第21話 トラブル

 花音たちセーラー服三人組が女子会に興じている最中。

 甘くも若々しい空気に水を差すように、一つの人影が彼女たちの座席へと向かい、そして足を止める。

「ねぇ、その制服って美晴ヶ丘みはるがおかのでしょ? 今って学校帰りだったりする?」

「――えっ、何?」

 突然に不躾な質問をぶつけてくる人物によって、談笑を中断させられたこともあり、三人はその男へと顔を向けた。

 そこに立っていたのは、パーカーとジャージに薄汚れたスニーカーという格好をした、二十代前半と思われる茶髪の男であった。

 また、その衣服も自らの体格よりも一回り大きめなのか、全体的に生地が余って見え、真面目さや誠実さといった印象は皆無といっていい。

 相手がそんな人物であったこともあり、三人の内、特にかおるは露骨に嫌そうな顔をして、男へと牽制をする。

「私たち、忙しいから。他当たってよ」

 先陣を切って、拒絶の意思を見せつけた薫に、花音かのんもまなみも便乗して首を縦に振る。

 しかし、男は素直に引き下がるなどということはせず、さも薫の言葉など聞こえていないかのように、ずいと距離を縮め、一方的に話し始める。

「ちょっと俺さ、友達と待ち合わせしてたんだけど、なんか来れなくなっちゃったみたいでさ。暇してるんだよね」

「だったら帰ればいいじゃない。私たちは別にアンタに用はないんだから」

「大丈夫大丈夫。俺は三人居ても全然気にしたいタイプだから。だからさ、一緒に遊ぼうよ。いい場所知ってるからさ」

 三人が席から動けないことを好機とばかりに、執拗に誘いの声を掛け続ける男。

 そんな男の様子に、薫は深く息を吐き、我慢も限界とばかりにテーブルを強く叩き、キッと睨みつける。

「もう、しつこいってば。迷惑なの! 空気も読めない自己中な男はお呼びじゃないのよ! さっさと消えて」

 一切の配慮を斬り捨てて放たれた薫の言葉に、それまで軽薄な調子を貫いていた男も表情を一転、小さく舌打ちをして憎悪を含んだ顔つきへと変貌する。

「こっちが優しくしてやってると思って調子に乗りやがって……ガキが、舐めてんじゃねぇぞ!」

 途端に飛び出す男の怒号に、花音はビクリと肩を震わせ、店内にいた他の利用客も何事かと視線を泳がせる。

 その中においても反応を示さなかったのは、頑なに拒絶の姿勢を貫く薫と、一向に男の方へと視線を向けずにいる、まなみのみであった。

「脅せば言うことを聞くとでも思ってるわけ? だとしたら無駄よ。いい加減あきらめて帰りなさい」

 前線で敵を迎え撃つ兵士のごとく、薫は頑として男を跳ねのけようと努める。

 そこへ、事態を悟った女性店員も、慌てて駆け寄ってくる。

「あの、お客様。他のお客様の迷惑になるような行為はお控え――」

「っせーな! 客同士のやりとりに店が出しゃばってくんなよ!」

「ですが、見たところお知り合いのようでもなさそうですし――」

「俺にとっては知り合いなの。だからアンタらは気にする問題じゃないから。それにお前らもだ。俺がせっかくイイトコに連れてってやるって言ってるんだから、黙ってついて来ればいいんだよ!」

 男は店員が割って入ったことで引くに引けない状況になってしまったのか、はたまた頭に血が上って冷静な判断ができなかったのか、店員の静止を振り払い、実力行使に打って出るべく、手近な位置に座っている少女――まなみへと手を伸ばす。

 だが、その手はまなみの腕をつかむよりも早く、空中で静止した。

「なっ、お前……」

 男は自らの行動が制限されたことに驚き、顔をその人物へと向ける。

 そこにあったのは、男の手首をつかみ、それ以上腕を伸ばすことを食い止める、薫の怒りに満ちた顔があった。

「このっ、離せって……」

 男は何とか振り払おうと試みるが、多少動きはするものの、薫の拘束は予想以上に強く、効果をなさない。

 それどころか、薫はそのまま男の腕をひねり上げるように手を動かし、冷たく、蔑むように言葉を突き刺す。

「いい年した大人が、女子高生相手に手を出そうなんて、外道が過ぎるのよ。それだけならまだしも、アンタ、私たちが美晴ヶ丘の生徒だってわかって声かけたでしょ。美晴ヶ丘の生徒はね、魔法を扱う性質から、部外者が連れ回すと他校の生徒よりも重い罰則を受けることになるの。この辺りに住む人間なら、常識よ。まさか、そんなことも知らずに声を掛けたのかしら?」

「そ、そんなこと……」

 薫の言葉に、男も自身の行動が重大な事態へと発展する予兆を感じ取ったのか、抵抗を緩め、たじろぐ。

 そこへ、薫は容赦なく、トドメとなるであろう言葉を打ち込んだ。

「別に信じるかどうかは勝手よ。ただ、最近は警察も摘発のために相当な数で歩いてるわ。そして私たちはみんな制服を着ている。連れ回したらどうなるか、身をもって知るか、リスクを冒さず大人しく帰るか、選ぶといいわ」

 瞬間、解放される男の右腕。

 男は、掴まれていた箇所を左手で押さえながら三人の顔を見回し、ばつの悪そうな顔をすると、そのまま小さく舌打ちをして、捨て台詞を残す。

「くそっ、てめぇらみたいなガキ、こっちから願い下げだよ」

 店員を押しのけ、店の入口へと逃げるように進んでいくナンパ男。

 ドアが閉まり、その姿が完全に消えたところで、ようやく店内の雰囲気も、元の穏やかなものへと戻り、周囲の利用客からも安堵の息が漏れた。

 そこで、終始沈黙を保っていた花音も、長く続いた緊張から解放されたこともあって、それまで話せなかった分の言葉を吐き出すかのように、やや興奮した様子でまくしたてる。

「すごかったね、薫ちゃん。なんだか、少女マンガのヒーローみたいだった。すごい凛々しくて、かっこよくて、尊敬しちゃう。ねぇ、まなみちゃん?」

「……薫のいいところが、しっかり出てたわね。あのまま連れていかれても、きっと薫の言った通り警察に声を掛けられて終わりだったでしょうけど、薫がしっかり言ってくれて、スッキリしたわ」

「だって、薫ちゃん!」

 二人から贈られた賛美の言葉に、薫は照れ臭そうに目線を横へと逃がし、軽く頬をかいて、嬉しさを誤魔化す。

「……相手がバカだっただけよ。それにしても、警察も警察よね。住む家もない社会弱者を排除するくらいなら、あぁいうヤツの方をやってほしいわよ」

 再び頬杖を付き、ため息を漏らしながらそう口にする薫の視線の先には、警察に職務質問をされる、先ほどの男の姿が、窓ガラス越しに小さく映っていた。

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