第30話
「うーさん、一便着いたって」
「あー来ちゃったか。じゃあここ引き払って移動だね。その前に荷下ろし手伝おうか」
隊商が到着した連絡を受けたうさみは残念がった。
実験場を移動しなければならないからだ。
予定では、現在実験場として借りている場所は三つの神殿で囲まれて、その上で儀式用の祭壇になることになっている。
新しいアール領を一つの魔法陣と見た場合の中央の中の中央であるこの場所は魔法陣の維持・利用するのに必要な儀式を行う場になる予定であり、そのための作業にうさみたちラビット玩具開発からも人手を出すことになっている。
つまり遊びの時間はここまでだ、ということだ。
まあ移動して続けるのだけれども。
領内の区画は資格ではなく魔法陣に合わせて三角形が基本になる。既存の建築は四角なので土地を無駄なく使うには工夫が必要だが、結界の利用を考えての取捨選択だ。
旧街道からはすこし中に入った場所に当たる。
また、平時は公園としても機能し、ここにも噴水が置かれることになる。
そんな中心の儀式場から辺を接する合同な三カ所に水、慈愛、豊穣の神殿を、その外側に合祀神殿、領主館などの政治機能や、ラビットの施設などが並び、さらに外縁に住宅、旧街道に沿う区画に商店や宿、開拓者協会が置かれることになる。
そして水神殿から内部を通って最外縁の水路とつながる水路の沿岸下流寄りを農地にする。
中村の計画はこんなところだ。西村、道村、東北村は対魔物前線になるのでまた違った構成になるだろう。
ともあれ、うさみは機材と幕とテントの移動準備を任せ、隊商に同行した輸送車の方へと向かった。
「おつかれ」
「ああ、うさみ、建材はどこに運べばいいかな」
「やっとくから休んでいいよ。長時間運転して疲れたでしょ」
「休む場所これから作るらしいんだが」
ラビット魔動錬金会社の社員は皆、うさみと顔見知りである。
輸送車の運転手ももちろんそうで、軽い挨拶をしながら段取りを決めていく。
「あー、じゃあもうひと働きしてもらおうかな。その後車内で休んでね、うるさいかもしれないけど」
「あいよー」
「アークさん、大工さん一組こっちにお願いします」
「うむ、棟梁、聞いての通りだ、ラビットの社屋をたのむ」
「そりゃ大仕事だな、行くぞお前ら」
輸送車のうち一台にラビット玩具開発兼魔動錬金会社出張所の建物になる資材が積みこんであり、残りは仮設住宅用である。
該当の輸送車をと大工さんを連れて目的の場所、新たな実験場予定地の横をめがけて移動。
建設を開始した。
終わった。
「この事前に準備してはめ込むだけ、しかも魔法の支援付きとなると仕事した気がしねぇな。今後は全部こういうのになるのかね?」
「いやあ、全部これだと味気ないんじゃないかなって。しっかりこだわった家の需要はそうそうなくならないと思うよ」
輸送車に積み込まれていたのは成形加工済みで組み上げまで確認済みの壁と屋根と家具であった。
自身が滅多にないのでこれを手順通りに組み立てれば完成だ。現地で刃物を使う必要もない。
竜巻でもあれば飛んでいきそうという欠点があるが、簡単かつ早く建てられるので仮設住宅としては機能する。
仮眠室、資料室、湯沸かし室、玄関と受付を兼ねた広間、これに石造りで倉庫を加える最低限仕様だ。あとで立て直すか補強を入れる前提とすると、仮設で十分なのだ。
魔法で力の増強、部品の軽量化と保護を行ったこともあって大工十人は完全に過剰だったようだ。
どこか物足りなさそうな大工さんたちに、代わりというのもおかしいが、用意していたブツを見せることにした。
「ちょっとこれを見てほしいんだけど」
「うん? ……こいつは、ただの木材じゃねぇな?」
圧縮木材である。
丸太の皮を剥いで熱と蒸気と圧力を加えて、型にハメることで成形した魔動錬金加工品。
加工手段が魔動錬金技術であるだけで、素材自体は特に魔法的な効果はない。
おいちょっと見てみろよ、と大工さんたちは集まって圧縮木材を持ったり叩いたり、はては削ったり切断したり力をかけたりし始めた。
「のこぎりかけるなら一言言ってからにしよう?」
「お、おう、すまねえ、つい。嬢ちゃん、こいつはなんだい?」
「硬いし重いな。だが……曲げにも強いか」
「ずいぶん目が詰まってるようだが」
「工具に使いてぇな」
「家にはどうかね、よさそうに見えるが」
「長時間大重量に耐えるかは試してみねぇと何ともなあ」
やいのやいのと大騒ぎである。
「珍しくもない材木を加工した試験品なんだけど、売り物になるかなって」
今回の圧縮木材は一般的に建築に使われる針葉樹を加工した。
「ほう、なるほど、こいつが使えるか試してみろってことかい」
「うん、一応引っ張ったり曲げたりしてみたけど、重さ以外は削って成形したものより耐久力に富むって実験結果になったから、現状でひとまずの完成。あ、費用は余計にかかるかな」
「削って加工するにも人件費がかかるからなあ。こりゃあまた俺らの飯のタネが減るのかね?」
「ええっ、そんなつもりじゃあかったんだけど」
作業する場所が変わるということは、現場の作業が減るということである。
その分別の仕事を請け負えるということでもあり、総合して全体の作業速度が上がることで生産力が向上することになるはずだ。
少ない仕事を分け合っている状態だと迷惑だろうが、仕事が多ければ有利になるだろう。例えば急いで建物を建てていきたい開拓地とか。
「わはは、冗談だ。石も神官様でもなきゃあなかなか手に入らないねぇからな、建材の選択肢が増えるのはいいことだ。それならこいつを使って家を建ててみるってことでいいかね?」
「アール伯には許可もらってるから、一部の家をこれでお願い。でもまあとりあず柵とかに回すみたいだけど」
現在並行して当座の仮設住宅は建てていっているが、各人用の家は必要である。
とりあえず屋根の下で雑魚寝という環境やテスト中のテント……は好きでやっているのだから後回しでもいいが、それもそのうち飽きるので改善が必要なのだ。
ちゃんとした家を建てる必要がある。そうしないと移民も増えないし子どもを作るのにも不自由するだろう。
大工さんが多くいる間に少しでも数を揃えておきたい、というのがエニィの希望でうさみもそれを知らされていた。
圧縮木材の試験を進めたのにもそういう事情があったのだ。横で幻影で遊んでいたがちゃんと働いていたのだ。
「実験はしたんだな?」
「なんならもっかいやってもいいよ。普通に削って作った木材との比較実験」
「ああ、できるならそうしてもらいてぇ。棟梁はそうしなきゃ納得しねぇだろうしな」
「じゃあ準備しておくから手が空いたら見に来てよ」
「手は空かねぇだろうから準備できたら言ってくれ」
「ああそうか、わかりました」
ということで、大工さん全員、ではなく、各組のまとめ役と全員のまとめ役である棟梁の前で実験をすることになった。
特に問題は出なかったので実際に建材として使ってみようと決まった。
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