第34話

 巨大な一角竜が、冒険者たちを襲っていた。

 家ほどもある大きさのものが勢いよくぶちかましてくるだけでも脅威であり、これほどの体格差だと額の角はあってもなくても大差ないように思える。

 移動方向を変える時には長い尻尾を鞭のように振り回し、減速時を狙い近寄ってきた冒険者を弾き飛ばす。

 そしてまた突撃。

 正面で受け止めようとする無謀な輩を額の角でかち上げて。

 ああ角も役に立つんだと思っていたら、一瞬のためののち咆哮をあげ一撃であたりの冒険者をひれ伏させた。


 竜の咆哮には魔力がこもると言われている。

 例えば圧倒的な恐怖を植え付け、あるいは平衡感覚を失わせ、もしくは驚いて身を竦ませ、単純な音量で耳を破壊されることもあるそうだ。


 一角竜が亜竜であってもその咆哮は冒険者たちの立ち上がろうとする力を奪うには十分だった。


「はいぜんめーつ」

「いや心折りに行ってどうすんの」

「弱いと勘違いして本物に挑んだらもっとマズいじゃないですかー」


 ラビットの社員が好き勝手言っていたが、冒険者たちは言い返す余裕はなかった。


 移設が終わったラビットの実験場で、サヴァは新しい器具の実験に参加していた。

 チームの先輩たちに、お前ちょっと様子見て来いよと命じられ、一番の下っ端の身でもあり、自身もそれなりに興味があったこともあって他幾人かの同じように様子見や貧乏籤を引いた冒険者と共に参加してみたのである。


 再現できる魔物の種類はまださほど多くないらしい。

 魔物の一部と多少の時間あれば再現できる魔物は増えるそうで、今後森から持ち帰られる魔物に期待しているのだとか。


 それはさておき、付近の荒地に出るような弱い魔物には、実戦経験を積んでいるサヴァたちなら問題なく対処できていた。

 冒険者の多くは小型の魔物の対処を最初に覚える。

 魔物の脅威度は単純に大きさに比例するわけではないが、脅威度が低い魔物の多くは小型であり、だから初心者が振られる討伐仕事はまず小型からになる。

 それを生き延びてここにいるということだ。


 数や不意打ちには苦戦するも、お互いの背中を守る連携を即席でも組み立てられるのが経験者の強みであり、切り抜けることはできた。


 そして、想像以上にうまくいったので、冒険者の一人がラビットの担当者を煽ってしまった。


「もっと強い魔物はいないのか。これじゃあ訓練にはならねーよ」

「じゃあ今いる中で一番おっきいやつだそうか」


 それで出てきたのが一角竜であった。

 先日輸送車と事故を起こして亡くなったあれである。

 肉をアール伯領の皆で食べたあれだ。


 正直なところ、サヴァも少し舐めてかかっていた。

 事故死するくらいの魔物だと。


 だが、大きいから強いとは限らない――ということはない。

 大きいだけで脅威度は高いのだ。

 単純に比例しないというのは小さくても危険なものがいるということであり、大きいことは世界の法則がこいつは強いからなといっているようなものなのである。

 参加者側の体力計測用魔法カードをわざわざ新しく、それも最高級だというものを配布しなおしはじめたあたりで、過ちに気づいた。


 そして実際に挑んでみてわかった。


 こんなものどうすればいいんだよと。

 どうしようもないと。


 手持ちの武器でどうにかするような相手ではない。

 何段階限界を越えればいいのかさっぱりわからない。

 罠などをしっかり準備して搦め手を重ねればあるいはと思わなくもないが、正面から戦って勝つのは英雄と呼ばれるような人たちでなければ。

 そしてサヴァやいっしょに参加した冒険者たちはそこそここなれてはいるがよくて中級者といったところである。


 当然の帰結としてあっさりと蹴散らされたのだった。

 いや、あっさりと、というのは語弊があるだろう。むしろ善戦した方だ。

 それでも全滅したのであった。


 弾き飛ばされたり吹き飛ばされたりしても誰も怪我をしなかったのは、配布された魔法カードのおかげらしい。

 実戦で使えないかと提案したのだが。


「実験場以外で使おうとすると魔法使いギルドに怒られるから市販できないんだ。できても、高いよ」


 ということだった。

 開発に関わる場所以外での戦闘用の魔法カードは安全保障と権利の都合で制限されているそうだ。

 社会の都合をひっくり返すより魔法使いになる方が早いんじゃないかなどといわれてはあきらめざるを得ない。

 一枚が一度の仕事の報酬よりも高いうえ長時間効果を維持できない使い捨てというのも運用不能な理由になるだろう。

 運用するためのカネを稼ぐために無理をするより魔法使いになる方が楽なんじゃないかなどと言われてはあきらめざるを得ない。


「魔法使いになればいいじゃん」

「月謝高いし……」


 魔法使いになるのにもカネがかかるのだ。

 魔法使いギルドなどに登録し、資格を持つ魔導師に礼金をはずんで一から何年も勉強するか、あるいは魔法を一ついくらで購入し、運用については自力で試行錯誤するか。

 どちらも労力とカネを費やさなければ実用に足る程度に至らないのである。

 日銭に窮している者が多い冒険者にこの条件はなかなか難しい。

 そしてカネが都合つくならば魔導具や錬金具、魔動錬金具を購入した方が労力を節約できる分お得まである。もっとも道具にも場所を取るという欠点があるのだが。


 さらにいえばあれもこれもと手を出すと成長が遅くなるというのは古くから証明され続けている事実である。

 魔法使いが冒険者になるのでなければ、冒険者の魔法使いは難しいということだ。


「冒険者にこそいろんな力が必要そうだけど、おカネと時間が足りないのね」

「うっス。カネがあったら冒険者なんてやってないっス」


 好きでやってる奇特な連中はともかく、食べるために危険な仕事をしているのだと余裕はなかなかできないし、うっかり手に入れてしまうと狙われることもある。

 サヴァたちも道具を買っておいて逃げるようにアール伯領にやってきたのだ。ほとぼりが冷めるまで戻りたくないというのがサヴァが所属するチームの総意だ。


「タダで教われるとしたら覚えたい?」

「そりゃあ是非に、と言いたいところっスが飯と宿の保障があるならっスねえ」


 結局のところ食えなければ死ぬ。死なないまでも弱る。

 弱れば働けなくなる。稼げなくなるということだ。

 また、宿がなければ休めない。

 貧乏人に暇はないのだ。

 後でもっと稼げると言われても、今食えなければ後がない状況の者は多いのである。


「なるほどなー」


 ラビットの社員はさぞ稼いでいるのだろうと思うが、それを口にしてもサヴァの生活が向上するわけではない。


 とりあえず考えるべきは、カッツたちを一角竜にぶつけて今日の気分を味わってもらうにはどう煽ったらいいだろう、ということだ。

 他の参加した冒険者も何か企んでいる様子。

 面白くなってきそうである。


 結果だけ言えば、わりとすっきりした。

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