第38話 反撃
ここぞとばかりに繰り出した、
その登場にギャラリーが沸き立つ中、比奈乃は一切の遠慮も容赦もなく、自身が放てる最大出力の魔法を、放出した。
「――現世に集いて彼の者を貫け――
それは、触れる者すべてを溶解させてしまいそうな、高濃度に濃縮された黄金色の魔法の弾丸。
魔法の障壁を展開できるであろう生徒会長の
成功すれば、ほぼ勝利が確定する、禁止級の一撃。
ただ、そこへ唯一、比奈乃を呼び止めるような声が寸前のタイミングで飛び込んでくる。
「
現在が緊急事態であり、もし仮に比奈乃が魔法で誰かを殺めてしまったとしても、相手が伝説クラスの魔法で危害を加えようとしてきていた手前、恐らく罪に問われることはない。
ただ、大人として、教師として、生徒に人としての道を踏み外してほしくはないという思いから、
ところが時すでに遅く、志乃の思いが比奈乃に届くよりも先に、黄金色をした一本の軌跡が一直線にイミトへと向かっていた。
「あっ!」
比奈乃から驚きの声が上がったことからも、それが意図したものではないのは明らかであった。
扱っているのが強大な魔法故に制御が難しく、手元が狂ってしまったが故のアクシデントなのであろうが、発射されてしまったものはもう引き戻すことは叶わない。
「なっ⁉」
自らが狙われると思っていなかったのか、直前で比奈乃の魔法の軌道に気付き、慌てた声を上げるイミト。
「イミトっ!」
コテツの大柄な体躯から放たれる、低い声が空気を震わせるも、人間の動きでは魔法の速度に間に合わない。
アカツキの放つ魔法でも、万全であったなら防ぎきれただろうが、予想外の標的への攻撃であったこともあり、間に合うかは五分といったところであろう。
「――っ!」
それでもアカツキは口元をキュッと引き締め、詠唱済みの魔法の残滓を全力で誘導し、イミトを守るべく意識を集中する。
そして、イミトを消し去ろうとレーザーのように伸びてきた黄金の弾丸が、いよいよ標的を見つけ、無数の光を漏らしながら破裂しようかという刹那。
無数の光の刃が、両者の合間に滑り込むように割って入り、即席の防壁を作り上げる。
次の瞬間、比奈乃とアカツキ、両者の魔法が衝突し、まるでその場で花火が破裂したかのように、おびただしい量の光弾が全方位無差別に飛び散った。
「――危ないわっ、みんな、下がって!」
流れ弾による被害を警戒して、志乃はすぐさま振り返り、通路内で様子をうかがっていた生徒や教師たちに指示を出す。
それに合わせて、一斉に逃げ出す生徒たちと一部の教師。
慌てて押したりしないよう注意を促す教師も中にはいたが、その声は悲しくも悲鳴混じりの騒音にかき消されていた。
「――先生っ!」
走る皆の姿に気圧されてか、それともホール内にいる比奈乃たちへの名残惜しさからか、逃げ遅れていた生徒の内の一人である
すると、そこには志乃が警戒した通り、黄色か白色かもわからないような、高明度の流れ弾がすぐそこにまで迫ってきていた。
「大丈夫よ。ここは私が護るから! 運命の針よ、力を貸して――
志乃はずれ落ちかけていた黒ぶち眼鏡を右手で支えて持ち上げながら、空いている左腕を前方へと突き出す。
すると、瞬時に張り詰めた空気感が生まれ、それを意識するよりも早く、通路を塞ぐように見えない壁がそこへ生まれ、飛んできた光弾をブロックする。
その間も、玄関ホール内は白一色に染まってしまいそうな視界の中、壁や天井、柱等のあらゆる箇所が破壊され続ける。
それはさながら、大災害の中心地のような凄惨な有り様であった。
その後、魔法が霧散したせいか、破壊音もおさまり、静まり返った玄関ホール内の明度が徐々に下がるに従って、内部の様子が徐々に確認できるようになっていく。
そして、明確になったホール内では、敵味方問わず、多くの人間がその場に倒れているという、見るに堪えない光景が広がっていた。
魔法を放った当事者である比奈乃も、その例外となることはなく、玄関ホールの冷たい床の上に、その小さな肢体を投げ出しながら、転がっていた。
その姿に、何とか相手を刺激しないよう離れて努めていた魔法科教師の志乃も、思わず駆け出してしまう。
「東城字さんっ!」
「――先生っ!」
突然走り出した志乃の後を追って、花音も後ろをつくような形で走り出す。
避難を忘れ、その場に留まっていた生徒や学園長たちも、その行為を止めようと思い立ちはするが、結局声を掛けることはできず、結果として二人を見送るばかりであった。
比奈乃の元へと駆け寄った志乃は、わき目も振らずその身体を抱き起す。
志乃は力の入っていない、ぐったりとした比奈乃の姿に、一瞬目を丸くするも、胸部が小さく上下し、呼吸はしていることを確認できると、目尻を落として安堵の息を吐く。
「よかった……生きてて」
今にも泣きだしてしまいそうな志乃の声に、花音もホッと息を吐く。
ただ、すぐにこの場が安全な場所ではないといことを思い出した志乃は、すぐさま先ほどまでアカツキやイミトが立っていた場所へと視線を向けた。
すると、それを待っていたかのように、できれば聞きたくはなかった、低くも幾分疲れの見える声が聞こえてくる。
「残念だったな……俺も、アカツキも、こうして立てている。もう、交渉は決裂だな……」
攻撃的な文言とは対照的に、イミトも完全には魔法を防ぎきれなかったのか、片膝を着き、苦しそうに呼吸をしながら、無理やりに笑って見せる。
「イミト……」
アカツキは悲しそうに目を細め、イミトの顔を見つめる。
伝説の魔法使いの系譜故、無意識に発動した障壁のレベルも高いのか、ボロボロになったホール内において、アカツキだけが無傷で佇んでおり、それが志乃を絶望させる。
「アカツキちゃんっ! もうやめよう? こんなの、誰も幸せになれないよ。アカツキちゃんだって、やりたいことがあるんでしょ? 今ならきっと、やり直せるから。だから……ほら、これ……覚えてる? 私がアカツキちゃんから買った――」
少しでもアカツキに声が届くならと、花音はポケットから以前アカツキから購入したペンダントを取り出して掲げる。
すると、露骨にアカツキの瞳が明らかに潤み、動揺の感情が見て取れた。
そのわずかに生まれた間隙を縫うように、アカツキの死角の方位より、ナイフのような形状をした鋭い魔法が矢のように放たれる。
完全に注意を花音に奪われていたアカツキは、その攻撃に気付くことはない。
かといって、アカツキと正面から対峙している花音も、それに気が付かないなどという程、危機に疎い人間ではなかった。
予想外のタイミングで行われた、暗殺じみた攻撃にいち早く気付いた花音は、敵味方関係なく、自らの友達を危険から守る為に、声を上げる。
「アカツキちゃん、危ないっ!」
「――っ!」
花音の声に応じて、迫りくる攻撃を察知するアカツキ。
だが、それを回避するには、いささかタイミングが遅すぎた。
「あっ」
魔法の知識こそ少ないものの、扱う魔法の強大さ故に、自らに迫る魔法の威力を推し量るのは、アカツキにとってそう難くはないことであった。
障壁を貫通して自らの喉元へ到達するであろう、魔法のナイフに焦点を合わせながら、死を意識するアカツキ。
「――っっっ!」
声にならない悲鳴が花音の喉から上がる。
そして、肉を穿つ生々しい音と共に、ホールの床に、おびただしい量の血がボトボトと落ち続けるのだった。
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