第28話

「そうそう、小さい魔物はもっと臆病で慎重に、でも動くときは一気に。大きい方は体格に任せてどーんと」

「相手との比較で変わる感じ?」

「そういう面もありますね」


 その日、うさみたちは魔物の動きを学んでいた。

 相手は元冒険者の領民だ。おカネで雇用して助言をもらう形である。


「よしいけウサギさん、つのでつく!」

「直進攻撃は避けやす

おっふ!」

 うさみが操る額に角が生えたウサギが正面から突撃すると見せかけてもう一体が後ろから突き上げるように訓練中のアール伯家の武官(見習い)の尻のあたりをえぐった。

 すると軽い衝撃が武官(見習い)の体を突き抜け、全身が真っ赤に染まった。

 重傷のシグナルだ。急所に当たった判定だったらしい。


 仮想ダメージ判定式と名付けた手法で、幻影の攻撃が命中した場合、軽い衝撃とともに攻撃の有効度によって被攻撃者の全身に色つきのの幻影をかぶせ、当たり判定が消える、というやり方だ。

 通常時は色がついていない透明で小さなダメージで徐々に黄色に、大きなダメージで赤に近づいていき、戦闘不能判定になると白くなる。

 部位別に設定する案も出ているが、まず簡単なところからということで全体を染める段階としている。

 すでに出ている欠点として、色で染まると視界が遮られる点があるが、これはダメージを受けて不利になっていくことの疑似的な再現としてアリじゃないかという意見もあり、対応を検討中。

 また、これは魔法カードで制御することを目指している。魔動石ひとつで一時間遊べれれば疲れるまで持つだろう。


 ちなみに魔法カードというのは効果が決まっている魔法を記録したカードで、魔力を通すことで魔法を使うことができる道具である。一回もしくは一定回数使用すると使えなくなる。魔法使いなら簡単に使用でき、魔動石と合わせると魔法が使えなくてもカードの効果を使用できる。

 危険だったり扱いの難しい魔法は流通に制限がかかっているが、製作技術が複数の組織に共有され、多くの魔法使いの懐が潤い、また魔法使いがこっそり使っていた便利系の魔法が広まることで様々な部分で生活が改善されたが、根本的な出力に難があることと費用がかかるという欠点もある。


 攻撃が命中すると衝撃を生む幻影魔法と色を染める専用の魔法カードを対応させることで安全にダメージの表現ができる、という提案は、現状の案の中では最も有力となっていた。

 魔物側の自動化という課題はまだ残っているが。


「うーさんウサギの動きすごいね」

「昔お世話してたことがあったからね」


 角が生えているウサギは弱めだが注意しないと危険な魔物であり、接近に気づかず後ろから襲われると大変な事態になることもある。

 角さえ注意すれば小動物にすぎない。

 逆に角が生えていないウサギの方が危険だ。魔法を使ったりはねたりしてくる個体とそうでない個体の見分けが難しい。

 ウサギ系の魔物は、荒れ地にも穴を掘って棲息し、畑を荒らすこともあるので比較的身近な魔物だ。

 見た目がかわいらしく感じる者も多く、うっかり油断するものもしばしば出るため、小型の魔物の危険性を認知させる教材としては適当な一種であった。


 ほかには毒を持つヘビや虫、鋭い爪を持ちウサギ以上に穴を掘るモグラなども油断禁物の魔物として挙げられているが、娯楽として考えた場合、隠匿性が高すぎることと再現が難しいことから先送りされている。


 ウサギが一体ぴょこんと跳ねる。

 尻に攻撃を当てた方もぴょこんと跳ねる。

 攻撃を受けた武官(見習い独身男性)は尻を抑えてウサギ両方を視界に収め、後ずさりで逃げつつあり、これを見ていた者のうち何人かもなぜか尻を抑えていた。


「それどうやってるんです」

「右手と左手でこう」


 ぴょん。

 ぴょん。


 二体のウサギの幻影をどうやって別々に動かしているのか、複数出現させた場合同じ動きをしてしまうはず、という問いに、うさみは答えた。

 別々に出しているだけだと。

 技術的には進歩していない。二人が別々に出して操作しているのと変わらない。

 ただそれくらいやって脅かさないと武官(見習い独身男性)の訓練にならないだろうと不意打ちを仕掛けたのだった。

 尻に角がズブリしたように見えるが実際にはちょっと押した程度の衝撃があるだけなので問題はない。


「さあ、次に尻を刺されたいのは誰かな?」

「うーさん!?」

「あ、ウサギさんの相手をしてくれるのは誰かな?」


 訓練が始まる前は、逃げないウサギなんて楽勝だよまあ見てなっていや俺がいく俺が俺がじゃあどうぞという感じだったが、最初の一人の様子を見ていた武官(見習い)たちは顔色を青くしていた。

 痛くないのに。


「いや、まだ俺の番だ」


 そういいながら構え直す一番手(独身男性裁縫が得意)だが微妙に腰が引けている。

 二体のどちらにも警戒し、しっかり注意を払っているので三体目が後ろからどーん。

「ぎゃん!?」


 さらに注意がそれた瞬間に二体が一度に跳びはねる。

 一番手(独身男性裁縫が得意彼女いない歴十日)は真っ白になった。


「馬鹿な、三体目だと?」

「なぜ執拗に尻を……」

「ごくり」

「次だれが行くんだよ」


 ざわめく残り九名。

 手で尻を隠している者が四名いた。


「ところで質問一ついいかな」


 そんな武官見習いたちに、うさみが尋ねる。


「なんで一人でやってるの? 十人もいるのに」

「えっ」

「は?」

「まずいみんなよけろっ!」


 一人が感づいて声を上げるがどどどどどどーん。三人は回避した。


「みんなでやった方が楽しいし練習になるよね。この十人で組むんでしょ?」

「うーさん鬼畜」

「おら―避けてないで戦えー」


 ローズとリリーも幻影を出す側に回り、はやし立てながら合計十二体のウサギが跳ね回る。ノリノリである。


「素人意見だけど、二人いれば最初の不意打ちも防げたと思うんだよね。正面からなら十分倒せるってことならさ、もう一人が周りを警戒すればいいし」

「そうだそうだー」

「獅子ですらウサギを倒すのに全力を尽くすんだぞー」


 ものすごく楽しそうにウサギを操るローズとリリー。狼系なのに。いや、だからかもしれない。関係なくて個人の資質かもしれないが。

 一方の武官見習いたちは阿鼻叫喚である。

 ウサギが小さいのが災いし、仲間との間を跳ね回るので対処ができていない。

 下手に武器を振ると味方に当たりかねない。隙ができれば尻にズブリを狙われる。

 誰かが指揮を取れば収拾がつくかもしれない。先ほど声を上げた子は困った顔で自身に寄ってくるウサギを追い払っていた。彼はアール伯領で採用した子だったはず。人間関係的なあれで自発的に動くことを遠慮しているのだろうか。


 ウサギさんと追いかけっこ。楽しそうな字面だし、やってることはウサギが体当たりしてくるだけだ。角は生えているが実物と違って痛くもない。

 しかし九人は真っ白になった。地元っ子も囲まれては厳しいようだ。普段は遭遇しても追いかける側が多いので勝手が違ったのかもしれない。


 今日から彼らはウサギに負けたことを忘れないように頑張ってもらいたい。

 うさみはそんなことを思いながら。


「みんな死んだから次をやろうか。素材から幻影を抽出する実験。今回は例のブツを使います」

「待ってました!」


 近くで別の実験をしていた者たちも集まってくる。


「うまくいくかはお楽しみ。【外見情報抽出の魔法】」


 うさみが魔法を唱えると、見上げる大きさの二足の竜が現れた。

 額に一本のツノをはやした一角竜だ。


 それをみた武官見習いは悲鳴を上げ、うち六人が尻を抑えた。

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