第31話
「なあ大地の」
「なんだ、水の。ワシはこの柱の曲線を彫るのに忙しいのだが」
「これほどの規模の神殿を、アール伯はどうやって都合したのだ?」
「場所と魔動石と魔法カードを用意してワシらに丸投げした。あとは神の御力とワシらの努力よ」
水神に仕える神官サンミーは、水神殿の建設を進める旧知の大地神官に話しかけた。
作業の邪魔になるかもしれないが、尋ねなければならないことがあったのだ。
土地だけはある辺境の地とはいえ、王都の神殿に準ずる規模の広さの敷地をあてがわれ、自由に建設してもよいと言ってくるアール伯。
実際の建設の主力は大地神官と大工である。神殿全体は石造りで神殿の中心ともいえる神像も石像なので大地神官の担当範囲は大きい。大工の担当は設計の補助と内装などで、石工ではない大工は専門がずれる。
大地神官は主に土や石を操ることができる。高位になると肉を石にしたりその逆、あるいは宝石なども権能の範疇である。さらに上では地震やマグマを操るとも言うがそれは今回関係ないので置いておく。
なんにしても、大地神官に神殿の建設を任せることは効果的であり、相応しいようにも思われる。
だが、神官が扱う祝福は、神々の力を借りるものだ。
「そこよ」
「どこだよ」
「大地神が貸してくださる御力が適していることは確かにその通り。だが、神の御力を濫用するのはいかがなものかと考えるのだが」
そんな気軽に神の御力を借りてもよいのか、という問いは多くの神官に共通する疑問である。
まず、神々は人間の成長に期待している。神の御力を気軽に使うのは人間の成長を阻害するだろう。あまりに便利だからだ。
そして、そうやって便利使いすると神の御力が当たり前になり軽んじられかねない。
神官もだ。
神の御力を扱い、祭祀を行う神官、そして神殿が軽んじられることになると、神を祀るために必要な寄進も集まらなくなり、信仰の基盤が失われていく、と危惧されているのだ。
神の御力は特別なもので、本当に必要な時にだけ、神の助力をいただく、それが推奨される神官の姿だというのが現在主流な考え方なのだ。
だから神の御力を借り祝福を授ける際には無制限にならないように寄進を求めることもする。
しかし、目の前の彫刻家としての顔をもつ大地神官をはじめ、一部の神官、神殿は違う考えを持っているようで、石材入手のためなど自らの目的のために祝福をつかったりする。
そして今回のように大規模に使うことは、これまでの水神殿などの主流派の考えからするとありえないことであった。
神の御力を道具のように、例えばカネもうけだけのために使うようになると、神官の資格を失うこともある。これは神殿での立場の話ではなく、神の御力を借りることができなくなり神官という加護も失われるということだ。
にもかかわらず、大地神官は神官の資格を失っていない。
さらには魔動石や魔法カードという自身の力ではないものまで合わせて使っていてもだ。
魔法や錬金術といった人の技と同列に祝福を使っていてもである。
「なんだ水の、水神殿建てなくていいのか」
「そうは言っていない。どう考えているのかと問いたいのだ」
神殿は立ててもらわなければ困る。
連れてきた者も少ないし質素なものでもよかったが、他の神殿と並ぶなら相応であるべきだろうし。
それはともかく求めているのはこの大地神官の考え方の方だった。
いや、以前から疑問はあったのだ。彼らが神官でいられるのはなぜかと。
その上で、今回アール伯にこれほどまで協力するとは、一体いかなる考えによるものか。
「考え方だ? ワシはそもそも、彫刻のための石材を求めた時に大地神の加護をいただいたんだ。大地神の御力でできた石を彫り続けてきたが、それが濫用だってぇならとっくに加護を取り上げられているだろうよ」
「ううむ」
彼が彫刻のために加護を授かったというのはサンミーには初耳だった。
神官が彫刻を始めたのではなく。
これではこの力で彫刻をしなさいと言われているようなものである。
だが、アール伯への大規模な協力についてはまた別の話ではないか。
「ワシは現場一辺倒で説教のしかたなんぞろくに知らないがよ、神殿では人を助けろって教えてるんじゃないのか。神の加護も、人を助けるために神々が授けてくれるんだって、ガキの頃教わった覚えがあるぞ」
「うむ、だがそれも程度というものがあるのではないか?」
「そんなこと言ったら金銭神官なんかどうするんだ」
金銭神官はカネを捧げることですべての神々の祝福を扱えるという。
そして他の神の神官が断るような案件でもカネ次第で引き受けるため、カネに汚い奴らと思われている。
そうでなくとも余計に寄進を取るのであまり好かれていないが、最後の選択肢にはなる。
実際には他の神殿があるならそちらに先に頼るようにと教えているようだが。
余分にかかるカネの分だけ祝福を頼みづらくはなるが、カネさえ出せば大抵のことはやってくれるともいえる。
これを濫用と見ることもおかしな感覚ではないだろう。
「それに、だったらなんで使えば使うほど力が増すんだよ。使いすぎを禁じるならむしろ使える力が減っていくんじゃないのか」
「それではいざという時に祝福ができない」
「祝福の腕を鍛えないでいざという時役に立たないのは同じことじゃないのか?」
「むう。だが、窮地にあるときはより強い加護を授かる例も多いのだぞ」
繰り返し祝福を使うことで、より高度な祝福を使うことができるようになる、というのは事実である。
しかし、同じように使うにしても、より危険な状況を救うために使うことで大きな成長があることもまた見つかっている。
これは大事な状況でこそ神の御力に頼るべきということだ、と解釈されているのだ。
「それにだ、アール伯には力があるだろう。人の力でできることを、神の御力で行うのはどうなのだ。それも、このような地に不相応とも思える規模でだ。いや、立派な神殿で神に奉仕できることは素晴らしいことだし、用意してもらえるのはありがたいと思っているのだぞ?」
「こんな魔物の出る辺境に来たいやつがどれほどいるよ」
「多くの大工が来ていたが」
「そりゃあカネを積んだのと、ワシら神官を呼べたからだろ。冒険者もだな。そうでもなきゃ不安で集まらん。皆が魔物と戦えるわけじゃねぇんだ」
「むう」
「どうも噛み合ってねぇな」
大地神官は手を停めてひげをしごいてしばし考えて。
「あーだこーだやらない理由を探すよりも、頼られれば力を尽くす方が気持ちいいだろうがよ。神様だってワシらに力を貸してくれるってのに困ってても力を借りようとしなかったら残念に思うんじゃないのか。水の、お前さんの子どもが困ってるのに頼ってこなかったらどう思うよ。そりゃあ自分でどうにかなるならいいだろうけどよ、だったらなんで百年間、この国は魔物に押され続けてるんだ? 誰もどうにもできなかった。そんな中で反撃しようってのがアール伯で、そんな奴に力を貸してくれって頼まれたんなら貸してやるのが神官の道じゃないのか? この国の人間はとっくに窮地だし、そうでなくてもわざわざ声をかけてきたんだ、手を貸すさ。まあ、神像を彫って欲しいなんて言われたらどこにでも飛んでいくけどよ」
大地神官が言葉を切って、サンミーをじっと見つめる。
サンミーは大きく息をして、口を開いた。
「大地の、説教のしかたも知らないというのは間違っているな」
「あん?」
「なるほど、何を考えているのかよく分かった。感謝する。ありがとう。こちらもよく考えてみるとしよう」
「そうかい。じゃあ仕事に戻っていいか」
「うむ、よろしく頼む。……ああ、一つだけ。神々の御心を一神官の想像で代弁するのはよろしくないな。気にする神官は多いだろう」
「そうか。気をつけるぜ」
大地神官の考えは、サンミーのこれまでの認識とは違うものだった。
彼らが神官の資格を失っていないことは事実。
だが、サンミーたちも同じように資格を失っていないこれも事実だ。
どちらも間違ってはいないのだろう。
だが。
サンミーは見事な流水と飛沫が表現された意匠の柱を見上げた後、アール伯の元へ向かうのだった。
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