第32話
噴水が完成し、水路結界が稼働し始めた。
魔力負担が大きく改善されることで、うさみたちを動かすことができるようになる。
魔動石が足りてよかった、とエニィは胸をなでおろした。
サンミー神官が想定以上に早く了承してくれたおかげである。
王都で交渉した時はあまり乗り気のようには見えなかった。
最悪魔動錬金技術で代用する案まであったのだが、費用面が厳しくなるし、神殿の協力を得ることは別の面でも有利になる。例えば領民が安心できるなどだ。
それでも神官を派遣してくれるというところまでこぎつけて、現場で判断ということで話がついた。
エニィはそれならアール伯領で来てくれた神官を説得してどうにか協力を得ようと考えていた。
神殿に大きく都合の良い区画を割り当てた理由の一部もそこである。他に結界の都合や耳目を集めるためというのもあるが。
ともあれそして現れたのはサンミー神官本人だった。
これは手ごわいぞと思いながら、王都水神殿の重鎮が自ら来てくれるというのであれば、あとから苦情が来ることもないだろうという打算もあり、なんとしても説得を成功させようと気合を入れていた。
理と利と情の三要素をひねり出し、ワートやアークの知恵と力も借りて交渉の予習を行い、準備をした。
だがいざ交渉が始まるとあっさりとサンミー神官がエニィたちの計画を承諾し、協力を約束してくれたのである。
うさみが連れてきてくれた大地神官たちは自由な生き方をしていて、王都の神官たちとは毛色が違う。
神官でありながらやりたいことをやっている、あえて名づけるなら自由派といったところだろうか。
神殿の神官はその多くが保守的な考えを持っているので保守派だろうか。
神殿の建設などそうあることではないので大地神官たちは大喜びで協力してくれた。
しかし、保守派の神官を説得し協力を得るのは簡単ではないだろうと予想していた。保守的であるということは大きな変化を避けたがると。
大規模な神殿と結界構築への協力は避けるべき変化と認められるかもしれないと。
だが、そうはならなかった。
「うふふ……っと、いけない」
思わず笑みが漏れてしまうが、これはよろしくない。
これでようやく前提が整い始めたところなのだ。
これから魔物と不測の事態との戦いが続くのだから、ここで調子に乗るわけにはいかない。
魔物も自然も人類の都合など気にしてはくれないのだ。
なのにこちらは様々に考慮しなければならないことがある。組織の面子だとか、予算だとか、利益配分だとか。
アール伯の安売りも同じ伯家や任命者ということになっている王家を貶めることになると場合によっては叩かれる。滅亡目前だったのに安売りも何もないとは思うがそれでもだ。
人類社会には面倒なことが多すぎる。楽しくやりたいことだけやっていればいい世界にならないものか。
というわけで現実である。
水路結界が稼働することで、物理的な水堀としての機能、水道としての機能、魔法的な結界の機能が働き出した。
結界の機能とは内と外を分けることであり、別途効果を付与しなければならない。
境界に何らかの効果を与えるものと、内部全体に効果をもたらすものが一般的といえる。
防御結界などは境界を利用して攻撃から身を守るものだ。排除結界は特定の相手あるいはそれ以外の相手を結界の中心に向かいたくなくなる効果を全体に付与する形になるだろう。
今回は内部の特定の存在が扱う魔法を強化拡大するものと、魔物が寄り付きたくなくなる効果を基本として固定する。
中心にいくほど効果が高まるようになっているので危険があれば中央に逃げることになる。
多重三角を構成する道路は角を一つ回れば大体中央方面に向かうことができるので道に迷わなければ避難はしやすい。おそらく。
魔物が興奮している時は魔物よけの効果はあまり発揮されないため、最も危険な魔物の集団暴走への対策ができていない懸念はあるが、水堀によって多少ましにはなっている。
ここからは戦力強化と地道な防備増強の時間である。最後の最後には強化拡大した戦略級魔法という切り札もある。
予備役で腕の方はそこそことはいえエニィは魔導師である。独断で打てる手を利用しない手はないのだ。
もっともそのような状況だと指揮をとらなければならないので機を読み間違えないようにしなければならないのが不安な点であるが。
なにはともあれ、これでぐんと状況が改善する。
あとは豊穣神官に全域に強化拡大した豊穣の祝福をお願いするのと、慈悲神官に非常時の全域に強化拡大した治癒の祝福をお願いできるようあらかじめ取り決めておくことと、普段の治療体制の打ち合わせを行えば――わかっていたがやることが多い。
やはりまだまだ安心も増長も油断もできないようだ。
エニィは気を引き締めなおした。
さて、神官との交渉ばかりがエニィの仕事ではない。
いま必要なのは、経済力の確保だろう。
現在、アール伯領の収入源は門の村の農地と魔物を狩れた場合の魔物素材、森の奥で採れる魔動石である。
魔動石はいつ無くなるかわからないあぶく銭なので計画に組み込むのは基幹となる部分の費用ではなく計画の前倒しに使いたい。
農地は人手の増加と共に広げることができるだろう。人手が増加しないと維持できないのでカネや特別な技術でどうにかするのは難しい。人を増やすには管理する人も増やす必要がある。技術であれば難度が低く誰でも可能な者が必要だろう。
現在、結界内の魔物をひたすら狩っている。
元が荒れ地なので森と比べれば小型で弱い魔物だ。脅威はさほどでもないが、経験のない素人だと怪我を受けるし群れると多少の心得がある程度だとなぶり殺しにされることもある。毒を持つものは大きさに関係なく危険はあるし、穴を掘るものは踏み抜いたら危険だ。足が折れるかもしれない。
だがこれはやり通さなければいけない。
畑が荒らされることもあるからだ。
あるいは寝ているところを襲われる可能性もある。施設に被害が出るかもしれない。
結界の効果は絶対ではない。
そして領を守る者に経験を積ませるためでもある。
罠も設置するし人も使って安全地帯を維持しなければならない。
そうしてから狩られた魔物を解体、加工し資源と変える。
だが、荒れ地の魔物はたいして希少ではない。
低級の魔物の爪や牙は鉄など金属に劣るし、肉や皮は加工を急がなければ傷んでしまう。
要するに商品価値が低い上に労力がかかるのだ。
それでいて放置もよろしくない。
腐って病の元になることもあるし、他の魔物のエサとなるかもしれない。
つまり殺した魔物は持って帰るなり埋めるなりする必要がある。それも労力に加算である。
ないよりましという言葉があるが、やらないとましにならず悪化するのだ。
ウサギ系、犬系、猫系、ヘビ系、虫系などの小型の魔物の処理をしなければならないのだが、しかし今は建設が優先で農作業も放置できない。臨時の荷運びもあるし忙しい時期なのだ。
片手間でできる程度の仕事量なら農民が農閑期の仕事のために一通りの技術は持っているのでこなせるだろうが、解体もひと仕事だし、皮革の処理も手間がかかる。
専門の人員が欲しいが、この時期だけのために連れてくるのも。
割り切って処理しきれない分は埋めてしまうというのがいいのかもしれない。
「というわけなの。うさみ、なにかない?」
「解体と皮の処理をする魔動錬金製品は心当たりがないね。作るなら仕組みを考えるところからだから、ちょっと時間がかかるかな」
「どれくらい?」
「早ければ一か月くらいかなあ。絶対じゃなく、思いつかなかったらそれだけ遅れるし今やってることも遅れるよ」
「そのころには必要性が薄くなってそうね」
「思いついてすぐできそうなら作ってみるよ。あてにはしないで」
「ありがとう、優先順位は低くていいからね」
「うん」
結局、毛皮、革に加工した分をカネで買い取り保証をすると告知した。
手が空いた者がやってくれるだろう。
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