第3話

 ラビット魔動錬金会社の隣にちいさな社屋がある。

 古い建物だが、よく掃除されている。表通り沿いにはよく世話されているとわかる花壇が整えられており、色とりどりの花が咲いていた。

 その一方で、裏に続くと思われる建屋横の通路の奥に、雑然となにかが積みあがっているがちらりと見えた。


 ラビット玩具開発。

 そう看板を掲げられた建物に、エニィは連れ込まれていた。


 ふとしたことで目が合った少女に誘われたのだ。

 かわいらしい子どものように見えるが、見たところ人族ではない。

 あまり接触の無い人種だと見た目通りの年齢ではないこともよくあるもの。

 ラビット魔動錬金会社に出入りしている様子からただの子どもではない……社員の家族という線は考えられるか。

 ただ、その言動が、子どもとは思えなかった。


「お姉さん、これも何かの縁だし、困ってるならちょっとお話していかない?」


 などと声をかけてくる子どもがいるだろうか。

 背伸びしているわけでもなく目があった時に自然に笑みを浮かべて誘いかけてきた様子は、どこか老練な貴族にも通じる落ち着きのようなものがあった。


 そしてここ数日、何度も協力を断られ続けたエニィは、その誘いにふらふらとついて行ったのだった。

 迎えの車はもう少し待たせることになりそうだ。






「あ、うーさんおかえり、どうだった――あ、お客様? いらっしゃいませーおほほほほ」

「ただいま。残念だけどみんなの予想通りだった。あ、奥にお茶お願い」


 建物に入ってすぐ、そんなやりとりが社員らしき女性と金色の子、“うーさん”の間でかわされる。

 態度からしてやはりただの子どもではないようだ。


 エニィがそんなことを考えているうちにすいすいと建物の奥まで連れ込まれた。

 道中箱が積まれていたりと雑然としている場所もあったが、掃除自体は行き届いているようだ。

 そして応接室と書かれた部屋を通り越し、たどり着いたのは第三開発室という部屋だった。


「ちょっと散らかっているけど、まあ入ってよ」


 中に入ると本当に散らかっていた。

 エニィにはよくわからないが、工具だろうと思われるものが部屋中、中央にある大きな机の上から各所にある棚の上、また足元にまで取っ散らかっている。

 壁に収納用と思われるフックがあったり、棚や机にいかにもな収納するための箱もあるが、用をなしていない。


 と思うと“うーさん”が手をパンパンと叩いた。


「わ」


 すると、工具がひとりでに動き出し、エニィは驚いて声を上げた。

 魔法か。

 動き出した工具たちは自らの居るべき場所がわかっているかのように、あっという間にしまわれてしまった。

 残ったのは何かの素材――金属や木材、紙、あるいはそれ以外のなにか――たち。

 “うーさん”それをざーっと机の隅に寄せ、空いた場所を作ると椅子を運んできて「どうぞ」と言った。

 エニィが勧められるまま腰掛けると。


「お姉さん芋ようかん好き? お茶に合うんだこれ。貴族の人はあんまりいも食べないんだっけ? もったいないよね。あ、わたしはうさみ。ここでおもちゃ作ってるんだけど」


 うさみというらしい少女はよくしゃべった。名乗り返す隙間もなく、エニィは相槌を打っていた。

 さらにうさみはしゃべりながらもよく動いた。

 それは感情表現であったり、芋ようかんを切り分けたり、お茶が運ばれてきた時にも席を立って自ら給仕した。


 そうして、玩具開発は魔動錬金会社の子会社で、この度企画を親会社に持ち込んだのだが思うような結果を得られなかったのだという、うさみの事情を豊富な感情表現と共に一通り知ることとなっていた。


「お姉さんも商談断られたでしょう。いまあっち忙しそうだから。それでずいぶん困っているように見えたんだけれど」


 つっこみどころはいくつもあった。

 エニィが貴族であることに気づいている様子。

 輸入品であり、高級な嗜好品である茶を躊躇なく振舞うこと。

 その一方で芋ようかんを振る舞い、気さくな態度をとる。


 反貴族派にしては敵意がない。

 貴族を相手にしているにしては気安い。

 何を考えているのだろうか。


 と疑念を抱くも、いつの間にかおさげをほどいたうさみがこちらを見上げるのを見ると。

 かわいらしい子どもの外見というのはずるいと、エニィは思った。


「私はエニィ・ウェア。領の再興を計画しているのだけれど、断られてしまったの」

「え、てことは、アール伯本人!? わぁ」


 うん?

 気づいていたわけではない?

 エニィは内心首を傾げた。

 うさみはなぜかわあわあと慌てている様子。


 後で聞いたところによると、貴族の重臣かなと考えていたらしい。

 自ら、単独で、足を運ぶことは滅多にないことだからと。


 お互いが状況を認識するのに少しだけ時間がかかった。





「アール領は昔ちょっと滞在してたことがあるよ。三十年くらい」

「三十年前?」

「や、百五十年くらい前かな」


 うさみは、森人族系の長命種だったらしい。

 人族であるエニィにしてみると時間の感覚がおかしい。三十年をちょっと。百五十年を一昔前とでも言わんばかりだ。

 しかもこの見た目で百五十以上というのだから外見詐欺である。


「ということは魔物領の開拓? ずっと手付かずだったのに? 何か事情がある……同盟した新帝国への対抗するため?」


 やはり外見詐欺である。

 なるほどとエニィは頷いた。

 近年新帝国と同盟が結ばれた。

 それは喜ばしいことだが、かの国が拡大志向である以上は同盟とは潰すの後回しということでしかない。

 人類圏を統一しようという帝国に対して魔物領域へ拡大を進めて後に対抗するための礎にというのは考えられることだった。

 しかしそれなら国策として……いやそうすると他の領地貴族が過敏に反応するかもしれないと考えたばかり。

 貴族が自発的に力をつけるのなら。でもそれは内乱のタネを育てることにならないだろうか。

 あるいは別口で国も開発を進めるのかもしれない。

 そうなるとこちらでの労働力の確保などに支障が出そうだが、うーん。


 政治は難しい。国王は何を狙っているのだろうか。

 などとエニィが考えていると。


「アール伯。よかったら協力させてもらえないかな。アール伯……当時のアール伯にはお世話になったことがあるんだ」


 などとうさみが言い出した。


「協力、といっても」


 エニィは室内を見回した。

 おもちゃ屋さんが何をできるというのだろうか。


「ああ、戦いとか、交渉とかでは役に立たないと思うけど」

「けど?」

「おカネならある。リボ払いでいいよ」


 うさみがにこりと笑い、エニィは背筋に悪寒が走った。

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