第26話
正三角形の頂点を内側に折り込むと、一片の長さが半分で面積四分の一の逆向きの正三角形に折りたたまれる。
たたまれた状態では開いた状態の四重の厚みになる。
これを利用して、全体にかけた魔法効果を四倍に強化できる。
実際には半々に分けたあと半分を折りたたむので二・五倍になる。損失込みで実質二倍といったところだろうか。
これを五回繰り返すと三十二倍、六回で六十四倍、七回で百二十八倍、八回で二百五十六倍……と重複していく。
この強化どう影響するかというと、結界内限定範囲における魔法効果の出力の強化ができる。
俗にまとめて魔力と呼ばれているものを保有量と出力にわけた場合の後者。
出力は魔法を使う上で二番目くらいに重要な要素で、まず魔法にはそれぞれに必要な出力があり、百必要な魔法は百の出力がなければそもそも発動できない。
魔法の強力さ、複雑さ、難易度によって必要な出力が変わるので、出力が高いほど高位の魔法を扱えるという認識でだいたい正しい。
次に出力に依存して効果が変わる魔法がある。
例えば手から火を出す魔法があるとして、出力の高さに比例してその熱だったり規模だったりが変動する、のようなことだ。
近年の魔法は事故予防のため効果据え置きのものも多いが自前で習得したり、古くからある魔法は出力依存の傾向が高い。
これも出力が高いほど強い魔法が使えるという認識でだいたい正しい。
さてこの桁単位で強化された出力が無差別に適用されてしまっては、事故の元。
そのため、結界内に限定し、効果を受ける魔法使いを限定することである程度の安全を担保して運用する予定だ。
エニィが予定から一日遅れでアール領に到着した際、うさみをはじめとするラビット玩具開発の面々が出迎えた。
「遅かったね、何か問題があった? アークさんが心配してたよ」
「地面に埋まっている者たちがいてね。あちらの代官に引き渡すのに時間がかかったのよ」
「あー」
「あー、って」
うさみたち、正確にはうさみに同行した芸術家先生たちが無謀にも、輸送車に襲撃をかけてきた盗賊集団を大地の神聖魔法で腰まで埋めたのだ。
つまりは元凶。
盗賊たちの証言もあってエニィもそのことは把握しており、興味なさげなうさみの反応を不満に思ったらしい。
「アール伯自身が行かなくても、一回こっちについてから車と代理人を送ってもよかったんじゃない」
「私が自ら向かった方が効果が期待できたからね」
「だったらよくない?」
「むぅ」
「今回の反省は一台で動いたことかな。伝令用の足があった方がいいかも」
バイクかなー。一人用はコスパ悪いんだよねえ。などとつぶやくうさみ。
エニィは心の中で頭を振って頭を切り替えた。
「それで、お出迎えは何かあったのではないの?」
「あ、そうそう。水路の外周が完成したよ」
「え、もう?」
「水は通ってないけどね」
予定では、何もせず歩いても数日かかる長さである。道が万全ならば一日で塔はできるだろうか、というくらい。
実際は荒れ地であり、また魔物も生息しているので油断もできない。
それを二日で水路を完成させるとは。
大地神官はこれほど有能だったのか。一流の魔導師が土木魔法を使うよりも倍以上速いのではないか。
エニィが驚いているとうさみが言葉をつづけた。
「今は噴水の彫刻を始めてる。神殿の縄張りをするために内側の魔法陣を借り引きしているんだけど」
「だけど?」
「魔法強化の効果の確認を任せてもらってもいいかな?」
「そういうこと。いいわ、任せましょう。遊びすぎないでね」
「やった。ありがとうアール伯! みんな、いくよー」
「おー」「やったぜ」「ひゃっほう」「ありがとござます」
にぎやかに去っていくラビットの面々を見送っていると、同じ人員輸送車から降りてきた部下が寄ってきた。
「我が主、よろしいのですか?」
「ああ、あれはラビットの子たちだから覚えておいて。今回アール伯領最大の資金援助元だからこちらも相応の対応をしてちょうだい。どこまで便宜を図るかは車内で話した通りにね」
「あれが……」
「見た目に騙されたらダメよ。ちっちゃくて可愛い子どもに見えても高位の魔導師で錬金術士でもあるとんでもない人材だからね」
「あ、あれが……」
森歩きは高度な魔法だし、うさみの輸送車はよく見ると魔動石の投入口がない。
つまり魔動石が動力源になっていないと思われる。
だったらどうやって動いているのか。
運転手の魔力で直接動かしているのではないかと、エニィは評価していた。
つまりうさみである。
これだけでも驚異的な話だ。あるいは一般車に実装されていない装置を積んでいたのかもしれないが、それはそれで評価に値するものである。所有し運用しているということは開発に関わっていたのだろうとも考えられる。
カネも能力も仲間も持っているのはうらやましいことだとエニィはこっそりうらやましく思っていた。表には出さないが。
「あの、自分もあちらに合流してもいいでしょうか」
「あ……ええ、どうぞ」
少し思いにふけっていたところ、横から話しかけられた。
人員輸送車の運転を任せていたリリーであった。
車両ごとラビットから借りていた人材で、人当たりの良い狼人族である。
ラビットの者に内向けのつもりだったうさみの評価の話を聞かれ、エニィは気まずい気持ちになったのだが、リリーは気にした様子もなく、うさみたちを追って駆け去って行ったのだった。
さて一方うさみたちは新たな遊びを始めていた。
「わんわん!」
「ひぃ!」
うさみは犬が苦手である。狼人族には慣れてきていたが、四つ足でワンとなく普通の犬は相変わらずダメだ。
そのうさみを犬が囲んでいた。五十を超える数だ。
吠えるたびにうさみが悲鳴を上げる。
それをみてラビットの仲間たちはゲラゲラ笑っていた。
なんてひどい奴らだ。
うさみは怒ったが犬にビビッて何も言えなかった。
何をしているのかというと、魔法の確認だ。
現在開発中の玩具のシステムの一部で、つまるところ幻影である。本物ではないが本物のように触ることができ、幻影の行動をプレイヤーにフィードバックさせることを目指していた。もちろん安全を確保してである。噛まれても死なないようにしなければならない。
つまり実体験型のVRゲームのようなものを作ろうとしているのだ。
課題は多いが部分的には開発が進んでいる。
とはいえ、現在やっているのは幻影の魔法の強化試験である。
一体を出し、操る魔法から、強化を出現数に割り振ることで何体まで出せるかを調べることで結界内の多重三角魔法陣による強化を確認しているのだった。
術者はラビット所属のの魔導師だ。ものづくりに当たって幻影の魔法でモデルを示すのは便利なので覚えようとするものが多いが、その中で最も腕がよいと仲間内で認められている人物。
「わん!」
「ぴぃ!」
と吠えさせると全部が同時に吠えるので犬が苦手でなくとも結構な圧力になる。
犬が苦手なうさみでは言わずもがな。涙目になっていた。
「ちょっとコラ何してるの」
「殴るよ?」
そこに、リリーと、途中で合流したローズが現れ、魔導師をポカリとやった。犬は消えた。
ローズが魔導師を締め上げ、リリーはうさみを抱き上げる。
わりとよくある光景だ。
「五十六だったな」
「六十四まで行くはずだが」
「術者側が処理しきれなかったんじゃね?」
「それより同じ動きしかできないのはいただけないな」
それを背景に何事もなかったかのように他の者たちが検討を始めるのもよくあることだった。
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