第29話

 隊商の第一陣が到着した。


 うちわけは、ラビットの輸送隊、ラビットが雇用した様々な業種のひとたち、移民の募集をに応募したひとたち、各神殿の神官、そして輸送護衛の冒険者たち。さらに家宰ワートに率いられたアール伯の臣下たち。

 つまりアール伯とラビット、合同のものと考えていい。


 今回輸送護衛の冒険者には人数の上限を設けていなかった。

 通常なら利益を考えて線引きをする。その結果戦力が足りないということもあるが、そのあたりの調整は開拓者協会が提案という形で行う。

 だが今回は上限なしという異例の条件になっていた。

 今回の隊商に限り、カネを出すのは国一番の金持ちとも言われているラビット魔動錬金会社である、ということを開拓者協会に依頼しに行った誰かさんが利用したのだ。

 それでいて報酬は相場通り、支払いはいずれかの開拓者協会。

 順調にいけば片道七日。そしてアール伯領に到着後、一か月の仕事をこれも人数上限なしで受注でき、さらに予定通りならアール伯からの仕事が終わるころにはアール伯領に開拓者協会の支部ができる。

 さらに、ついてみてダメだなと思えば隊商の帰りの護衛を請け負う選択肢もある。


 この結果、冒険者が多くアール領に集まった。

 大勢での護衛は負担が少なくなるにもかからず相場程度の報酬が出る。

 帰りの護衛の仕事もある。ラビットの輸送隊は定期的に往復するのだ。

 アール伯領での仕事もある。通常なら移動の拘束時間は仕事の報酬に含まれているのだが、今回上限なしのは護衛を請け負うことで二重取りできるようなもの。

 要するに一連の組み合わせでおいしい仕事となったのだ。


 なので王都から冒険者が集まった。

 様子見だったり開拓者協会から別の仕事を割り振られたりした者もちろんいたが、十三組四十二名がアール伯領入りしたのであった。その中にはカッツたち前回雇ったチームもいる。


 そのほかで特筆すべきは大工だろう。

 ラビットに雇われた大工、十組五十人。職種で分けた場合最も多いことになる。

 彼らの半数以上は短期の雇用だが、一部は一年間の予定確保できていた。


 さて、これらの荷物と人々は、一旦門の村を抜け、中央にある中村まで送り込まれることになった。

 ゆくゆくは門の村を文字通り門として機能させたいが、現状では畑と領民の家しかなくこれを潰して待機場所に作り変えるのは時期尚早だという判断である。


 中村は、人の身長の倍以上に高い幕でかこまれたラビットの実験場と、縄張りまで済み石材が積み上げられている神殿予定地と仮設神殿(掘っ立て小屋)、それに領主館(掘っ建て小屋)と仮設住宅(掘っ建て小屋)、倉庫(石造り)という貧相なものであった。


 これをみた来訪者たちは田舎だと聞いてはいたが予想以上だと思うものが多かった。

 一部約五十人とすこしは腕が鳴ると燃えていたが。


「ようこそ、アール伯領中村へ。各代表の方はあちらの小屋へ、貨物はそちらの倉庫へ、冒険者の方はあちらの名札がかかっていない小屋でひとまずお休みを。どれを使っても結構です。大工の方は早速ですが」

「寝泊まりする場所をこさえればいいんだな?」

「はい、そちらの縄の内側にお願いします」

「あいよ、聞いたなおめーら、話してた通りだ、競争だぞ」

「おうよ」

「若いもんには負けんぞ」


 とんがり帽子と杖を持った女性が受け入れの指揮を執っていた。

 エニィである。

 これから尋常ではなく忙しくなる彼女だが、ひとまずの指示を終えたところで、隊商に帯同してきたワート達が寄ってきた。


「アール伯、到着いたしました。これより役目を果たします」

「よし。まずはアークから引継ぎを受けてちょうだい。皆、忙しくなるけれど、よろしく頼むわ」

「はっ」


 新たに到着した臣下は頼もしい。

 しかし、状況を把握し仕事を振るまでは数に数えられない。

 当てにできるのは明日からだろう。


 続いて現れたのは神官たち。

 水神官、慈愛神官、豊穣神官、金銭神官ほか、それぞれに挨拶をする必要がある。

 まだ神殿は完成していないので完成させなければならない。


「ようこそ、神官の皆さま。このような状況でお越しいただきありがとうございます」

「やあ、アール伯。なかなか大きなことを仰っておられたが、調子はどうかな?」

「ええ、大きな遅れはなく順調に進んでいますね」


 水神殿は王都の水神官で三番目の地位にあるサンミー神官が自ら乗り込んできたらしい。

 大きな神殿は三名ずつ、合祀神殿は二人か一人。各神殿それぞれ祭祀を執り行える司祭がいるはずだ。

 各神殿は基本的に独立しているので直接的には上下関係はないが、アール伯領入りした中ではサンミー神官の神官としての位階が最も高いからだろう、まとめ役になっているようだった。


「神殿はまだできていませんが、材料はそろっています。それぞれご希望があるかと思いますので図面で止めておりますが、柱などの生産は進んでいます。予定地がありますのでご案内しましょう」

「うむ、ところでアール伯、あちらの幕はなにかな?」

「ラビットの技術試験場ですね。当面の間貸すことになっています」


 そんな話をしながらエニィが案内していった先は、掘っ立て小屋が一つ建っている場所だった。

 扉はあけっぱなしだ。

 中を覗いてみると、宝玉を持った美しい女性像に男が一人顔を近づけていた。なめるような至近距離で胸元から腰までゆっくりと。


「な、なにをやっている!?」


 サンミー神官が驚いた声を上げる。


「あん? なんだ、お早いおつきだな水の。見ての通り、お前さんとこの女神像を彫っているのだよ」

「なぜそこまで顔を近づける必要がある」

「ここの水流の表現がうまくいっているかの確認だ。どうだ?」


 女性像は水神の像であり、男は大地神官にして彫刻家、うさみがそう呼ぶので広まってしまった通称“先生”であった。


「どうだといわれてもだな……恐れ多くも、ここは少し攻め過ぎではないか」

「そこがいいんじゃねえかよ。なあそっちのあんたたちはどう思う?」

「我々は水神殿の者ではないので口を挟むのは控えます」


 胸元を水流が隠して腰を巻いて足元へと広がる女神像の造形は、神々しさとエロスがうまく融合したものだとエニィは思う。腰の線などうらやましく思うほどだ。


「こちらの大地神官の“先生”の一門の方々に神殿の建築をお任せしています。各神殿必要な作為もあるでしょうから、相談して決めていただければ」

「おう、図面が完成したものから組み立てに入る予定だ。それまでは仮設の小屋で寝泊まりするんだな。なに、図面さえ完成すれば何日もかからん」

「なに、そんなに早くできるのか?」

「大地神官だからな。支援も万全なら当然よ」


 サンミー神官と先生は顔見知りのようだ。

 外回りが多い巡回神官をまとめる立場ということで外での生活するのが祭祀に含まれる大地神官と接触があったのか、単に神官同士のつながりがあるだけかもしれない。


「必要なものがあれば用意しますのでいつでもおっしゃってください。ひとまず食料は運び込んであります」


 エニィがそういうと、神官たちはそれぞれの謝意を示す仕草を行った。


「それと、水神官様には早速ですがお願いが」

「うん? なんだね?」


 こうして、アール領の三つの噴水が完全な形となり、水路に水が通ることになった。

 一日で行うために魔動石を大量に費やしたが、大地神官に提供した分からすると三分の一にも満たない量であった。

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