第36話
「なんだお前らズルいじゃねぇか」
タダ飯を食べた森の調査担当の冒険者にカッツは肩をバチコーンされ、痛ぇよバカと叩き返した。
冒険者には交代で休暇が与えられた。
珍しいことである。期間限定で雇った相手に休暇を与えるというのはその分だけ損をしていることになる。
しかし、アール伯は休暇を認めた。
休みなしで命掛けの活動を続け、消耗して失敗して死なれては困ると。
そのあたりは冒険者自身がわきまえて手を抜くものだ。
冒険者は一つの仕事を終えてから次の仕事に移るまで、休みを挟むものである。
人によって、チームによって違うが、数日から長ければ数週間というもの、あるいは手持ちの金がなくなるまで働かない者すらいる。
命のやり取りだったり、長旅だったりの疲れを抜き、次の活動のための英気を養うのだ。
だが、今回のように期間雇用された場合はこれが自由にならない。
各々のやり方があるのをずっと働けと言われれば、手を抜いて対応するしかない。そうしなければ、例えば集中力が切れて失敗を犯し死んだり後遺症が残る怪我につながるからだ。
だから決まった休みというのも各々のやり方を崩すという意味では邪魔になるかもしれない。
それでも、休みなしと比べれば全く違うわけで。多くの冒険者を雇用する以上、条件で不公平があると争いの元になりかねないという理由もあって、次善の策である。
しかしそれでも条件の不公平はあった。
ラビットの実験に参加し、その結果美味いタダ飯を食べる機会を得るという。
三つに分けられた冒険者たちはそれぞれに応じて追加報酬が約束されていた。
森の調査が最も消耗が大きく危険なのは明白であり、雑用と同じ報酬では適正ではない。
王都で仕事を受けた時点で最低報酬は保証され、三つから選んだ時点でそれぞれ追加報酬という形で調整することで対応していたのだ。
そして報酬面からも仕事内容からも不人気だった雑用に、思わぬオマケがあったことで、あっこいつらズルい! という気持ちが生まれてしまうことは、まあ仕方がないことかもしれない。
アール伯からの依頼にラビットの関与は考慮されていなかったのだ。
それにしてもバレなければ問題なかったのだ。
こっそり役得を楽しめば
しかし、バレた。
タダ飯を自慢したからではない。
そもそもすべての冒険者の食糧はアール伯領が支給しているのだ。
村のお母さんたちがまとめて食事を用意して配っている。
その上でラビットの社員食堂で食べるなら別の話になるだけで。
美味い飯を自慢したからでもない。
そのうち誰かが自慢していたかもしれないが、そうなる前にバレたのだから。
理由は簡単だ。
調査組が休暇にラビットの実験に協力したからである。その結果社員食堂を利用して
幻影と戦う役ではなく、幻影の動きの助言のためだ。
魔物との遭遇情報の報告、および狩った魔物の収集が森の調査担当冒険者たちの仕事である。
魔物は狩れば狩るほど強くなることができる。
しかし、今回のアール伯の慎重な方針はひとまず受け入れられており、目に見えて要望に逆らおうとする冒険者はいなかった。少なくともまだ。
魔物の大暴走が原因で版図を小さくしてきたこの国で、開拓者協会が冒険者にしっかり指導してきたおかげだろう。
さて、持ち帰った魔物は確認・記録され、位置情報と共にこういう魔物がいる、と共有される。
その後、換金できそうなら解体され、加工されることになる。
その流れの脇道として、ラビット玩具開発が魔物素材の一部を購入した。
幻影の種類を増やすためである。
その上で、実際に見て戦った冒険者に、幻影魔物の動きについて助言を求めたのである。
新しく持ち込まれた魔物と、直接戦った冒険者。人選はぴったりだ。
しかし、冒険者には仕事がある。
なので休暇の日に、自由参加でという条件でアール伯側からも許可を得た。
その結果、幻影魔物の種類が増えていき。
臨時社員扱いで美味しいタダ飯にありついたのである。
そして先にその恩恵にあずかっていた雑用担当冒険者をズルいと言ったのである。
「結果論だろ。お前ら自分で選んだんだし」
「俺も毎食ここで食いたい―」
「森におかえり?」
「ぬおおおおおおおお」
まあじゃれ合いである。
カッツを叩いた冒険者の仲間も、カッツの仲間も、苦笑いで二人を眺めている。
両者は経歴も実力も同程度で、まずまず懇意にしていると言っていい冒険者仲間だ。ちょっと殴り合うくらいは日常の交流の範疇だ。
「前線の村の飯もマズくはないんだけどさー、食材の種類が違うからなあ。味も濃くてただ濃いだけでもないしよ」
「天下のラビットさんだもんな、まあこれも給料の一部だってんなら美味いほうがいいよなあ」
社員無料ということは、全員に支払うべき給金を減らして代わりに飯を出しているようなものだ。
天引きされた給金をマズい飯に変えられたら悲しい。美味い飯ならうれしい。つまりそういうことである。
食材のことを考えればアール伯に真似しろというのは難しい。
ラビットがカネ持ってるだろうことはみんな知っていることで、辺境の零細伯で今まさに費用がかさんでいるアール伯はできる部分は節約したい立場だ。
「でも飯は美味い方がいいよな」
「森の中だとどうせ保存食だけどな」
「ぐぎぎぎぎ」
ただで支給されている冒険者向けの食事がもっと上等になればやる気も上がるという意見、本人たちが言っているのだから正しいだろう。
誰だってご飯は美味しいほうが嬉しいのだ。
「じゃあまあ、アール伯に言ってみるか?」
「何言ってんだお前」
カッツが言うと、なんだこいつ頭大丈夫かという目を向けられた。
「必要なものは言うようにって言われただろ?」
アール伯直々に挨拶しに来た時にそんなことを言っていた。
「そんなの社交辞令だろう。そうでなくても飯は出てるんだから、贅沢だって思われるだけだぜ」
「だが言うだけならタダだぜ?」
カッツたちも、一角竜にぶちのめされなくても美味い飯が食えるならそれはそれでうれしいのだ。
それで報酬が減るわけでもないだろうし。
ということで行ってみた。
その場に居合わせた他の冒険者たちもゾロゾロとついて行った。
勢いとノリというやつであった。
「考えておこう」
冒険者たちの集団の要求に、自ら会って話を聞いたアール伯はそう言った。
業界的に訳せば、お前ら何言ってんだ馬鹿なこと言ってないで働けよというところだろう。
飯を食わせてもらってもっと美味いもの食わせろと言うやつらに対しての対応としては怒りださないだけマシと言っていい。
冷静になるとちょっと勢いで行動しすぎたのではないかと、カッツたちは思った。それもこれも飯が美味いのが悪いのだ。いや悪くない。もっと美味くていい。
などと思いつつ冒険者たちは引き下がった。
まだ報酬も出ていないし反乱を起こすような案件でもない。カネを出す人を怒らせていいことはないのだ。
後日、中村で料理教室が定期的に開かれるようになった。
更に後日。アール伯領に運び込まれる食材の種類が増えた。
これらの影響がアール伯から支給される食事に反映されたことは言うまでもない。
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