第33話
「えー、近く、一か月以内な、開拓者協会の支部ができるまで、大きく三つにわけて活動してもらいたいとの要望だそうだ」
「支部ができたら?」
「そりゃあ支部を通しての仕事になるんだろう。今回の仕事も一か月期限だし」
「なんでお前らが仕切ってるんだ」
「直近でここの仕事を受けてて面識があったからだよ。ただの伝令だから俺らに文句つけるのは勘弁してくれ」
アール伯領での仕事を受領した冒険者たちが集められ、アール伯から直々に挨拶を受けた後、カッツたちに説明を任せられた。
そのことを疑問に思っている者もいたが、カッツたちがアール伯領で仕事をしたことは、今回アール伯領に来た冒険者のほとんどが知っていたので、理解は早かった。納得しているかはまた別の話だが。
また、カッツたちとは述べたが実際に喋るのはほぼリーダーのカッツである。他の三人は出しゃばらず補佐するという名目でカッツが言い忘れたりなど必要なければ黙っている。
「まず一つは防衛。三か所拠点を作って守ってもらいたいそうだ」
「三カ所?」
「村にする予定地。二か所には外周水路が折れる場所で、噴水がある。もう一か所はその間、旧街道と外周水路がぶつかる場所だ。周辺の魔物を間引くことと、防衛施設設置に手と意見を出してほしいと」
「護衛だけじゃねえんか?」
「拠点防衛が優先だが、そのために必要な範囲で危険を排除、あるいは防御力を上げてほしいと。ここの指揮は当面元冒険者の地元民がとる」
「元冒険者?」
若い冒険者が首をかしげる。
「ここみたいな辺境は引退した冒険者の落ち着く先の候補なんだぞ。生きて冒険者を引退する気なら覚えておいた方がいいぜ」
「や、俺っちは成り上がるつもりなんでいいかなって」
一同笑う。
若い冒険者が憤慨して、仲間に宥められるという流れがあったがさておき。
「じゃあしっかり働いてお偉いさんに覚えてもらうんだな。で、二つ目が周辺の調査。特に魔物の分布について、アール伯が持っている情報が正しいかどうかの確認だ。森に入っていつどこで、どんな魔物を発見したかを調べるってことだな」
「討伐じゃないんか? 近くの魔物は随分頑張って勝ってるみたいだが」
荒れ地の小型魔物の皮の処理作業を見てのことだろう。比較的古参の冒険者が疑問を呈す。
「急に狩りすぎて強い魔物が急に出てこないためだって言っていたぜ」
例えばウサギの魔物を犬の魔物が食べて生きているとする。
ウサギの魔物を人間が狩りつくしたとする。
エサを失った犬の魔物はどう動くだろうか。
エサを求めて移動するだろう。
どこへ?
森の奥にはより強い魔物がいる。
だとすると、行く先はこのアール伯領となるだろう。
人がいる。人が食う食糧もある。
そうやって多数の犬の魔物が集まってしまうと、アール領の防衛力を上回ってしまうかもしれない。
「このウサギやら犬の例えがもっと強い魔物だったら、という話でな、他にも」
犬の魔物を狩りつくしたとする。
ウサギを食う魔物がいなくなり、ウサギが増える。
ウサギが増えすぎて食料を求めてアール伯領へ以下略。
「そうやって開拓に失敗した例が多いんだと。だからその可能性を少しでも減らすためによく調べて開拓者協会が来てから相談するための資料にするそうだ」
「じゃあ狩らない方がいいのか?」
「いや、禁止するわけじゃない。生き残り優先で情報を持ち帰って欲しいってことらしい。狩る方が安全そうなとき、持ち帰れそうなとき、狩って可能な限り持ち帰って欲しいと」
「実物が欲しいってことか」
「持ち帰れってことなら自動的に無理もできないし数多くは狩れないな」
中型以上、つまり人間と同等程度の大きさの魔物を持ち帰るのは一苦労だ。運ぶ人員は戦闘を行うことは難しいだろう。単純に戦力が低下するし警戒の目も減るだろう。あるいは魔物の死骸が他の魔物を招くかもしれない。
安全マージンを見るなら五人前後で一度森に入るとして、一体を持ち帰るのがせいぜい、頑張って二体というところだろう。
「持ち帰った魔物は買い取ってくれる。素材を取りたければその部分は差し引かれるが優先権はもらえる。まあ、他より収入は増えるだろう」
苦労して持ち帰っても何もなしだと、持ち帰らず黙っているかもしれないということでそういうことになった。
アーク代官の提案で、カッツたちも現役冒険者として意見を求められたが、そうですねと無難に答えた。収入が増えるのはいいことだが、急に貴族から意見を求められるのは怖い。
「それと、森に入る人には、村に戻るための道具を貸してくれるとさ。道に迷っても道具を見て帰ってこれるそうだ」
ラビットの玩具だということはわざわざ言及する必要はあるまい。知っている者がいても役に立つと思えば気にしないだろう。
透明な容器に入った針が事前に設定したなにかがある方向に常に向くというもので、慈愛神殿の入口を向く先に設定するのだそうだ。たどり着けば怪我をしていても癒してもらえるわけだ。
「最後は単純な人手だ。雑用だな。魔物と戦うんじゃなくて水路の内側で建設を手伝ったり荷物を運んだりだ。手が空いたら魔物との戦いの訓練を受けられるらしいぞ」
「訓練?」
「ああ、アール伯領でラビットが実験している器具を使うんだと」
「直接戦って倒すのが一番だと思うがな」
「どっちかというと器具の実験台だな。希望者だけだから嫌なら断ってもいい。報酬がそれで減ることもないから安心してくれ」
魔物を幻影で再現して経験が少ない者と戦わせ、慣れておくというのは確かに一つの手かもしれない。
初めての殺し合いで動けなくなる者はいる。
そういうものは仲間が支援して慣れさせ動けるようになるか、あるいは冒険者をやめるか、さもなくば動けなくなった最初の時に死ぬかである。場合によっては仲間の足を引っ張り巻き込んで全滅というのもある。
人手を減らさないという観点で見ると、役に立つのか。
あくまで訓練でしかないから意味がないのか。
ある程度実績を重ねないとわからないだろう。
今回集まった冒険者は実戦経験者が多いのであまり有効な実験にならないかもしれないが。
「以上三つをだいたい同程度の人数で振り分けてもらいたい。……うちは余ったところに入るから先に選んでくれていい」
カッツたちはアール伯領に慣れているのでいずれの仕事も対応できる。特に森の調査経験を重ねていることは大きい。現在アール伯が持っている森の情報の一部にはカッツたちが集めた情報も反映されているはずである。
しかし、これまでの関係でアール伯に近いと見られており、前回稼いだことも嫉妬を受けているかもしれない。
そこで選択権を譲ることで多少なりとも風当たりを弱めようという判断だった。
冒険者たちが選んだのは防衛が多く、次に経験がある者、実力がある者を中心に森の調査、最後に雑用という順になった。
カッツ自身が言ったようにカッツたちは肉体労働の人手とを担当することになった。
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