第7話 露店

 思わず足を止めた花音かのんの視線の先には、通学途中の女子高生二人よりも年下の少女が不自然に突っ立っていた。

 その少女も、身の丈に比べかなり大きめの、それも古着とわかるワンピースを身に着けた、満足に手入れもできていないボサボサ髪という、決して清潔感のあるとは言い難い格好であった。

 見た目から年齢を予測するに、少女の年齢は恐らく中学生程度ではあるのだろうが、その表情は至って明るく、多分に純真さを含んでおり、見た目以上に幼い印象を受ける。

 ある程度の年齢を重ねた男性であったり、妙齢の女性であったりしたなら幾らか警戒をしたのであろうが、いかんせん相手に幼さが見られたことで、妄信とまではいかないまでも、花音は疑いの心を持つことなく、その少女の元へと近づこうとする。

 ただ、花音がそれを素直に実行できなかったのは、同行していたクラスメイト、設楽したら慶子けいこの言葉が、彼女を強く引き留めたからであった。

御厨みくりさん、あまり近づかない方がいいわよ」

「でもあの子、一人でこんな場所に居るなんて、何か事情があるかもだし……」

 しきりに少女のことを気にする花音に対し、慶子は深くため息を吐いた後、わずかに語気を強めて理由を説明する。

「事情は事情でも、ああいう子は別よ。社会の枠組みから弾かれて、支援を受けることも、学校にも行くこともできずにいる存在なんだから。下手に近づいて何かあってからじゃ遅いんだから、無視するのが一番よ」

「でも、見た感じだと、そんな危険な感じはしないけど……」

 慶子の忠告を聞きながらも、自らの考えを曲げようとしない花音に、慶子はそれ以上の説得をあきらめる。

「はぁ、わかったわよ。好きにするといいわ。ただ、私は止めたからね」

 それだけ言い残し、慶子は一人学園に向かって足早に進み始める。

「う、うん……設楽さん、それじゃあまた、学校で」

 最後に見せた慶子の強く当たるような態度に、花音は多少臆しながらも、声を絞り出してその背中を見送る。

 そして、一人その場に残ったところで、改めて路端に佇む少女の元へと足を進めるのであった。


「あっ、いらっしゃい!」

 少女は、花音が近づいてくると気付いた途端、人懐こく表情を綻ばせて、声をかけてきた。

「いらっしゃいって……何かお店でもやってるの?」

 花音は声を掛けられたことに一瞬肩をぴくりと跳ね上がらせるが、すぐに落ち着きを取り戻し、冷静に努めながら少女へと疑問を語り掛ける。

「うん、今日はうまくいったからお店を開いてるんだ」

 会話を交わせたことが嬉しいとでもいうかのように、少女は花音の問いかけに、天を割りそうなほどの大きく、はつらつとした声で答えた。

 ただ、店を開いていると言ってはいるものの、周囲にはそれらしき店舗もなければ、移動販売の車もない。

 かといって、少女が荒唐無稽な虚言を放っているという風にも思えず、花音は訝しげに首を傾げ、他に何かないか間違い探しでもするように、視線を下の方へと降ろしていく。

 すると、ボロボロのサンダルを履いている少女の足元に、これまたどこかで拾ってきたのだろうと思われる段ボール片が、まるでシートのように敷かれており、その上に小さなアクセサリーが数点、特に展示されているというわけでもなく、適度に距離を置いて並べられていた。

 アクセサリーはいずれもビーズや樹脂製の可愛らしいパーツ等を組み合わせて作られており、小物を取り扱うショップに並ぶ既製品と比べれば明らかに不格好で、手作り感溢れる品々であった。

 ただ、だからといって粗雑な造りであるなどということもなく、手作り品という観点で見ればむしろ丁寧に作られていると呼んでもいいクオリティといえる。

「これ、あなたが作ったの?」

 花音が並べられた商品たちを指さし、少女に尋ねると、少女当人は、目に見えてわかる程に表情を明るく染め上げ、嬉々として自らの作品について語り始めた。

「うん、材料を買ってきて自分で作ったんだ。可愛いでしょ? これはビーズのリングで、こっちのがお花の形をしたネックレスね。あと、こっちが――」

 まるで夢見る少女のように、思いを吐き出していく女の子であったが、花音はそれを軽く聞き流すでも、話を遮るでもなく、じっと耳を傾け、静かに聞き入る。

 それは決して、花音が奥手であり、声を掛けるタイミングを逸してしまったなどということではなく、夢中で好きなものについて語る少女の姿に、純粋に惹かれていたからであった。

 与えられた境遇において、卑屈になるでも、あきらめの境地に立つでもなく、現在手に入れられる範囲の中で、楽しみを探し、前を向いて生きようとする少女。

 その姿は、普通の学生が部活動や趣味の活動に全力で打ち込むものと何ら変わらない。

 だからこそ、花音は少女を何とかして応援したいと思い、その手段として、足元に並べられた商品のリストの中から、可愛らしいピンク色の花びらが付いた、花の形をしたペンダントを手に取ると、少女に話しかける。

「それじゃあ、これ……もらえますか?」

 それは、小さな同情や哀れみといった感情からくる行動であった。

 対する少女は、そんな考えは全くないのであろう、購買の意思を示してくれた花音に向けて、喜びの感情をストレートにぶつける。

「買ってくれるの? ありがとうっ! お代は、300円になります」

「300円ね。ちょっと待って……はい、300円」

 花音はペンダントを手に持ったまま、器用に財布を取り出し、代金を少女へと手渡す。

「ありがとう、買ってくれたのはお姉ちゃんが初めてだよ。よかったら名前を教えてちょうだい?」

 受け取った三枚の硬貨を握りしめながら、お礼の言葉を述べる少女に、花音は満更でもない、はにかみとも見える表情を浮かべながら、花音は応える。

「私の名前は御厨花音ていうの。この先にある美晴ヶ丘みはるがおか学園に通ってるの」

「じゃあ、花音ちゃんだね。私はアカツキっていうんだ。また会った時はよろしくね、花音ちゃん」

「うん、アカツキちゃんも、またね」

 アカツキと名乗った少女に、花音は小さく手を振って別れを告げると、その場を離れる。

 大きく手を振って見送り続けるアカツキの姿を、時折振り返って確認をしながらも、花音は手にした花のペンダントの感触を味わいながら、再び学校への一歩を踏み出す。

 その瞬間、背後から明朗な声が伸びてきて、花音を呼び止めた。

「あれっ、花音? こんな時間にどうしたの?」

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