第12話 生徒会長

「――宮澤みやざわ先輩っ⁉」

 直前まで強気な表情を見せていた比奈乃ひなのは、声の主が誰であるか悟った途端、それまでの態度とは一転、敬慕に満ちた顔で振り返る。

 そこに立っていたのは、発した声のイメージをそのまま体現したかのような温和そうな男子生徒にして、この学園の生徒会長――宮澤 海斗かいとに他ならなかった。

「いかにも、宮澤は僕だけど……君は確か、東城字とうじょうじさんだったよね、新入生の」

「はい! 今年度、主席入学をしました、東城字比奈乃です! 私のこと、覚えて頂いてくれて、光栄です!」

「噂には聞いてるよ。魔法の成績も群を抜いてるんだってね。かといって、その技量に甘えず、今後も勉強に精進するんだよ」

「はいっ! ありがとうございますっ!」

 海斗から言葉を掛けられたことが余程嬉しかったのだろう、比奈乃は目を輝かせ、深々と頭を下げる。

 対して海斗はその姿を一度確認したところで、すぐさま比奈乃から視線を外し、その最も近くの席に座っていた、恐らくこの学園で二番目に有名であろう少女へと目を向けた。

「見覚えのある顔だと思ったら、やっぱり設楽したらさんだね。学食がいつになくピリピリした空気だったから何があったかと心配したけど、意外だったな」

「えぇ、ちょっと今日は昼食をここで取ろうと思って。それで、生徒会長はどんな用件で? 学食を利用しているという話は聞いたことありませんけど」

 飼い主と再会を果たした子犬のように喜びを隠しきれない比奈乃に対し、慶子けいこは終始落ち着いた対応を見せ、怪しく微笑む。

「用件という程でもないさ。偶然近くを通りかかっただけだよ。そうしたら何やら学食の方でただならない気配を感じたものだから、一応生徒会長という立場もあるし、僕の口添えで解決できる問題であったならと思ってね。結果としてこうなったわけではあるけど、設楽さんが居たなら僕は不要だったかな?」

 恐らく素を見せてはいないのだろう慶子に対し、生徒会長はそれまで見せていた温和な表情も、声色も、一切変えることなく、親しげに答える。

 そして会長は、そのまま視線を横へとスライドさせ、残る騒動の当事者を視界に収めると、これまたまったく同じ調子で花音かのんへと声を掛けた。

「それと……君は、確か御厨みくりさんだったよね。魔法の系譜がまだわかってないんだっけ?」

「えっ、はい……そう、です」

 突然話題を振られ、花音は考える余裕もなく、素直に肯定の返事をするが、答えた後になって、自信の特異性を思い出し、花音は申し訳なさそうに目を伏せた。

 瞬間、慶子は眼光鋭く生徒会長をにらみ、比奈乃は勝ち誇ったように頬の緩んだ表情を浮かべる。

 二人がリアクションをそこまでで留めたのは、やはり相手が生徒会長であるからだ。

 もちろん、それは役職の持つ力というのも多少は含まれるが、それ以上に宮澤海斗という存在が学園史上最高の魔法使いと称される天才であることに尽きる。

 彼の魔法は系譜の質の高さもあるが、当人の持つ魔法のセンスや応用力の技量の高さも相まって、本職の魔法使いよりも実力は上なのではないかという噂も出てくるほどだ。

 それゆえに、下級生の生徒はもちろん、教師の中でも彼に意見をする者はほとんどいない。

 そんな状況下におかれれば、人間というものは次第に傲慢になっていくものなのだが、海斗については不思議なことにその例に当たらず、物腰柔らかな自然体で皆に接するのだ。

 それを体現するように海斗は花音に優しく声を掛ける。

「そっか。それは大変だね。嫌でも周りと自分を比較して、気分が落ち込んじゃったりするかもしれないけど、せっかくこの学校に来たんだから、諦めないで勉強を続けていってくれたらって思うよ。せっかく素養があるんだ。魔法が使えた時の感動を、是非味わってもらいたいからね」

 そこまで口にすると、生徒会長は改めて周囲に目をやり、温かく微笑む。

「どうやら、この一件、余計なお世話だったみたいだね。このまま長居するのも皆落ち着かないだろうし、僕はこれで失礼するよ。みんな仲良くするのが一番だからね、それを心に留めてくれると嬉しいかな」

「はい、宮澤先輩の言葉、胸に刻んでおきます!」

 威勢の良い比奈乃の返事に、海斗はふふっと笑いながら、くるりと踵を返して学食を後にする。

 たった一人の人間が、その場から居なくなっただけなのに、学食は元の賑わいだ空気感に戻り始める。

 止まった時間が再び動き始めたかのような、雰囲気の変化。

 それを直に受けてか、それとも海斗と話をできた嬉しさからか、比奈乃は上機嫌に心情を漏らす。

「あぁ、やっぱり宮澤先輩ね。魔法の腕だけじゃなくて心まで広いなんて。私も負けていられないわ。早速戻って先輩に追いつけるよう頑張らないと。慶子さま、お互い宮澤先輩を目指して頑張りましょうね、それでは!」

 一方的にそう言い放つと、比奈乃はロケットのように学食を飛び出し、消えていった。

「やっと行ったわね……私、あの生徒会長苦手なのよね。どうにも聖人過ぎるというか、心の内が読めないというか」

 先に口を開いた慶子の表情には、先ほどまでのきつさはなく、疲れの色が見て取れた。

 対して花音も苦笑を浮かべながら、相槌を打ちつつ、言葉を添える。

「確かに、あぁいう人は珍しいかも。でも、悪そうな人には見えなかったよ」

「えぇ、そうね。でも私はあぁいうタイプよりも、比奈乃みたいなタイプの方が相手していて楽ではあるわ。あっ、勘違いしないでほしいのだけど、あの子、悪い子じゃないのよ。あんな態度を取って信じられないかもしれないけど、後でちゃんと言って聞かせるから、許してあげてくれないかしら」

 話の途中で、思い出したように比奈乃のフォローを入れる慶子。

 その顔を見て、花音は大きくうなずく。

「うん、大丈夫。私は気にしてないから。それに、生徒会長からも、諦めないようにって言ってもらったし、魔法が使える日まで、頑張ってみるつもり」

「……ありがとう、御厨さん」

「お礼なんていいよ。それより、ほら、早く食べないと伸びちゃうよ」

「えぇ、そうね。いただきましょうか」

 慶子の言葉を合図に、二人は改めて眼前の品々に箸をつけ、中断していた昼食を再開するのだった。

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