第10話 食堂にて
食堂は、大きな窓ガラスが連なっており、より多くの陽光が屋内まで差し込んでくる造りとなっていて、窓際の席は屋外に広がる緑地を眺めることができ、開放的な雰囲気を味わえるようになっている。
また、広々としたスペースに均等に並べられたテーブルの数々は、明確に座る場所が決められているわけではないが、年々受け継がれてきた伝統ともいえるルールによって、学年ごとに座る位置がある程度決められている。
ただ、食堂といっても、生徒たちのすべてが利用するわけではなく、弁当を持参したり、購買で昼食を購入する生徒たちも一定数存在しているため、食堂が過剰に混雑していない限りは、座る場所に困るなどといったようなこともない。
そして、
花音自身、まったく料理ができないというわけではないが、住まいが学生寮であるということもあって、弁当を用意することも難しいことから、毎度昼食は学生食堂を利用しているのである。
それでは、購買をまったく利用しないのかというと、そうでもなく、教室で弁当組の生徒と昼食を共にする時には花音も購買でパンやら弁当やらを購入したりもするが、基本的にはそれ以外は学生食堂を利用するのが常となっていた。
日当たりのよい窓際の席とは真逆の位置――食堂の入口方面にある壁際のテーブルの端は、決して人気とはいえないが、人が密集しづらいことから、一人で食事をする際には花音もよく利用している場所でもあった。
「いただきます」
目の前に置かれた日替わり定食のプレートを前に、花音はいつものように両手を合わせて、食前の挨拶を口にする。
本日の日替わり定食のメニューは、カレイの煮付けと揚げ出し豆腐に小サイズのハムカツ、そしてご飯と味噌汁、サラダの小鉢の定番三点セット。
定食ということもあって、小食の生徒にとってはボリュームのあるメニューではあるが、各皿を小盛に頼んであるおかげで、十分食べきれる量に調節されている。
それも、花音がこの学生食堂を一年間利用してきたが故であるが、そこに気付いている人物はほとんどいない。
それは、そもそも他人のプレートの内容など気に掛けることがないということもあるが、それに加えて花音が学食で誰かと食事をするという機会がほとんどないからということも理由の一つであった。
ただ、そんな事情など意に介すことなく、花音は今日も主菜へと箸を伸ばす。
「あっ、思ったより染みてる!」
器用にカレイの身を箸でほぐして口に運んだ花音であったが、その口からは、咀嚼をするよりも早く感想が飛び出す。
もちろん学食の調理場を担うシェフが丹精込めて作ったからということもあるが、花音には、この口に広がる濃厚な旨味はそれだけが要因でないと、容易に理解できた。
カレイの身に、煮汁の旨味が十分に染み込むまで、じっくりと時間をかけて、あるいはそれと同等になるよう手間をかけて、一尾一尾を調理をしなければ、ここまでの味わいにはならない。
予想外の美味なる一品に、花音は思わず笑みをこぼして、今度は白米の盛られた茶碗を手に取る。
そして、これまた箸で一口大に米飯をつまむと、口へと運ぼうとする。
瞬間、花音の視界に影が落ちた。
「んっ?」
突然の事態に、花音は箸を加えたまま、何事かと視線を上向ける。
そこに立っていたのは、花音にとって予想外の人物――学食のプレートを手にした
「あれ……設楽さん、どうしてここに? 設楽さん、いつもはお弁当だったような」
「えぇ。今日の朝はちょっと時間がなくて、お弁当作れなかったのよ。だから学食まで来たのだけど……見知った顔があって安心したわ」
「それってどういうこと? 設楽さんだったら、放っておいても周りに人が集まってくると思うけど……」
言葉の意図が読み取れず、純朴に疑問を抱く花音に、慶子は自嘲するように苦笑を浮かべ、首を横に振る。
「そんなことないわよ。確かに、私は魔法も勉強の成績もいい方だけど、気軽に友達付き合いするような、フラットな関係の友達って少ないの。私って普段、あんな感じでしょう? 結構性格がきついって思われてるらしくて、それが原因かもしれないわね」
「そうなんだ。ちょっと意外だなぁ……私なんかでよかったら、相席するけど……」
「ありがとう。それじゃあ遠慮なく、座らせてもらうわ」
慶子はそう口にするなり、手にしたプレートを向かいの席へと置くと、自らも座席へ着く。
そのプレートに置かれていたのは、うどんの入ったどんぶりのみであったが、透き通ったつゆと、立ち上る湯気、それに乗って漂ってくる上品な香りは、食欲を掻き立ててくる不思議な魅力と存在感を放っていた。
「学食なんて久しぶりに来たけど、結構にぎわってるのね」
箸を手に取り、周囲を軽く見回しながら、慶子は感想を述べる。
そして、その答えを花音が口にする間もなく、慶子は自らの長い髪が邪魔にならないよう、片手で器用に髪を押さえながら、うどんをすする。
そんな慶子の姿を目の当たりにして、花音は同姓でありながらも、慶子の醸す煽情的な雰囲気に、惹きつけられてしまっていた。
「んっ……どうしたの? 食べないの、御厨さん?」
ふと顔を持ち上げた瞬間、花音の手が止まっていることに気付いた慶子は、不思議そうに尋ねる。
「う、ううん。いただきます」
花音は慶子の声によって、我に返り、すぐさま箸をカレイへと伸ばし、二口目を頬張った。
別段、慶子に見とれるなどというのも、その端麗な容姿からおかしなことでもないのだが、花音は心の奥をのぞき込まれたかのような気恥ずかしさを感じ、不自然ながらもなんとか誤魔化そうと、意識を眼前の料理へと向ける。
そのまま、ほとぼりが冷めるのを待つように、花音がだんまりを決め込もうとした瞬間のことだった。
「あっ、慶子さまっ! こんなところに居たんですねっ!」
不意に飛び込んできた、幼さの残る可愛らしい声に、花音は自分に向けられたものではないにも関わらず、落とした視線を反射的に上向けた。
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