第20話
「左遷ですか」
「いいや、困難な任務だ」
開拓者協会副協会長補佐ゼップーが尋ねると、副協会長が否定した。
ゼップーは開拓者協会の中間管理職だ。
開拓者協会は協会長と末端の事務職員を除けば元冒険者で構成されるのでゼップーもまた冒険者として活躍した過去を持つ。
チーム内の役割は中衛、偵察と支援を主に請け負い、器用な立ち回りと判断力を求められる立ち位置だった。
仲間の負傷と引退によりチームを解散した際、自身も年齢の衰えを感じていたため引退。
チームの会計役を担っていたことで試験に合格して開拓者協会に就職でき、その後地道な努力で支部長・副協会長候補の一人として数えられるようになっていた。
副協会長補佐は複数おり、各支部や本部の非常時指揮を代行するのが役割だ。
非常時、不測の事態、そういったものが起きうる業界なので指揮を執ることができる者の予備が必要で、また元冒険者が就ける役職を増やす意味もあり、人員的な余裕を維持しているのだ。
普段は支部の監査や副協会長の代理として対外交渉を請け負ったりで各地を飛び回っている。
支部長や副協会長の席に空きが出た場合、その役職を臨時にあるいは正式に継承することになる。
そして今回、存在しないアール支部の支部長を拝命した。
これを受けて左遷ですかと言ったのだ。
軽口である。
副協会長は咎めることも軽口に乗ることもなく、真面目な顔で返したのだ。
ゼップーは思ったより大事かと居住まいを正し、状況確認のため口を開いた。
「アール伯領に支部を作るって、性急ではないですかね」
ここ数日アール伯領のうわさが冒険者の間で、いや冒険者に限らず広がっていた。
これから領地を開拓しようと動いており、冒険者を募っているのだ。
先んじてアール伯に雇われた冒険者が多大な報酬を得たことで期待が高まっていた。
しかし、だからといってはい支部を作りましょうというのはいかがなものか。
アール伯が動き出してまだ一か月も経っていないのだ。
支部を開設するとなると人物カネいずれも必要となるだろう。
様子を見つつ、支部を置く価値があるかどうか見極めてからでも十分ではないか。
「この国で百年ぶりに魔物の領域を開拓し、人類の生存権を取り戻そうというのに、開拓者協会が参加しないのはいかがなものか、と言われたよ」
「む、それは」
ずいぶんと煽られたものだ。
お前ら百年何してたの? と言われたに等しい。
実際のところ、小規模な試みは行われていたが、なんだかんだで失敗が続いてこれまで来ていた。開拓者協会が関わったもの、関わらなかったもの問わずだ。痛いところというやつである。
とはいうものの、この副協会長がそういった挑発に素直に乗るだろうか。
ゼップーは副協会長を見つめ、話の続きを促した。
「いくつかの神殿にも協力を取り付けたそうだ。ラビットの子会社も支援している。足りていないのは戦力だ」
「それを冒険者で補おうと? 一貴族領への肩入れはマズいのでは?」
「いや、引き抜きにはならないから一応は問題ない。冒険者分布の偏りはこちらで調整することもできる。ただ、それでも成功するかは不透明だ。今の王国にそれだけの力があるかと。まして一零細伯が主体なのだから、失敗の目も大きいだろう」
「ではなぜ」
魔物領域の開拓の難しさは、ただ魔物を倒せばいいというだけではないということにある。
魔物の中でも食物連鎖があり、縄張りがあり、そういうのと関係なく気まぐれな個体が場を荒らすこともある。
弱い魔物の数が減ると、それを食べる魔物がエサを求めて弱い魔物の縄張りを越えてやってくる、というのがよくある事故だ。
次点でふらりと現れた強力な魔物が縄張りを荒らし、押し出されるように魔物の縄張りが変動する。こちらは人類が関与しなくても発生する。ほとんど天災だ。
ある程度落ち着いている場所でも、何かの拍子に力関係が大きく変動しうる魔物の領域に対し、こちらから押し込もうというのだから、どう転ぶか読み切れるものはいないだろう。
可能な限り備えるしかあるまい。
だが、それができれば百年から王国領土が削られ続ける一方のままではいなかった。
ここ十年以上は比較的安定しているとはいえ、藪をつついて蛇を出す真似を後押しする必要があるだろうか。
いや、開拓事業に携わる将来を見越してつけられた開拓者協会なのだから、正しいと考えてもいいのかもしれない。
だがそれはこのように急に行われるべきではないだろう。入念な準備と根回しを行ったうえで、細心の注意を払って行うべきである。
「そういって今まで動かなかったのは王国としても、開拓者協会としても失策だった、と主張していた。失敗をしろと」
「どういうことですかね?」
「失敗しても、何をして失敗したのか、何をしている間はうまくいっていたのか、そういう知見を得られる。開拓者協会に経験が蓄積されるなら王国全体の利益につながるだろうと、そう言っていた」
なんだと。それでは。
「アール伯進んで失敗しようとしていると?」
「いや。伯は成功させる気でいる。こちらを呼び込むための理論武装だな。だが一理ある」「失敗すれば多くの被害が出ると思いますが?」
失敗のしかたにもよるが、強力な魔物の出現があれば、関係者が多数死ぬ状況はいくらでも想像できる。
開拓者協会やジューロシャ王国が二の足を踏んでいるのはそのためなのだ。
力がなければ実行できないが、失敗して力がある者を失うとジューロシャ王国対魔物という視点で見た時に、ますます厳しくなる。
だからこそ、ゼップーはアール伯の行動には懐疑的だった。あるいはアール伯の後ろにいる者かもしれない。
突然動き出してうまくいくと思えるだろうか。
しかし、副協会長は違う考えを持っていたようだった。
アール伯と会って前向きに考えるようになり、今ゼップーを派遣しようとしている。
ゼップーはこの時ようやくアール伯に興味を覚えた。
ここまでは厄介な貴族としか思っていなかった。
「それを減らすのが君の役割だ。引き際を判断して冒険者を守ってもらいたい」
「冒険者を、ですか?」
「ああ」
ゼップーは理解した。
副協会長はアール伯に説得されたわけではない。
開拓者協会の被害を減らし、冒険者を生きて回収することを考えているのだ。
「まあ対魔物が活発になれば短期的な利益は出るだろう。現地で冒険者の運用を補助して口を出せるようにし、冒険者が不必要に使い捨てられないようにしてくれ。そしてどうしようもなくなる前に、経験と人員を持ち帰る。それが君の任務と思ってくれ。もちろん成功してもそれはそれで歓迎すべきことだ」
失敗した時の開拓者協会への被害を軽減し、アール伯の言うように失敗の経験を蓄積できるよう現地に要員として駐在する。そのために、あるいはその一方でうまくいくように手助けするべく時期尚早とも思われる今、支部設立に踏み切ったと。
「わかりました、引き受けましょう。他に何か条件等ありますかね」
「最大で三十五日以内に稼働開始してくれ。必要な物資と資金は本部から出す。人員は君を含め四名としよう」
「これはまた、忙しくなりそうですな」
こうしてゼップーのまだ存在していない支部長就任アール伯領行きが決まった。
時間が少ない。すぐにでも動きたいところだが、ひとつ気になったことがあったので最後に尋ねる。
「ところで自分が選ばれたのはなぜです?」
「候補の中で君が一番臆病だからだ」
「せめて慎重と言ってくださいよ」
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