第17話 不得手
練習といっても、クラブ活動等で行うような本格的なものではなく、体育という授業の延長にあるもので、要は準備体操をそこそこに、練習試合をぶっつけで行うといった内容のものであった。
もっとも、仮にこの場にソフトボールの経験者であったり指導者がいたとしても、限られた練習時間内では基礎的な練習やトレーニングを行うには、手遅れの感が否めない。
結局、付け焼刃であるとわかっていても、年に数回あるかないかといった頻度で行われるソフトボールの試合に向けて行えるのは、試合形式の練習を繰り返し、雰囲気をつかむといったことに尽きるのだった。
そんな実情もあり、早速始められたソフトボールの練習であったが、誰しもが運動が得意であるなどということはない。
魔法科に属しながらも、普通科の生徒たちと共に体育の授業に参加している花音もその一人であった。
元々運動が得意じゃないことに加え、体格が小柄ということもあって、打席に立ってもバットを振るのに精いっぱいで、ボールに当てるということも難しく、守備においても比較的所作に忙しなさのない、外野を担される――そんな立ち場にあった花音であったが、それでも彼女なりに、ソフトボールというスポーツに対して、真正面から向き合い、自らのできる範囲でのベストを尽くそうと努めていた。
「
同じチームとなった女子から声がかかり、花音は口を一文字に結んで、身構える。
そして顔を上向けて、これから飛んでくるであろうボールを、視界いっぱいに広がる青空の中から探し出そうとする。
その心意気もあって、自身の居る方角へ向かって飛んでくる大きな白球を視認することはできたものの、それをフライとして処理できるだけのスキルや経験がなかったことから、花音がどうにかしてキャッチしようと腕を伸ばすも、肝心のボールは小柄な癖っ毛の少女の頭上を越えて、グラウンドの隅へと落下、そのまま転がっていった。
「御厨さん、ごめーん!」
打球を飛ばした張本人が、塁を回りながら声を掛けてくる。
「大丈夫、気にしないでいいよ!」
花音も律儀にそう言葉を返しながら、一人懸命にボールの後を追う。
通常、ソフトボールという競技は、球場の広さというものがある程度決まっているものだ。
故に、外野を抜けるようなボールがあっても、回収するまでにそれほど時間はかからない。
しかしながら、今回のように校庭の空いたスペースを使用してプレーを行った場合、河川敷での草野球よろしく、運が悪ければどこまでもボールを追っていかなければならないという事態に陥ってしまう。
では、花音の場合はどうかというと、無論、運の悪い方に該当してしまっているというほかない。
ただ、花音はそんな状況にありながらも、自らのできる限りのことをできる範囲で頑張ろうと、一生懸命にボールを探し、敷地の内外を隔てるグリーンのネット際までやってきていた。
「あれ……おかしいな? こっちの方に転がってきたのは見えたんだけど……」
あるはずのボールが見つからず、無意識に声を上げる花音。
そんな少女の独り言に対し、不意にネットの向こう側から声が掛かる。
「……嬢ちゃん、ボールならここの排水溝にはまってるぞ」
「えっ、ありがとうございます!」
正体不明の声に導かれるように、花音は下向けた視線をそのままネットのすぐ側にある、蓋のない排水溝まで伸ばす。
「本当だ、あった!」
目当ての物を発見し、花音はすぐさま近寄ると、そのまま拾い上げる。
幸い、ここ数日晴れの天気が続いていたこともあって、ボールはキレイなままであった。
「教えてくれて、ありがとうございますっ!」
改めて、教えてくれた第三者へと、お礼をすべく顔を上げる花音。
そんな彼女の視界に入り込んだのは、ネットを介してでも伝わる、例えるならゴーレムのような威圧感を持った、迷彩色の衣服に真っ赤なインナーを身に着けた、筋骨隆々の巨人であった。
声質から相手は男性であろうということは予想がついていたものの、その姿までは予想できておらず、花音はそれ以上の言葉を続けることができず、目をぱちくりとさせる。
花音の示したリアクションに、男はその理由をすぐさま察したらしく、退散すべく身を翻そうとする。
その瞬間、花音はハッと我に返り、両腕でソフトボールを抱き込んだまま、深々と頭を下げた。
「……おう、じゃあな。嬢ちゃん」
迷彩の大男は、花音の姿に一旦動きを止めるも、すぐに背を向け歩き出す。
ゆっくりと動き始める、山のような巨体。
その後に続く、リアカーに積まれた金属の山。
キコキコと軋みの音を漏らしながら遠ざかっていく二つの山を見送りながら、花音は首をひねる。
「あの人……どこかで見たような」
目を見張るほどの、あの巨体であったなら、何かしら関わりがあったなら覚えているはずなのだが、今の花音はどうしても思い出せず、もどかしさに顔にしわを寄せる。
だが、自らの記憶をたどるだけの十分な時間は、花音にはなかった。
「御厨さん、どう? 一緒に探そうか?」
遠くから近づいてくるクラスメイトの声。
そこでようやく花音は自分がボールを拾いにこの場所までやってきたことを思い出す。
「大丈夫っ、今戻るからっ!」
そう言い放った花音の顔には、もう悩みの色は一切なく、清々しい表情をしていた。
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