第5話

 サヴァは開拓者協会に所属する新米冒険者である。

 冒険者というのは魔物と戦う仕事だ。

 国や貴族の兵士が動きにくい小規模だったり緊急だったり僻地だったりする場所や状況での活動を担当する大事なお仕事である。

 開拓者協会というのは、かつて魔物の攻勢が強かったころ、有力者による冒険者の囲い込みが行われ冒険者ギルドが機能しなくなりそうになったために設立された組織で、少しでも多くの場所多くの人を助けるために冒険者を管理するのが仕事だそうだ。

 サヴァのような貧乏な出身でも働いて飯が食えるようにしてくれている組織。

 戦いの訓練や装備の貸与などもしてくれるのでとても助かる。


 また、開拓者協会では、一人での活動は危険なので複数人で協力して仕事をすることが推奨されていてサヴァは同郷の四人でチームを組んでいる。

 正確には同郷のチームに入れてもらった。

 リーダーのカッツ、頭脳派のマーグ、紅一点のアユ。

 地元にいたころからの知り合いでもあり、冒険者の何たるかを教えてくれる頼れる先輩たちである。

 しぶとく賢く生き残れ。

 という言葉をスローガンに日々頑張っている。



 さてそんなある日。

 宿舎の部屋で装備の補修をしているとリーダーのカッツが話しかけてきた。


「おーい。次の仕事が決まったぜ、急な話になるが、二日後だ」

「二日後っすか。今度はどんな内容なんすか?」

「護衛と斥候、道案内。それとたぶん荷物運びもだな」

「荷物運びってあたしもしなきゃダメかしら」

「たぶんというのは?」


 裁縫していたアユと、筋トレしていたマーグも寄ってくる。

 こうやってみんなが好き勝手に話すのもよくあることだ。カッツは苦労していると思う。サヴァは任せられるっていいなと心の中で強く思った。


「各自いっぱいに詰め込んで運べる限界の袋か何かを持ってくるようにって指示があるんだ」

「なんすかそれ。限界まで持たせる気満々じゃないすか」

「腕が鳴りますねえ、と言いたいところですが、そんな荷物と戦いに支障がでそうですね。とっさに投げ捨てても問題ないような袋にしませんと」


 なかなかに重い仕事になりそうだ、とサヴァは気分も重くなった。


「それ、断れなかったのかしら?」

「条件がな。アール伯領に慣れているチームが必要なんだと」


 この厄介な仕事の受注条件に、アール伯領での仕事の経験があったらしい。

 アール伯領はサヴァたちの地元の隣にある伯領なのに小さな村一つしかない貴族領である。

 本来はもっと広いのだが、管理できていないらしい。

 定期的に間引きの仕事と領内調査の仕事があり、サヴァたちのチームはこれをよく受けていた。仕事のついでに地元に顔を出せるからだ。

 間引きの仕事は魔物を探して数を減らすだけの基本的なお仕事。

 領内調査の仕事は可能な範囲で本来の領を見て回って状態を報告する危険だが融通の利くお仕事。というのも、可能な範囲でいいからだ。もちろん情報量が多い方が報酬も多くなる。引き際が重要となる仕事である。



「都市遺跡まで行ったことがあるやつが今出払ってるらしくてな」

「都市遺跡って前見つけたやつかしら? あんなところから荷物運ばせる気かしら?」「なかなかの難事になりそうですが」

「その代わり報酬はよかったんだ。そろそろ装備の更新時期だろ?」

「どれどれ……これって相場の三倍くらいないっすか?」


 提示されていたのは相場の三倍に加え、成果による追加報酬アリというものだった。

 ちょっと条件が良すぎて怪しいものを感じる。


「依頼人は、アール伯、とラビット玩具開発? アール伯の金払いは相場通りでしたよね。怪しいのはこちら……アール伯領の素材で玩具の共同開発でもするのですかね? それで口止め料込みだとすればこの額も理解できます」

「あー、なるほど」


 マーグの推測にサヴァとアユが頷いた。


「あとは急な話であることと異例なことをつついて窓口が吹っ掛けたみたいだ」

「それは、依頼人には気の毒な話ですねえ」


 そういうことなら協会が取るマージンも大きそうだ。

 仕事を右から左に流すだけで大きな収入が得られるのはうらやましい。サヴァはそのうち協会職員になりたいと、今日も思った。


「現地までの足は用意があるらしいから、その予定で準備してくれ」

「了解」「わかったっす」「はーい」




 そして二日後、お仕事当日。


 開拓者協会前で合流とのことだったので、サヴァたちは眠気をこらえて待っていた。

 そうしてやってきたのは大型の輸送車。それも、見たことがない型だった。だが、新品には見えないので古い型式なのではないだろうか。


 四人が呆気に取られたり不安になったりしていると、さらなる不安のもとが、運転席から降りてきた。


「アール伯の仕事を受けてくれる人かな?」


 そういいながら駆け寄ってきたのはちっちゃい金髪の子どもだった。

 動きやすい格好で、後頭部で神をまとめてひさしのある帽子をかぶっている。

 くりっとした森色の瞳で見上げてくる様子は、まあ背伸びした子どもである。

 もう一人降りてきた狼人族と思われる女性が、ちっちゃいのの斜め後ろに立つ。こいつはかなり強そうに見える。


「そうだが……」


 カッツが前に出て対応する。戸惑いを隠しきれていない。カッツでもそうなんだと、サヴァは内心胸をなでおろした。


「わたしはうさみ。この子はローズ。ラビット玩具開発のものです。今回は一緒に行動させてもらうからよろしくね」


 そう言って頭を下げる姿は、やはり背伸びした子どもに見える。

 しかし、状況から見ればただの子どもではないはずだ。

 たまにこういう見た目詐欺がいるのだ。

 ついつい騙されてしまうのだが……。


 リーダーカッツが代表して四人を紹介する。その裏で、サヴァがこっそり気を取り直しているうちにも話は進む。


「まずはこの車でアール伯のおうちまで行って合流するから、後ろに乗ってね。ローズちゃん、お願い……あ、そだ、袋は準備してくれた?」

「え、ああ、はい。準備しているぜ」

「いいね、じゃあよろしくー」


 そう告げて、運転席に向かううさみ。

 ローズの方は輸送車の後部、箱型荷台の後ろ側にサヴァたちを導いた。


「あの、大丈夫なのかしら?」


 短い移動中、男性陣が口に出せなかった言葉を、アユが口にする。

 するとローズはニヤリ――本人としてはニコリだったかもしれない――と笑って答える。


「大丈夫ですよ。あれで私よりずっと年上なんです」

「マジか」「なんと」「なんですって……」


 サヴァは驚きのあまり絶句したが先輩三人は声が出たらしい。特にアユが異様なほどの反応を見せていた。


「ではどうぞ、こちらから中に」


 後部の入口から中を除くと左右に座席とその上に棚が設けられており、奥には大きな箱がある。


「これふわふわだわ」

「中から外の様子を確認できないのですか」


 早速座席を確認するアユに、内部を確認するマーグ。カッツは一歩引いて見ていてサヴァはその横に控えている。


「座席はいいものをつけました。上部にハッチがありますから、そこから外を見ることができます」

「防御は?」

「錬金装甲と防御魔法陣を併用していますので、最低限の防御力はあると思いますよ」


 会話をしながらも全員が中に入り、座席に着くとと、ローズが入り口を閉じ、伝声管に準備できた旨を告げる。

 すると、わずかに体を引っ張られる感覚が皆を包んだ。


「王都内ですからそう時間はかかりません。往路はもう一台と分乗してもらいたいのでどう分かれるか決めておいてもらえますと」

「了解だ」

「にしても揺れないっすね……?」


 そして間もなく、アール伯邸に到着したのだった。

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