第39話 選手交代

「そんな……どうして……」

 目を見開き、口元を両手で覆いながら、驚きの声を漏らすアカツキの視線の先には、海斗かいととの間を遮るようにそびえる、迷彩の山がそこにはあった。

「アカツキ……無事か?」

 アカツキに背を向けたまま、コテツは首だけを動かして安否を確認する。

「うん……でも、血が出てる……手当しないと」

 足元に広がる血溜まりから、コテツが傷を負っていることを悟ってか、アカツキはコテツの身体に触れようとする。

 だが、コテツはそれを拒否するように、静かに、有無を言わさぬ迫力をもった声で自らの思いを告げた。

「無事ならよかった。アカツキ、お前は俺たちの希望だ。だから、何があっても最後までやり遂げろ……」

 そこまで口にしたところで、コテツは自らの胸部に生じた痛々しい傷口を押さえながら、その場に膝を着き、倒れる。

「コテツっ!」

 イミトの感情的な声がホール内に響くも、コテツが反応を返すことはなかった。

 事切れるという言葉を体現したかのような同志の最期に、アカツキの身体は大いに震え、しかしそれを必死に抑え込もうと、顔面に必死に力を込め、その姿が余計に悲壮感を引き立てる。

 そんな沈みかけた空気の中、唐突に、喝を入れるように、この事態を引き起こした張本人が声を張り上げる。

「今の内に逃げるんだ、後は僕が引き受ける!」

 いつの間にか猿轡を外し、自らの拘束をも解いていた海斗から発せられた言葉に突き動かされるように、比奈乃ひなのを介抱していた志乃しのは、ハッと我に返り、花音と共に外へと駆け出す。

「ありがとう、宮澤みやざわ君。後で、絶対に助けに行くから――」

「――心配は無用です。僕にはそれだけの力があるはずですから」

 帰来を約束して去っていく志乃に対し、海斗は普段と何ら変わらない柔和な笑みを向ける。

 しかし、その表情が続いたのは、わずかな数秒の間だけであった。

「――この野郎がっ!」

 激昂したイミトの怒号と共に、拳が海斗の顔へと直撃する。

 吹き飛んだ自らの身体を、持ち前の運動能力で上手くコントロールし、海斗は跳ね起きるように体勢を持ち直し、改めてイミトやアカツキたちと再度向き合う。

「さて、これでもまだ、無謀な籠城を続けるかい?」

 海斗は真面目な調子で、襲撃者たちへと計画の中止を呼び掛ける。

 彼の醸す雰囲気からは、それが決して口先だけの方便ではないということを、イミトもアカツキも感じ取ることはできたが、素直に受け入れることは不可能であるという感想も同時に抱いていた。

「言ったはずだ。俺たちはここでくたばるつもりで、その覚悟でやってきたんだ。それを、コテツを不意打ちみたいな魔法で狙っておいて、俺たちが従うと思うか?」

「だが、現在の人質は僕一人だ。この状況から僕が脱出できたなら、すべては失敗に終わってしまうんじゃないかな? だから、ここは素直に警察に投降して、罪を償って、人生をやり直せば――」

「お前たちは何も知らないからそんなことが言えるんだ! 警察に捕まった俺たちの仲間がどうなったか、知っているか? 保護とか更生とかきれいごとを掲げておきながら、何も守られていない。じゃあ、どうなるか? ただ消されるんだよ。戸籍も肉親もいない俺たちは、消されたところで誰にも気づかれない……だから、俺たちは抗うんだ、こうでもしないと、国は変わらないんだからな! ――アカツキ!」

 イミトの声に合わせるように、いつの間にか横たわるコテツに寄り添いながら、魔法の詠唱を続けていたアカツキは、愛おしげにコテツの身体を見やった後、すっくと立ち上がる。

 そして、充填完了とばかりに、覚悟の眼差しで一斉に魔法の刃を展開した。

「――すべてを打ち消す光よ、全ての障壁を数多の刃となりて、敵を討て!」

 自分たちのいる空間に何かしらの結界でも張られたかのような、異質で居心地の悪い空気感に、さすがの海斗も表情に困惑の色が浮かぶ。

「何度目の当たりにしても、この威圧的な魔法のエネルギー、慣れないな。さすがに無詠唱で対抗できるようなレベルでもないし、僕も本気で張り合わせてもらうよ」

 そう口にするなり、海斗は目線をチラリと動かし、イミトやアカツキの挙動を機に掛けながら、自らも呪文を詠唱し始めた。

「大いなる海より賜りしは、己が術にして世界の術――世の利の為に集いし魔が術を放つは、総てを海へと帰さんが為――」

 文句を紡いでいくにつれて、海斗を中心とした空間が、密度を上げていくように、体表より感じられる、魔法独特の空気感の濃度が強まっていく。

 それは、魔法を扱う者であるならもちろん、アカツキも、素養のないイミトですら並大抵のレベルを優に超えるものであることが、肌で理解できるほどであった。

 すると、完全に詠唱を終えたタイミングで、海斗はそれを自慢するでも、交渉の材料にするでもなく、ただまっすぐにアカツキを見据え、淡々と言い放つ。

「――どうやら、僕にできることは、全力で君を止めることしかないみたいだ。痛い目に遭うかもしれないけど、恨まないでくれよ」

 その打倒宣言の後、アカツキと海斗は数秒ほどにらみ合う。

 そして、互いにタイミングを見計らった上で、ほぼ同時に、強大な魔法同士がぶつかり合う、魔法戦争ともいえる戦いが開始するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る