第27話
エニィが人員輸送車でアール伯領入りした日からアール伯領の人口は百五十人を超えた。
しかし領民の数は変わっていない。
エニィの臣下とその家族は管理側に回ることになるので領民には数えないし、ラビットと大地神官たちは一時的な協力者に当たる。最終的な扱いは未定なので領民に数えない。
数日で到着する予定の隊商第一陣に技術者や引退冒険者を中心とした移民予定者が同行しており、また当座の戦力である冒険者もやってくる。さらに各神殿の神官も。
この状況なのでまずやるべきことは、施設配置の決定と住居の用意である。
普通の人は住居がなければ暮らせない。
そして適当に建てた場合あとで移動する羽目になるので場所はきちんと決めなければならない。
ただし、場所については結界と魔法陣を生かす都合で区分けはできている。実験のためにうさみたちが線を引き、大地神官たちが道をざっとであるが整えた。ので、どの区画を住居に使うかを決めるだけだ。
問題があるとすれば内部にいる魔物の掃討ができていないことだろう。なので魔物掃討をやることリストに加える。
三角形の頂点の位置それぞれと、森に面する辺の中央の旧街道と交差するあたりに一つ、それから三角形の重心にあたる結界の効果を最も得られる場所を中心とした一帯。ひとまずこの五カ所を居住区とし、水路周辺に農地を広げることになるだろう。後に水路の外側にも広がることになるだろうが、当座はすでにある分以外は後回しである。
それぞれ西村、東北村、道村、中村、とする。
とはいえ、水路に水を通さなければ結界としては完成しない。
水路自体が神聖魔法による石化でつながっているため、一応の形はできており試験程度には使えるのだが、水を流すことで安定維持できるようになる。水を流す行為自体が結界維持のための儀式となるようになっているので水さえ確保できればお手軽である。
つまり水が確保できるまでは当てにしづらい。
だが、現状の人口に今後増える予定の人口を受け入れるためには場所が必要だ。
というわけで最初に中村に人を集めることにした。
旧街道沿いであり門の村から最も近いこと、ラビットが実験と称して居ついていることなどが理由である。
ここは荒れ地の真ん中になるが、旧街道を軸として左右を拓いた。大地神官の力を借りれば水路を作るよりも簡単だと言われたので魔動石で支払った。現金よりすぐに使えるので都合がいいらしい。
そうして地ならしした範囲を急造の防柵で囲んでおおきな駐車場の完成だ。ラビットの輸送車に積み込まれていたものを組み合わせて設置するだけというお手軽さだが、その分防御力はそれなりでしかない。置いてあるだけなのである程度の大きさか力のある魔物が押すと動いてしまうだろう。物理的にも危機管理的にもひとの手が必要である。
位置的には実験場となった中心区画の一つ門の村寄りの区画である。
そして実験場を挟んで二つの区画のひとつを居住区とし、もう一つを神殿用地として確保しておく。
そして周囲の魔物を、エニィが臣下を直卒して倒す、追い払う、始末する。
荒れ地に住む魔物はさほど強力なものはいない。具体的には
それでも毒を持つ危険なものもいるし、畑を荒らすものもいるため、ので臣下の教育を兼ねて領主自ら働くのだ。
一応とはいえ予備役魔導師。最低限の知識はもっている。経験が少ない分は臣下が補強する。
臣下とひとまとめに呼んでいるが、エニィと共に来た者と領民から選抜した者の二通りである。
前者のうち戦えるものと後者を合わせてアール騎士団とする予定だ。選抜組は門の村の自警団から希望者を募った者で、三人しかいないがアール伯領の荒れ地の魔物に詳しい。畑を荒らしに来るのを追い払ったり対峙するのが自警団の仕事だからだ。
この三人は西村、道村、東北村の村長予定者の副官として配置する予定であるため、今からその前提で編成し、三組に分けて様子を見ている。
うち一組の長はケニスで、王都の門衛だったわけだが、小型の虫や獣の魔物の相手はなかなか苦戦しているようだ。
それでもましな方で、他の者も王都出身者は簡単にはいかないようだった。
王都では鍛えるにしても対人中心になる。
初歩的な部分をおさえている者たちは実戦経験を積むことで慣れてくるだろうが。
ある程度練度が上がるまでは保険が欲しい。
魔導師であるエニィが武器を使った戦い方を教えることができないのも問題だ。
教官を雇うべきか。
いっそ魔法を教えた方がいいかもしれない。
実践派の大地神官に教えを乞う……彼らは現状で忙しすぎるから無理だろう。
そんなことを考えながら魔物を間引く仕事を進め、終わったら実験場に寄って進捗を確認するという流れができつつあった。まだ三日だが。
実験場ではラビットの面々が圧縮成形木材の実験と、趣味の実験を行っている。
木材の実験はうまくいきそうということで期待をかけていた。現地で実用に足る木材を供給できれば捗ることは間違いない。普通乾燥に長い時間がかかるところ数日で終わらせてなおかつ強度が高くなりさらに成形までできるという。外見のわりに重くなるのが難点だが、利点を考えればお釣りがくる。
今日の試作品の出来で一つの判断がでるということで、楽しみにしつつ実験場を訪れたところ。
「くまっ!?」
巨大な熊が実験場の真ん中に居座り、ラビット玩具開発の面々と対峙していたのだ。
すでに数人が倒されており、しかし魔熊はいまだ健在なラビット玩具開発の男性をにらみつけている。
と、思うと魔熊が地を蹴った。右前肢を振りかぶり男性にたたきつける。
「ああっ! 逃げなさい!」
思わず声を上げて杖を構えるエニィ。
「ぐわー!」
弾き飛ばされ地面で跳ね、空中で何かにぶつかって止まり、地面に崩れ落ちる男性。
「あ、アール伯、お疲れさまー」
楽しそうにエニィに手を振るうさみ。その横で楽しそうなローズとリリー。本当に、実に、とても、楽しそうだ。にっこにこである。
エニィはなんだこれはと首を傾げた。
危険な魔物に同胞が襲われた状況とは思えない。
間に合わなかった防護魔法を霧散させ、エニィは尋ねた。
「なにこれ」
「つまり幻影を物理的に干渉させる実験と、幻影に殴られても怪我をしないための防護措置の実験をしていたのね」
「うんそう。言ってなかったっけ」
「趣味の実験としか聞いてなかったわねえ」
そういうことだったらしい。
そしてなんでも、犬にいじめられたから熊で殴ったのだとか。
ちょっと意味が分からない。それは釣り合うのだろうか。
倒れていた者や弾き飛ばされた者は無事だった。かすり傷一つない。
ただし魔力消費の都合今回の形式は採用を見送るらしい。ガチガチに防御魔法をかけていたそうなのでまあ順当だろうか。
「ところでその、幻影は自由に動かせるの?」
「うん」
「熊以外には?」
「今のところ術者が知ってればできるよ。形状と動きを記録、読み出して動かすのを自動化する技術がまだなんだけどね」
「戦わせることは?」
「魔物と戦わせるなら別の方法を取った方が早いし楽だよ」
「人を相手に、そう、例えば新兵の訓練などは……?」
「それは想定の範囲内かな。娯楽の範囲でできるようにする予定だけど、そういう使い方をする人は出るかなって……」
なるほど。
エニィは頷いた。
「この実験、協力させてちょうだい。正式にアール領の事業にしましょう。交代で人をよこすから、いろんな魔物との戦いを経験させてやってほしいのよ」
「え」
なんと都合のいい実験をしているのだろうか。
エニィはうさみが好きになった。都合がいい子は大好き。冗談だけど。
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