第13話 放課後ショッピング

 放課後。

 学校帰りの学生たちが散見される、ショッピングモールの一角にて、花音かのん慶子けいこと共に、ゆったりとした歩調で店並みを眺めながら、足を進めていた。

 ショッピングモールは人通りが多いものの、学園指定のセーラー服はやはり異色であり、目立たない服装とは決していえない。

 それでも一定数の生徒たちがバッグに制服姿で、帰宅がてらに寄り道をしているのは、もはや日常の風景となっており、道行く人々もその姿を視認して、口酸っぱく帰宅を促すなどといった真似をすることもない。

 そんな常態もあって、美晴ヶ丘みはるがおか学園の生徒たちにとって、ショッピングモールで時間を潰しながら帰宅をするという行動が、放課後の過ごし方のひとつとして定着していた。

 その中で、左手には鞄、右手には直前にコンビニで購入したアイスを持つのは設楽したら慶子であった。

 ただ、慶子も一人というわけではなく、その後ろには鞄と缶ジュースを手に着いて歩く小柄な少女――御厨みくり花音の姿があった。

 花音は、多少落ち着きのない様子で、周囲を気にしながらも、意を決した様子で、前方を進む慶子へと声を掛ける。

「でも、本当に大丈夫? 他にも寄り道してる子はいっぱいいるけど、設楽さんてクラス委員でしょ?」

 胸に抱いていた疑問を、やっとの思いで吐き出したといった様子の花音に対し、慶子はサラサラの長髪をなびかせながら振り返ると、一ミリたりとも悪びれた顔をすることもなく、さも当然とばかりに答えた。

「えぇ、気にしなくて大丈夫よ。別に、クラス委員だから放課後はまっすぐに帰らなきゃいけないだなんてルールはないわけだし。それに、昼のことお詫びもしたかったから、これは私の意思よ。御厨さんは気にしないでいいわ。ま、教師に見つかったらいい顔はしないでしょうけどね」

 そこまで口にすると、慶子はニッと笑うと、手に持った棒付きアイスを一口齧る。

 慶子の見せた予想外の一面を受けて、花音は一瞬言葉を失うが、すぐにそれまで維持していた、緊張した面持ちを幾分緩め、微笑んでみせた。

「ありがとう、設楽さん。でも、お詫びだなんて、私気にしてないから、そんな気を遣ってもらわなくても――」

「いいえ、これは私の責任よ。直接突っかかってきたのは比奈乃ひなのの方ではあるけど、元はと言えば彼女は私を追って学食までついてきたわけなんだから。それをきちんと制御できなかったのは私の落ち度よ」

「でも、本当に私は気にしてなんか……」

「それじゃあ、私の気が治まらないのよ。これは私の側の気持ちの問題で、わがままよ。だから、御厨さんは気にしなくていいわ。どうしても気が引けるって言うなら、私の寄り道に付き合ってもらうってことにしてちょうだい」

「う、うん……そこまで、言うなら」

 有無を言わせぬ慶子の口調に、花音はそれ以上の謙譲を諦め、口を閉じる。

 一方慶子は、自信の言い分が通ったことに満足したらしく、機嫌よさげに花音を自らの隣に来るよう促す。

「決まりね。じゃあ、早速ウインドウショッピングを……って、これ持ったままじゃ店に入れないわね。仕方ないから、このまましばらく歩きましょうか」

 慶子は自らの右手にあるアイスに気付き、ばつの悪そうな顔をしたかと思えば、すぐさま思考を切り替え、花音と共にショッピングモールを歩き始める。

 花音も、手にした缶ジュースに目を向け、軽く口をつけると、慶子に従って立ち並ぶ虹色の専門店街のショーウインドウを味わい、進んでいった。


「でも正直、設楽さんの方から誘ってくるなんて、意外だったな」

 手にした缶ジュースを飲み干したこともあり、鞄を両手で持ちながら、花音は歩きがてら慶子へと話しかける。

 その声色からは、緊張の色はすっかりと消え失せ、親友とまではいかなくとも、ここ数十分で関係性がだいぶ近しくなったことを、十分にうかがい知ることができた。

 対して慶子も、言葉遣いこそ相変わらずであるが、大分フランクな調子で花音へと言葉を返す。

「まぁね。私ってそういうイメージないんだろうなって思ってたから、当然かもね」

「私も、こうして一緒に過ごすまではそう思ってた。けど、そういうイメージがあるってわかってるのに、それを守ろうとはしないの?」

「思わないわね。そんな生き方をしていたら、やりたいこともできなくなってしまうわ。それに、校則なんていうのは、あくまで学内での円滑な運営を行うためのルールなんだし、余程道理に外れた行動さえしなければ、私は構わないと思ってるわ」

「例えば?」

 花音からの実直な質問に、慶子は手すきになった左手を自らのあごに当て、数秒程考えた後、さらりと回答した。

「……そうね、日暮れ以降も制服姿で遊興施設に入り浸っていたり、犯罪行為に手を染めたりっていう所が、私なりのラインかしらね」

「はぇ~っ……設楽さん、しっかり自分の考え持ってるんだね。私、そこまで考えたことなかったよ」

「まぁ、将来のことを考えると、それくらいできないとって思ってるからね。一応、こう見えて私、学校を卒業したら魔法関連の商品開発をしてる会社に勤めたいと思ってるから」

「えっ、設楽さん、魔法使いになるんじゃないの⁉」

 今日一番と言ってもいいほどの、花音の驚きの声。

 それを受けて、慶子は吹き出して笑うと、自らの見解を述べ始める。

「驚き過ぎよ。でも、その通りね。私、どっちかというと魔法を使う側より、魔法を使う人をサポートする側の仕事がしたいって思ってたから」

「そっかぁ……でも、設楽さんくらい魔法ができる人だったら、周りのみんなからも、もったいないって言われたりしそうだけど」

「だから、反発する力が必要なのよ。自分のやりたいことを実現する為には、周りの意見が邪魔になることもあるんだから。ま、この寄り道は、ただの方便なんだけど」

 そういって、幼い子供のように軽く舌を出して、笑って見せる慶子。

 その無邪気な笑みに、花音は一瞬ではあるが見とれ、そしてすぐに意識を現実へと繋ぎ直す。

「私からしたら、魔法を使える仕事があるんだったら、絶対やってみたいと思うけどなぁ……でもこれは、私が魔法を使えてないから、そう思ってるだけかもしれないけどさ」

 ありのまま口に出した花音の純朴な思考に、慶子は親しげに笑い声を上げる。

「それもあるかもね。じゃあ、御厨さんは魔法が使えたら何がしたいの? これは別にすぐできることじゃなくてもいいよ。将来こういうことやってみたいとか、そんな感じでさ」

 慶子の言葉に、花音は躊躇をしてみせながらも、答えないわけにもいかない雰囲気を察してか、小さく呼吸を整え、意を決した様子で回答する。

「その……子供っぽいと思われるかもしれないけど、小さなお人形さんとか、魔法で動かしてみたいんだ。小さい子用のテレビ番組でやってるような人形劇みたいに」

 赤裸々に語られた、花音の夢。

 しかしながら、それに対する慶子の反応は、言葉を用いない、わずかな驚きと感心の入り混じったような表情のみであった。

 思っていたよりも静かなリアクションに、花音は不安を覚えたのか、恐る恐るといった様子で、慶子に問いかける。

「やっぱり、変……かな?」

 頬を赤らめ、あと一言何か口にしてしまえば、そのまま泣いてしまいそうな、脆くも儚げな花音の表情。

 そんな、砂上の楼閣のような、危うさを多分に含んだ花音の心情をつぶさに察し、慶子は慌てて言葉を貢いだ。

「いえ……思ったより、御厨さんて、しっかりしてたんだって思って。自分のやりたいことがあるって、凄いことだと思うし――」

「そんなこと……」

「謙遜しなくていいわよ。やりたいことがあるだけで、人は努力を続けることができる生き物なんだから。そういう人の方が、たとえスタートが遅くても、最終的には夢を実現するのが早かったりするものよ。それに、生徒会長も言ってたけど、魔法についてわからないことがあったら私たちに相談してちょうだい。できることは限られているけど、全力でサポートするから」

「えっ、でも、そんな……私はまだ系譜もわかってないし、迷惑に――」

「心配不要よ。私はね、ただ単に御厨さんが可哀想だからそう言ったわけじゃないわ。夢に向かって、悪路ながらも愚直に努力を怠らない姿勢に感銘を受けたから、だから協力したいって言ってるの」

「設楽さん……ありがとう」

 いつしか足を止め、真っ直ぐに花音の眼を見据える慶子の瞳は、普段目にするものよりも幾分温かであった。

 それを花音も悟ってか、表情を無意識に綻ばせ、愛らしい顔で笑うのだった。

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