の生活を行うための、住まいも、仕事も、存在の証明さえ認められていない。政府はこの実情を、問題として考えてもいない。それどころか、排除しようとさえしている。まるで、害虫を駆除しようとするかのように!」

 止め処なく紡がれる、社会からはじき出された者たちの、切実な思い。

 しかしながら、大半の人は見て見ぬふりをするか、足早に彼らの前を素通りするといった、関わらないことに極力努め、自らの予定にのみ目を向けようとする。

 その温度差が、より深い溝となり、見えない壁となって、青年たちの孤立を加速させていく。

「――御厨さん、寮住まいでしょう? そろそろ行かないと、門限過ぎちゃうんじゃないの?」

 まるで狙ったかのように、慶子の言葉が花音に帰宅を促す。

 それを受けて、花音は脇へと動かしかけた足を、その場で踏み留まらせた。

「う、うん……」

「じゃあ行きましょう。学生寮は私の通学路の道中にあるから、送っていくわ」

「……ありがとう、設楽さん」

 躊躇する間を一切与えない、慶子の申し出に、あえて断るだけの理由を持ち合わせていなかった花音は、後ろ髪を引かれながらも、彼らから目を離し、歩き始める。

 そして、ショッピングモールを抜けて、寮まで続く道中。

 花音は異様な気まずさを含んだ空気の中、口には出さないものの、ふと演説をしていた青年たちのことを思い出す。

 もし彼らの念願が成就することがあったなら、アカツキも救われたりするのだろうか――そんなことをぼんやりと思いながら、しかし自身のできることのあまりの少なさにわずかながら嫌悪を抱き、そして溜息を吐きそうになるも、今は慶子と一緒に帰宅しているということを思い出して、その感情をぐっと堪えて飲み込む。

「――着いたわね。時間は……よかった、まだ門限じゃないみたい」

 心境が二転三転して落ち着かない花音とは打って変わり、慶子はさも平然と学生寮の前で歩みを止め、微細な笑みを浮かべながら花音に語り掛ける。

「そうみたい……だね。設楽さん、今日はありがとう。少しの時間だったけど、楽しかった」

「ううん、こっちこそ、御厨さんのことを色々知れてよかったわ。それじゃあ、また明日、学校で会いましょう」

「またね、設楽さん」

 それまで漂っていた、異様な空気感を振り払うように、普段よりも明るい声で、挨拶をする二人。

 それは決して自然とはいえなかったが、不用意に指摘することもなく、その日の思い出と共に、じんわりと宵闇の中へと消えていくのだった。

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