第27話 最強の助っ人
前評判では、案外いい勝負をするのではないかと話題だった、今年のマジックボール大会であったが、いざ箱を開けてみると、2年生チームの優勢でゲームが進行するという、予想外の健闘に会場は大いに沸き立っていた。
それは優秀な魔法使いの二枚看板を有するというポテンシャルの高さを差し引いても、下級生が上級生に勝利するのではないかという、前代未聞の事態に対する期待を観客たちが抱いていることの証でもあった。
そんな状況下における、劣勢の3年生チームの雰囲気は、深海のように重かった。
観客を気にせず、自分たちのプレーに集中するといったことを実行できればいいのだろうが、そこまでハッキリと割り切れるほどの豪胆な精神力を皆が有しているわけではない。
多少努めることは可能であるが、一度作られた、完全なアウェイともいえる空気を自分色へと塗り替え、事態を挽回をするといったことは、大変に難儀な問題であった。
特に、チームのリーダーを務める
「3点差か……何か手を打たないと、このまま終わるな……」
前半を終え、後は後半戦を残すのみとなった状況。
主要メンバーの体力の消耗具合も、双方のチーム共に同じ具合。
このままでは、点差を維持あるいは詰めることは可能ではあるが、逆転までは届かない。
何かしら手を打たなければならないのはわかっているが、その方法が出てこない。
総合力の差といえば、それまでだが、律の上級生としてのプライドが、どうしてもそれを認め、諦めるといった思考を排除したがる。
そこへ、どこからともなく、不意に男子生徒が話しかけてくる声が聞こえた。
「――もしかしたらと思ったけど、これは本当に強いみたいだね」
「あぁ、1人だったら何とか抑えられたんだが、2人となるとさすがにキツイ……」
声の主の正体をわかっているのか、律は顔を向けることなく、会話を続ける。
すると、謎の声の主は、楽しそうな声色で言葉を添える。
「そうか。じゃあ、交代だな。僕の名前はちゃんとリストには入ってるんだろう?」
「もちろんだ。でも、いいのか?」
「大丈夫だ。もう僕の分の仕事は終わったからな」
「わかった……じゃあ、頼んだぞ、会長」
そう言うと、律は顔をしっかりと持ち上げ、自らの代役となる男――生徒会長にして学園創立来の天才、
そして、いよいよ後半戦が開始しようかという時、3年生チームの面子が前半戦と違うことに気付いた生徒たちが、ざわめき始める。
ざわめきは徐々に広がっていき、その対象には、もちろん対戦相手である
「生徒会長が参加するなんて聞いてないわよ」
「同感。でもね、設楽さん……どうせ勝つなら、最高の状態の敵を倒して優勝したいと思わない?」
「思わないわね。私はあなたと違って、スポーツに傾倒しているわけじゃないもの。でも、敵対するのなら相手するしかないわよね」
「残念。そこは意見が一致しなかったかぁ。でも、やるからには全力を出し切らないとね。体力の方は大丈夫?」
「えぇ、後半戦の間は持つと思うわ。延長戦があったなら、わからないけど」
「それで充分よ。じゃあ、私たちで伝説作っちゃいますか」
「学園設立来の天才を倒して優勝――ね」
そこまで話した後、二人はアイコンタクトで互いの考えを共有し合い、そのまま自らが担当するポジションに着くと、呼吸を整える。
一度広がったざわついた空気であったが、それが続く時間も永遠ではなく、海岸で潮が引いていくように、張り詰めた空気と入れ替わり、後半戦の開始を促す空気が形作られていく。
それを察してか、審判役の生徒もおもむろにコートの中央に立ち、そして攻撃側である3年生チームの代表――宮澤海斗へとボールを手渡した。
「ありがとう、それじゃあ始めよう」
海斗が嫌味のないさわやかな声でそう告げたところで、審判の笛の音が響く。
そして両チームの選手全員が一斉に、最初の攻撃に備え、呪文を唱え始めた――コートの中央で立ち続ける、1名の例外を除いて。
皆が呪文を唱え、意識を集中させる最中、海斗は口を開くことなく、手元で静かにボールを浮かせ、前半戦で律が狙ったのと同様のロングシュートを放った。
守備側も攻撃側も、誰もが呪文を語り終えていない状況で放たれた最速のシュートは、何者によっても邪魔されることなく、ゴールの枠内へとしっかりと差し込まれ、勢いを失ったボールは地面へと落下すると、力なく転がった。
「……えっ?」
そのあまりにも突然の出来事に、ゴールを守る最後の壁として立っていたキーパー役の生徒の口からも、間の抜けたような驚きの声が上がる。
あまりにも呆気なく、突然のゴールに、審判も数秒のラグを置いて力の限りホイッスルを吹き、それを合図に静まり返っていた会場も、今日一番の歓声が空気を震わせた。
「まさか……無詠唱?」
戦慄という言葉がよく似合うような表情を浮かべながら、薫は改めてシュートを放った張本人を見やる。
すると、視線を感じたのか海斗は朗らかな笑みを見せ、清らかに笑みを返す。
「さすがに、この一発だけだけどね。次に同じことやろうとしても、きっと防がれるだろうし――」
それだけ言うと、海斗も周りの生徒たちが行ったのと同じように、自らの系譜の呪文を詠唱する。
「――よし、本気でいくから、覚悟をしておいてね」
詠唱を終えた海斗は、今まで溜まった鬱憤を晴らすかのように、生き生きと、観客席からの歓声を一身に浴びながら、一騎当千の活躍を見せ、独壇場を作り出す。
薫の放ったロングパスを、はるか後方からコート外へ弾き飛ばすこともあれば、不規則な軌道で守備側を翻弄するようにボールを操りシュートを決め、また時には無詠唱で慶子が保持していたボールをコート上に落としたりと、その活躍は規格外そのものであった。
海斗の活躍により、大きく開いていたと思われた点差はみるみると縮まり、それまで2年生チームを応援していた観衆の声も、いつしか3年生チームを後押しするものへと変化していった。
そして、その応援の声は、リードをしていたはずの2年生チームを窮地へと追い込んでいく。
1点、2点と点数が返されていく中、薫も慶子も何とか応戦をするが、前半ほど点数を重ねることができず、まるで風向きが変わった帆船のような、もどかしい時間が続いていた。
それでも彼女たちの心が折れなかったのは、同点にこそなれど、3年生チームにリードを渡さずにこられた為である。
また、海斗の方も魔法の能力は高いものの、体力が特別高いわけではないということも幸いし、海斗の居ない場所を重点的に攻めて得点できたことも大きかった。
両チームの皆が憔悴しつつある試合の終盤、体力の差という唯一の利点を武器に最後の攻撃を、2年生チームは薫を中心に行う。
「おりゃあっ!」
攻撃側のメンバー全員で協力し、常に海斗と薫の間に人間の壁を作りながら侵攻を進め、薫自身は持ち前の身体能力で、他の3年生の生徒たちを強引に回避し、渾身の魔法でゴールへとボールを飛ばした。
ところが、さすがに疲労が溜まっていたせいもあってか、薫の放ったシュートは海斗に阻まれることはなかったが、キーパーの妨害によって見事弾かれ、コート外へと外れていく。
瞬間、攻守の交代を知らせるホイッスルが鳴り響き、安堵の声が観客席から降り注いでくる。
「なんだかこれ、アウェイじゃない?」
「みんな、やっぱり天才の華麗な勝利が見たいってことなのかしらね」
勝ちが目前だというのに、八方より降り注いでくる言葉によらない圧力に、薫と慶子はシニカルに笑ってみせる。
「次が、ラストかな?」
一方、敗北からの巻き返しを期待される、学園きっての天才魔法使いは、残り時間を確認しながら、若干息が上がった様子でゴールを見据える。
「そう……ですね、次が最後の攻撃になります。ここで3年生チームが得点できない場合、公式戦であれば延長戦に入るところですが、今回はレクリエーション大会ですので、同点で終わった場合は引き分けとなります」
審判の生徒は、ひとつひとつ確認するように言葉を紡ぐと、両チームの代表者の顔を見比べ、承知の意思を確認した後に、海斗へとボールを手渡した。
「さあ、勝って終わろう」
海斗の言葉に、奮起する3年生たち。
そこに会場の高揚した雰囲気も加わり、最後までプレッシャーに苛まれながら、2年生チームのメンバーは、じっと耐えるように呪文を唱え始め、試合に集中するのだった。
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