第11話 爆弾娘

 食事を一時中断して顔を上げた、花音かのんの視線の先にあったのは、小柄な花音よりも更に低い背丈で、スレンダーな体形にツインテールの髪を携えた少女が、幼さの残る顔立ちに、さも嬉しそうに微笑んでいる姿であった。

 真新しい制服からも、彼女が今年入学した新入生であることは、容易にうかがい知ることができる。

 花音は、つい先ほどの会話を思い出し、少々意地悪そうに、慶子をなじる。

設楽したらさんってば、性格がきついって自分から言っておいて、現にこうして慕ってくれてる後輩がいるじゃない」

「いや、違うのよ。なんていうか、この子は別で……」

「別? それって、どういう――」

 花音が慶子に聞き返そうとした、その瞬間。

 二人のやり取りを引き裂くように、可愛らしくも怒気を含んだ声が、突風のごとく吹き付ける。

「ちょっとアナタ、慶子さまと気軽に話をしようだなんて、どういうつもり?」

「どうって……別に何も……クラスメイトだし……」

 気圧されながらもなんとか絞り出した花音の返答に、少女はそれまで慶子に向けていた、羨望とも取れる表情から一転、露骨に敵意をにじませた表情で、ずいと前方へ身を乗り出し、一蹴する。

「クラスメイト⁉ それごときで慶子さまとお話しようとしてたの? 慶子さまは、学園でもトップクラスの魔法使いよ。そんな慶子さまなんだから、話をする相手も相応の存在じゃないと釣り合わないの。このアタシみたいな優秀な魔法使いじゃないとね!」

 一方的にそう言い放つと、少女は自慢げに控えめな胸を張り、勝ち誇った顔で花音を見やる。

 すると、そんな少女を叱るように、慶子の声が間髪入れず両者の間へと差し込まれた。

「こら、比奈乃ひなのっ! その言い方は失礼でしょ! 御厨さんはあなたの先輩なんだから、謝りなさい!」

「いくら慶子さまのお言葉でも嫌です! アタシが頭を下げるのは、自分より実力が上の魔法使いだけって、決めてるので」

「比奈乃っ!」

 怒りの感情を露わに、慶子は鋭く睨みつけるが、比奈乃当人も意地からか、口元を真一文字に結び、絶対に折れないという硬い意志を示す。

 そんな今にも火花が散りそうな二人の様子を、蚊帳の外に投げ出されたような孤立感を覚えながらも、花音は呆けた様子で見守る。

 そんな花音の視線に気付いたのか、比奈乃は改めて花音を見やり、力強く宣言をする。

「その様子だと、アタシのことを知らないみたいだから、教えてあげるわ。アタシこそ、今年度の主席入学にして東城字とうじょうじ家の系譜の魔法使いである、東城字比奈乃よ。慶子さまと同席をしようっていうんだから、魔法を使えるのでしょうけど、魔法の実力も、系譜の質もこちらの方が上なのだから、アタシに席を譲りなさい!」

 それは、暴論としか言えないような、子供染みた要求であった。

 にもかかわらず、比奈乃の眼差しは真剣そのものであり、自らの発言が冗談などではないという思いが見て取れる。

 一方、花音はというと、比奈乃のエキセントリックな言動に返す言葉に困り、助けを求めるように慶子へを視線を向けた。

 もちろん、慶子も花音が素直に比奈乃の言うことに従うことを望んでいるなどということはなく、眼前で委縮しつつあるクラスメイトに代わって、生意気な後輩に対して意見をすべく、席を立とうとする。

 その瞬間であった。

 2年生に対して1年生が真正面から意見をするというまさかの事態に、周囲の生徒たちが、驚きながらも静かに様子をうかがっている中、緊迫した空気感など一切気に掛けず、一人の生徒が悠然とした足取りで近づいていた。

 その存在に気付くなり、近くの生徒たちはすぐさま畏まり、頭を下げてまた元通り自らの食事へと戻っていく。

 それは比奈乃の引き起こした驚きとはまた別の、一種の盛り上がりのような高揚感によって染め上げられた空気感ともいえた。

 そして、その人物の気配に背後を取られた比奈乃が、その事実に気付き、背後を振り返ろうかという時、その所作を制するように、低く落ち着いた男性の声が事態の当事者たちへと掛けられる。

「おや? いつもと雰囲気が違うと思ったら、設楽さんじゃないか。見たところ殺気立っているようだったけど、何かトラブルでもあったのかい?」

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