第4話

 三日後。

 エニィはアール領への出発準備を整え、同行者たちと待ち合わせしていた。

 王都の高級住宅街、その端の端にあるエニィの屋敷が待ち合わせ場所である。

 かつての王都屋敷は四代前に困窮により手放して、格としては男爵級の今の屋敷に移ることになったそうだ。凋落が顕在化した例の一部だが、エニィとしてはおかげで税金も維持費も少なくなって助かっている。伯爵にふさわしい規模のものとなるとまとめて十倍ではきかないだろう。


 留守中はいつも通り執事のワートに任せることになっている。

 数少ない古くから仕え続けてくれている一族で、今も一家で屋敷の管理を任せているのだ。庭の手入れから運転手までやってくれているのでそこらの貴族の執事よりも働いているだろう。没落貴族には過ぎた家臣であると、エニィは常々感じていた。だが報いようにも現状のアール伯家では難しい。


「お嬢様、十分にお気をつけて」

「もちろん。万一の時は始末をお願いね」

「そうならないようにしてくださいと申し上げているのですが」


 ですが。それは無理な話だと分かっているはず。

 危険なしで達成可能ならとっくに手を付けているというもの。

 今回は自ら危険を冒してでも一歩を踏み出す必要があるのだ。そうしなければ次が続かない。

 執事を宥めながら魔動式自動車の点検をする。

 王都内だけでなく、わずかに残った領地との行き来のためにも使うアール伯家の足である。

 街壁の外を走るためリース契約を結べなかったため買い取りになってしまった。

 一世代前の車種で甲虫を思わせる丸っこい姿がかわいらしい。最新型の同車種は残念なことに角ばってしまうのだ。そのため、アール伯家では買い替えの費用の事情も合わせてこの子を使い続けていた。


 普段は執事に運転を任せることが多いが、もちろんエニィも運転できる。

 今回はエニィ自身が運転して領地まで移動する予定である。

 他にもう一台、うさみが用意するとのこと。

 今回はエニィ本人と同行者合わせて八人の予定なので四人ずつの分乗となるだろう。荷物置き場と化していた後部座席を片付けてあることを確認。よし。


 エニィ自身は軍事魔導師行軍服の貴族仕様を身に着け、さらに旅装用の外套、短杖を腰に、つば広の帽子は車内では邪魔になるだろうがどこに置こうか。それ以外の荷物は車の貨物室に積み込んである。


 エニィは貴族の最低限の義務としての軍事訓練を受けた魔法使い、予備役魔導師でもあった。

 腕のほうはそれほどでもない。戦場儀式魔法運用要員に入ることができるギリギリのところである。その程度の実力を身に着けるにも、肉体鍛錬重視の騎士課程を受けるよりはマシだったろうがずいぶん苦労した。


 当時身に着けた基礎体力は今の生活でも多分役に立っているが、魔法の方はあまり役に立っていない。それはもちろん、いわゆる魔動錬金系の道具の普及にある。

 魔法を使うより楽で便利な道具があるならそちらを使う。もともと軍事用の魔法は日常で使えないこともあるが。

 それでもひとつよかった探しをするのなら、人工魔動石生成リングでの魔動石生成速度が一般人よりも速いという点だろうか。保有魔力に比例して生成速度が上がるらしいので、一応とはいえ魔導師であるエニィは一般人と比べれば破格といっていい。家計を支える一助となっていた。


 そんな魔法が今回役に立つことになるかもしれない。

 魔物の領域に入るのだ。役に立たずに済む方がいいが、そうなると考えるのは楽観に過ぎるだろう。覚悟は必要だ。万が一の一が最初に来ることはありうる。



「エニィ様、来ましたぜ」


 魔物革の鎧に身を包んだ若い男性がエニィに声をかける。

 今回エニィが同行を頼んだ護衛で、ケニスという。エニィとの関係は幼馴染というのが最も適当だろうか。

 アール伯に代々仕えた一族だったのだが、三代ほど前に解雇された。理由はアール伯ウェア家の困窮によるものと聞いている。

 つまり今は過去の縁があった一族でしかない。

 そういう過去にもかかわらず、声を掛ければ力を貸してくれる程度の付き合いは続いていた。

 エニィの一つ下の弟分で、街門の詰め所に勤務しているのだが、今回のことで相談すると休暇を取って参じてくれた。

 義理がたいとエニィは思う。

 もし領を復興するなら再び召し抱えたいとも。

 同時に無茶な計画に巻き込むことを後ろめたくも思っていた。


 そんなケニスには、うさみの車を迎える役目を任せていた。

 開拓者協会で要員を拾って来てもらえることになっていたのだ。

 エニィはケニスが示す方へと意識を向けた。

 確かに車輪の音が近づいてきている。


「え。おっきい……」


 ゆっくりと近づいてきたのは大型輸送車両だった。車輪がエニィの身長の半分を軽く超える大きさだ。箱型の荷台を引っ張る形態である。

 それもかなり古い型式のもののようにみえた。

 高い位置にある運転席に金色の髪の女性がエニィを見つけて手を振っている。


「エニィ様の車が子どもみたいですね」


 ケニスの言う通り、荷台に載せられそうである。

 これ二台必要だっただろうか。一台でよかったのでは。


 そんなことを思っていると、輸送車両はエニィの車の後ろにぴたりと停車し、運転席からうさみが跳び下りてきた。


「おはよう! またせた?」

「いえ、時間通りじゃないかしら……すごい車ね。初期型?」

「試作型だよ。ちょっと待ってね、後ろ開けてくるから」

「試作型って……」


 魔動式自動車はここ十年ほどの商品である。

 初期型というのはその初期に販売されたものだ。外見や機能の都合で改修され続けているため世代によって見た目が違うので判別可能だ。

 初期の型は馬車などから進化したからだろう、運転・動力部分と荷台が分かれていて前者が後者を牽引する形になっていた。

 最近は一体型且つ小型が主流である。

 そして試作型。

 初期型の特徴である牽引式であり、またその中でも大型のものだろう。これだけの大きさのものを魔動石で動かすとなるとずいぶん費用がかかりそうである。

 そして、なぜうさみがそんなものを動かせるのか、いや、考えてみればこれも魔動石関連製品であり、うさみは見た目とは違い長く生きているのだった。


 エニィが車両を観察している間に、箱型荷台のなかからぞろぞろと今回の同行者が現れる。


「座席どうだった?」



「急いで設置したものとしては十分かと」

「すげえ、本当に高級住宅街だ」

「ちびっちゃいのの嘘じゃなかったんだな」


 うさみを含めわいわい騒ぎながらやってくる。


 この度の同行者はエニィとその護衛としてケニス。うさみと連れが一人。それから開拓者協会で今回のため雇った四名。かつて冒険者と呼ばれていた者たち。今は開拓者協会員なので冒険者と呼ばれている。何かおかしいがいろいろと経緯があるのである。


 うさみの連れは女性にしてはがっしりとした肉付きで、見た目からして力仕事ができますといった様子の狼系の獣人族。

 冒険者たちは男性三名女性一名で普段から共に行動しているチームらしい。

 アール伯は開拓者協会の顧客でもある。

 自前の兵力を持たないため、領内の管理に手を借りているのだ。魔物の間引きや領内の調査などをまかせている。

 直接実働要因と顔を合わせたことはなかったが、今回雇ったチームはアール領で仕事をしているはずである。そのように条件を付けたからだ。

 アール領の仕事に携わったことがある、できれば目的地まで入り込んだことがある者という条件だったが、見たところ若手。

 大丈夫だろうか。


 そんな危惧を抱きながらも、挨拶と簡単な打ち合わせを済ませ、車に分乗して移動を開始、アール領へと向かうのだった。

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