第20話 女子会
図書室を後にした
店の内装は、若い女性の客層の割には落ち着いた色合いで統一されており、往来する店員の服装も、白いパリッとしたシャツに黒い前掛け姿が徹底されている。
ある種の格のようなものを感じさせる、そんな店であるからこそ、流れるBGMもゆったりとした、流行歌のアレンジ楽曲であるのだが、そんな空気感とは相反するような俗物的な会話が、窓際の一席にて発せられる。
「それでさ、その彼氏の言葉がきっかけで、別れることになったそうよ」
向かい合う様に置かれた、二人掛けのソファ席――その片側で中央にドンと居座り、ホイップクリームのたっぷり乗ったキャラメルラテを片手に、
ただ、その表情は決して穏やかではなく、話題に上った友人の彼氏に対する憤りの感情が露骨に浮き出ていた。
「それはちょっと可哀そうかも」
「別れて正解。そんな男だったら、別れなくても後々で同じようなことを繰り返すことになるのは目に見えてるわ」
テーブルを挟んだ向かいの席では、花音が同情の言葉を、まなみが棘のある言葉を吐き、薫の話題へと意見を重ねる。
すると二人の言葉に、薫も満足したのか、少々荒っぽくラテの入ったグラスをテーブル上に置き、先ほどまで抑えていた感情を解き放ったかのように、声量を上げ、続けた。
「そうよね! やっぱりひどいわよね。もう、どうして男って付き合いだすと彼女のことをぞんざいに扱うようになるのかしら。信じられないわ」
気持ちを言葉として発しても怒りが収まらなかったらしく、薫はそこまで一気に述べると、なおも憤った顔のまま、眼前のミルフィーユの乗った皿に手を付ける。
フォークを入れると同時に、薄い生地の層がサクサクと音を上げ、目だけでなく耳からも食欲が刺激される。
そのタイミングに合わせて花音は苺ミルクの入ったグラスを、まなみは抹茶オレのグラスから伸びたストローに自らの口を近づけ、喉を潤す。
三者三様のドリンク。
それは、それぞれの性格の違いを表しているかのようにバラバラで、しかし誰もそれを気になどせず、各々が自分の好きなものを尊重する、三人の関係性をそのまま表しているかのようであった。
また、ドリンク以外の注文したメニューもまるで異なり、ミルフィーユを頼んだ薫に対して、花音はシュークリームが、まなみはベリーソースの乗ったワッフルが、白い皿にて置かれていた。
「あっ、そうだ。それはそうとさ。まなみ、最近オススメのマンガとかある? 今読んでるやつが新刊が出なくてさ、探してるんだけど」
薫は、先程までの熱量がまるで夢であったかのように、さらりと話題を切り替え、まなみにそう尋ねると、自ら切り分けたミルフィーユの小片にフォークを刺して、口に運ぶ。
「え? オススメって、何系がいいの?」
「そうだなぁ……あんまりドロドロしない感じのやつがいいかなぁ」
「じゃあ、
「いや、そういう漠然としたのじゃなくて。具体的なタイトルとかさ。探すの大変だし……って、まなみ、テーブルの下で何してるのさ?」
終始、テーブルの上へと手を出さず、何かしらの作業を行っている様子のまなみに対して、薫は上体を乗り出しながら、その根源を探ろうとする。
すると、まなみはケロッとした顔でテーブルの陰から諸手を持ち上げ、その手中にあるブックカバーに覆われた文庫本を薫の方へと見せつける。
「これ。ライト文芸だけど、意外と表現が凝ってて面白いわよ」
「へぇ……それってどんな話? 内容がよさそうだったら私もそれ読みたいんだけど」
まなみの読んでいた本に興味を示した薫であったが、まなみはすぐさま首を横に振り、薫の申し出を突き離す。
「やめた方がいいわよ。この話に出てくる男が、どうしようもないクズだから、薫のことだし、怒って途中で放り投げると思う」
「うわっ、それなら私ダメだわ。ちなみに花音は何かオススメの本とかない? 別に本じゃなくて映画とかでもいいんだけど」
「――へ?」
突然話を振られ、自分は話題の外だとすっかり油断していた花音は、シュークリームを食べようと口を大きく開けた体勢のまま、間の抜けた声を上げる。
「えっと、私も最近は見れてないからわからないかな。マンガとか小説も、寮住まいだから気軽に買えないし……」
「あぁ、花音は寮住みだっけか。だとすると……他に誰かそういうの詳しい子っていうと……う~ん、ダメだわ。思い浮かばない」
頬杖をつき、窓の外へと目を向けながら、次なる候補者を考え始める薫。
それを見て花音は、止めていた手を動かし、シュークリームにかぶりついた。
そこへ思い出したように、まなみの声が割って入る。
「じゃあ、アレは?
「丸山? 絶対にないって。後々俺が教えてやっただとかしつこく自慢してきそうだし、貸しみたいなの作りたくないもの」
その声色からは、心からのものではないことが容易にうかがえ、真意を察した花音とまなみは、同調するように笑う。
「確かに、丸山はしつこそう」
「まなみちゃんも薫ちゃんも、それは失礼だって」
「そういう花音も笑ってるじゃん。同罪だから、同罪」
他愛ない会話で盛り上がる三人の笑い声は、店内に漂う甘い空気とも相まって、より明るく、華やかな空間を作り出していた。
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