第35話

 ラビットの実験に協力することでいいこともあった。


 それは食事である。

 ラビットの実験に参加すると、社員食堂で定食が無料で食べられるのだ。

 社員食堂とは、社員に無料で食事を配給するための食堂だ。

 先日の隊商でやってきたラビットに雇われた料理人と、カネで雇われたアール伯領のお姉さま方によって運営されている。

 予算はもちろんラビットが持ち、食材も王都などから持ち込んでいるので他の食卓と比べると質量ともに豊富なのである。


 実は社員でなくとも、おカネを支払うことで食べることができるのだが、この辺境であるアール伯領ではまだカネが回っていないので、気軽に利用するにはまだしばらく時間がかかるだろう。


 しかし、王都で生活していた冒険者は違う。

 商業が発達している王都を拠点とし、不動産を持たず財産を持ち歩いている彼らはおカネも持ち歩いている。

 辺境で使い道のないおカネが余っていた。


 そんな時、他よりうまい飯が存在することをただ飯にありつくことで知ってしまったわけである。

 これはいいことだが、悪いことでもあった。

 飯が高くつくのだ。

 王都から持ち込んだ食材を使うのだから当たり前である。肉などアール伯領で採れる食材も使われるが、持ち込んだ食材をふんだんに使うことが差別化されているので費用は掛かる。

 ただそれも、ラビットの実験に協力することで臨時社員扱いとなり無料になる。

 雑用担当となった冒険者はこぞって実験に協力するようになった。




「とはいえ毎度一角竜に蹴散らされるのはなあ。あ、それどうなんだ。野菜」


 カッツは調味料でしっかり味付けられた骨付き肉をかじりながら、愚痴を吐いた。

 今日の定食のメインはこの肉と、薄焼き肉と葉野菜を交互に重ねて蒸し煮にした料理から選べる。

 これにいつもの白パンと具沢山シチューがつく。

 白パンなのは基本らしい。黒パンにしたら安くなるかと尋ねたら、会社が扱っている粉挽機が優秀なので値段は変わらないとすまなさそうに返された。


 さて、カッツとマーグは骨付き肉で、サヴァ、アユは蒸し煮を選んでいた。


「マジうまいっスよ。いくらでも食えそうっス」


 定食は基本二つからメインを選ぶようになっているのだが、初めて社員食堂を利用した日に食べてから、サヴァはこの料理が出ると必ずこれを選んでいる。

 肉のうまみが葉野菜にしみこみ、しかし肉の油のしつこさがそぎ落とされ、一口ごとに新たに肉のおいしさを味わうことができ、いくら食べても飽きがこない。

 柑橘の風味がするソースも口内をさっぱりとさせるのに一役買い、もうひとくち、という気持ちを抱かせる。

 食べ終わった時にはああ、なくなってしまった、また食べようと、そうお思わせる。

 総じて簡単そうな料理に見えて非常に美味。


「というかあんたたちも野菜食べなさいよ」


 野菜は身体にいいという説がある。

 実際に肌の調子がよくなるとアユなどは感じ取っていた。

 肉ばかり食べていると肌が荒れやすい。

 肉を食べると力が出るが、そればかりではいけないのだ。

 シチューにも野菜は入っているが、どうせなら多い方がいい。

 仲間の調子がよくなれば、アユにも恩恵がある。生存率は上がるし力仕事を任せられる状況も増えるだろう。

 なのでとりあえず野菜を勧めるのだ。


「うーん、でもやっぱり肉がいいよなあ」

「そうですね、この肉もただ焼いただけではないようですし」


 調味料がしっかり摺り込まれているのか、調味液に浸しているのか、マーグも料理にそこまで詳しいわけではないので判断ができないが、肉にしっかり味がついていて、ただ焼いただけの肉とは一線を画するものだった。ただ塩っ辛いだけではない。辛さや甘さなど複雑だがどれも美味しさにつながるものだ。

 これにかぶりつく!

 美味くないわけがない。

 旅先で食べるような限られた調味料、具体的には塩をケチった焼き肉、あるいは逆に塩っ辛いばかりの干し肉とくらべるのもどうかと思うが、それでも魔物の肉を焼いたものをきちんと料理として仕上げている。


 これだけうまいものを食えるのに、好きでもない野菜で胃袋を埋めるのはいかがなものか。

 カッツとマーグはそのように考えていた。

 社員食堂でなければ食べられないというのはどちらも同じなのだ。

 ならば好きなものを食べればいい。


「そんなこと言って、味を訊くくらいには気になってるんでしょう?」

「そうっスよ。気になるなら食べてから感想を言えばいいっス。あ、俺の分はダメっスからね」

「え、じゃあアユ……」

「あら、あたしから取る気なの? 本気?」


 やんやとにぎやかな食事。

 料理がうまいと話も弾むものだ。

 とはいえ初回は食べる方に夢中になって逆に静かだったのだが。

 慣れてくればおいしいごはんで気分がよくなり口もまわりもよくなるというもの。


「まあいいよ。また今度頼んでみるし。それに野菜ならシチューにも入ってるだろう」「また今度って、同じことばを何度聞いたかしらね」


 次に食べると言って実際選ぶときには肉を選ぶ。

 そんなものだ。


 それに、シチューにも野菜はごろごろ入っているのだから、肉を優先しても野菜は食べているのだ。

 赤い根菜に緑の線状に刻まれた野菜、それに芋。さらにキノコやら肉やら両手に余る種類の具材がたっぷりと投じられ、じっくりコトコト煮込まれている。

 さらに、シチューに使う乳のためにわざわざ畜獣を連れてきて飼っているというのだから手のかけ方の土台が違う。

 たっぷりの具材から出たうまみが乳のまろやかさにつつまれて、ともすれば好き勝手主張しそうな食材が優しく調和している。


 つまり美味しいし野菜も入っているから別に肉を食べても大丈夫。


「いやまあ好きにしたらいいんじゃないの」

「しかしここ、王都の飯屋と比べてもいい線いくんじゃないか」

「なに言ってるんです、普段王都でこんないいところで食べること滅多にないでしょうに」

「なんだよ、こないだ行ったところはうまかっただろ」


 先日いいところに宿泊したが、その時以外は安くて量が多いところに行くことが多いのである。

 いっぱい食べると幸せになる。おいしいならなおいいが、値段が大きく違うならそこそこでもいい。

 お高い食事にはやはり理由がなければなかなか手が出ないのだ。


 さておき、社員食堂は先日のお高い宿で食べた食事に対抗できる味であると思えた。

「ラビット玩具開発の社員の行きつけの店から連れてきたらしいっスよ」

「え、お前なんでそんなこと知ってんの」

「ラビットの人がそう言ってたっス」

「よくこんなところまで来たわねえ」


 王都でうまい飯を出せるなら安泰だろう。

 わざわざ魔物の脅威が強いアール伯領にくる必要はないように思える。


「まあ何かしら理由はあるんだろうが、そんなことより今うまい飯を食えてるのがありがたいよ」

「そうですね」


 こればかりは全会一致である。

 カッツたちは魔物の幻影になぎ倒されつつも楽しい日々を送れていた。

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