第2話

 うさみは暇をしていた。

 たまーに、無性に遊びたくなることがある。

 しかし、情報化社会出身のうさみの欲望の全てを剣と魔法とスキルとレベルとクラスの世界は受け止め切ってくれなかった。

 この世界にはコンピュータもなければスマホもない。

 モーターもなければ電球もない。

 体一つや少ない道具でできるものはこの世界でも再現可能、だが、全力を出して競う遊びは難しい。

 知的ゲームはアリだが知っているかどうかが大きく、うさみが遊びたいものを遊びたいときにプレイしようと思うと支障がある。

 電気機器を前提としたものはすべて技術体系の違いにより不可能だ。


 魔法という娯楽に傾倒するのも、モノづくりに熱中するのも、一人遊びばかりでは飽きもする。

 他者と遊びたくなることもあれば、高度な技術が必要なVRゲームやその前身のビデオゲームなどで遊びたくなることもある。

 娯楽小説や漫画、ボードゲームを楽しみたくなることもある。

 それもできれば自分が用意したものではないものを。新鮮な娯楽を。


 だが存在しない。


 ならどうすればいいか。

 作って広めるのだ。

 ないものは生み出すしかない。


 とはいえそれにも、物によって難度が違う。

 ビデオゲームなどはコンピュータが前提であるし、それ以外のものもそれぞれ歴史があって存在している。

 作り出し広め、他者と満足に一緒に遊べるようにするには段階が必要だった。

 さらに言えば。

 うさみ自身が用意したものではないものを、となるとさらに条件が厳しくなる。

 そのためには現物だけではなく、それらを楽しむ文化を生み出さなければならない。


 当然多大な手間がかかるわけで、死ぬとリセットされるのに娯楽のためにそんな頑張るのも、という気持ちが強い間はわざわざ手を掛けない。

 だが、遊びたい欲がそれ以上にあふれた時、その時はやるしかないのだ。


 そういうわけで、暇を持て余し遊びたい欲にかられたうさみは人里に出て生活をしていた。

 かれこれ百年ほど、ジューロシャ王国に滞在し、おもちゃを作り娯楽を広める活動を行ってきたのだ。


 ラビット玩具開発というおもちゃ会社を設立し、少しずつ娯楽を浸透させていった。

 そしておもちゃ自体や、おもちゃのために必要な道具を開発し流通させてきた。


 だが、タイミングが悪かったのかもしれない。

 魔物の圧力が高まり、ジューロシャ王国を含む人類の領域が、試練を受けている時代だったのである。

 そんな時代におもちゃの受けはあまりよくなかった。


 それでも地道に活動をしていたのだが、ある商品を売り出したことで流れが大きく変わる。

 それは、かつての世界で電池やバッテリーと呼ばれていたものをこの世界風に再現したものであった。

 電気による文明において携帯可能で規格化された小型のエネルギー源。

 魔法によって支えられている世界で、魔力源として再現した。

 おもちゃの動力に使うためである。またこれを利用してうさみではないの誰かがおもちゃを発明してくれればという期待もあった。


 それが人工魔動石。縮めて魔動石と呼ばれることが多い。

 魔法を使う際に自身の魔力の代用として使用でき、一部の魔法の道具や錬金術製品の動力源にもなる、エネルギー源である。


 正確には重要だったのは魔動石そのものではない。魔石と呼ばれ同じような立ち位置にある天然資源は存在しているのだ。

 問題はその製造法と規格化の概念のほうである。

 入手法が限られていた資源を人工的に生み出すこと、規格化に伴う運用の平易化。

 動力源交換式魔導具・錬金術製品の出現。

 魔法と錬金術の組み合わせ技術の出現。

 などなど。


 副産物が次々に現れ、魔動石の需要が爆発した。


 更に売り出されたものがある。

 人工魔動石生成リングというものだ。

 これは腕輪であり、身に着けているだけで人工魔動石を定期的に採取できる。

 更に身に着けているものは一般人であっても保有魔力量が徐々に増えていくようになる。

 さらに保有魔力量が多いほど生成速度が高まった。

 バカ売れした。

 複数身に着けて昏倒するものが現れ、リコールして不具合を修正してもなお利益がでるほどだった。


 そしてラビット玩具開発はラビット魔動錬金会社に名を変えた。

 主な活動は魔動石及び関連製品の売買である。

 玩具開発は二の次となり、うさみは金を得たが当初の目的を失った。


 なので引退し、改めてラビット玩具開発を設立しなおした。

 少数の賛同者と共に独立したのである。

 そこで魔動石を利用したおもちゃを開発し、流通させようとしたのだが。

 魔動錬金会社からストップがかかった。

 高い魔動石需要のなか、さらに需要増となってしまうと困るというものだ。

 無視することもできたが魔動錬金会社もまたうさみの身内でもある。

 そして社会的影響力は玩具開発よりも上だ。

 喧嘩する気になれなかったうさみはこれを受け入れた。ラビット玩具開発は改めてラビット魔動錬金会社の傘下に納まった。

 おもちゃの開発販売によって魔動石需要に大きな影響が出そうな場合止めるためである。

 魔動石そのものという前科があったため、受け入れざるを得なかった。


 百年もすれば状況も落ち着いておもちゃが必要とされる時代も来るだろうという目算もあった。

 協力してくれている仲間には申し訳ないと思わなくもないが、おもちゃの開発自体は進められているし、資金には困っていない。魔動錬金会社の株の一割をうさみがもっているからだ。

 こうしてラビット玩具開発はうさみの趣味の組織として細々運営されていた。



 そんなある日。

 うさみは新しいおもちゃを開発したので販売企画書を魔動錬金会社にもちこんだ。


「ちょっとこれは、今は困ります。一旦こちらで預かっても?」

「えー。トランシーバーのときもラジコンのときもだったじゃない」

「それは先代の頃のことなのでなんとも……」


 うさみの相手は社長が直々に行っている。うさみが引退はしたが元会長であることを踏まえてのことだ。

 先日代替わりして、ラビット魔動錬金会社をさらに拡大することに成功したやり手のおじさんだ。見た目は温厚そうな福々しい人だが、偶に目つきが鋭くなる。

 忙しいだろうからうさみとしては適当な人でいいと言っているのだが、下手な判断はできないからと代替わりがあってもわざわざ時間を取って相手をしてくれる。


「卓上自動計算機、これは我々も欲しいほどです。つまり売れます。王国全土どころか帝国からも発注が来るでしょう。玩具開発そちらの生産力では足りません。魔動錬金会社うちのラインで作って十分な数を用意して発売したい」


 かつての世界で、ビデオゲーム開発への道筋として自動計算機があったことを思い出したうさみは、魔動式の自動計算機をラビット玩具開発で開発した。

 決まった手続きを行えば決まった反応が返ってくる機械。

 一たす一を入力すれば二と返ってくる。

 これを積み重ねることで複雑な処理を行うコンピュータへと進化していくのだ。いくかな。どうだろう。ま、やってみよう。というわけである。

 計算機自体はおもちゃではないが、おもちゃの発展に寄与しそうなのでよし、であった。


「でも忙しいんでしょ? こっちでやったほうがいいんじゃない」

「だからです。問い合わせの対応の手間が増える方が困りますからな」


 うさみは知っていた。今、魔動錬金会社は忙しいはずなのだ。

 隣国である新帝国から、魔動石の大量購入の打診と技術供与要請があり、強国である新帝国に弱国であるジューロシャ王国は二つ返事で従ったのだ。

 断れば国を滅ぼされて奪われていただろうから、やむを得ない話である。

 受けたことで滅ぼすのは最後にしてやる、となったわけだ。

 その結果、輸出用の増産と、新帝国への支社設立で大忙しなのである。

 支社のトップには先代の社長が就くことになった。事の重要性と新帝国での苦難を考えればそれが必要だと判断されたからだ。

 つまり目の前の新社長はそのために繰り上がりで出世したばかりなのである。


「とにかく、生産体制を整えるまで預からせてもらいたい」

「ちぇー」


 うさみはすごすごと引き下がった。

 無理を押し付けるために来たわけではないのだ。

 とはいえ不満は残る。

 世の中は思う通りにならないことが多い。

 一人でいる時はそうでもないのだけど、人といるとそれぞれの都合がある。仕方がないことだが、不満は残る。


「はぁ」

「はぁ」


 魔動錬金会社の社屋を出たところで、ついついため息が出た。


「ん?」

「ん?」


 なぜか二つ聞こえたので、うさみは思わずそちらを見た。

 眼鏡をかけた高身長の地味目のスーツのお姉さんだった。背筋がシュッとして姿勢がよく、地味に見えるスーツはよく見れば仕立てがよいやつ。

 眼鏡に隠れているが目力が強い。三白眼というやつか。

 総合して地味にデキそうなお姉さんといったところ。

 向かう先は運転手付きの車。どうやらいい身分らしい。


 こんな人でもため息をつくのだなあと、見上げながらうさみは思った。

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