第6話
「姫様よくいらっしゃいました」
「もう、姫様はやめてよ」
「ははは」
その日の夕方までにアール領へと何事もなく到着した。
エニィの車には護衛のケニスと、冒険者のリーダーだというカッツ、女性のアユが同乗していた。
なにかあればすぐに出られる配置であると同時にアール伯で女性であるエニィへの対応と配慮を踏まえた人選だろう。
もっとも、アール領までは“なにか”が起こる心配はさほどない。
経路上に出るような魔物は車の大きさを警戒して寄ってこないか速度で振り切れる。
山賊でも出れば活躍の機会があったかもしれないが、獲物が通らないアール領への道に根を張る酔狂な賊はいない。少なくとも、エニィが爵位を継いでからそういう報告はなかった。
もちろんアール領も無防備ではない。
規模相応の防衛努力はしている。
エニィたちを迎えたのは、その防衛努力のひとつである、代官その人である。
先代の頃から代官を務めてくれているアークという名の初老の男性だ。
エニィを子ども扱いするのが玉に瑕だが、領の管理と防衛を任せている頼れる人である。
彼も代々アール伯に使える一族だが、冒険者を経験しているという経歴を持つ。
それゆえか、定期的に訪れる冒険者ともうまくつきあえているようだった。
「それで姫様、今回はどんな用件で? ずいぶんごついのを連れて……いや可愛らしい娘?」
アークが輸送車を見上げて尋ねている途中で、うさみが跳び下りてきた。
エニィはうさみが横に並ぶのを待ってから紹介をする。
「ラビットですか。ここでも商品を使わせてもらっていますよ。よろしくお願いしますぞ」
「よろしくね。といっても、アークさんが思っているところの子会社だから、思い違いで失望しないでね」
大きなが目立つ手とちいさな手の握手を見つつ、エニィは話を続ける。
「今回は金策に来たの。成功したら、領内の再開拓に着手するわ。詳しいことは他の者たちと一緒に話しましょう。まずは車の誘導をお願い」
「なんと! 承知いたしました。これは忙しくなりそうですな!」
アーク代官は楽しそうに笑みを浮かべるのだった。
その晩は予定通りアール領唯一の村に泊まることになった。
ここ百年ほど、アール領といえばほぼこの村をさす。旧領のほとんどは荒れ地と森の呑み込まれており実効支配ができていないからだ。
王国の書類の上で権利だけは維持されているが、誰かが実効支配してしまっても強く出ることができないだろう。ただ危険ばかりでおいしくないので誰も手を出していないだけである。
今回それをとりもどすために動き出したわけだ。
さてアール領の村には冒険者滞在のための宿舎を維持してある。
定期的にやってくる魔物間引きの冒険者たちを受け入れるためのものだ。
今回もこの施設に宿泊することになっていた。
エニィが村に来るときは代官屋敷を使うのだが、今回はあえてこちらを使う。
そのようにアークに伝えると、ならば自分もと言い出したので許可をした。
そうして、宿泊施設の食堂で、村のお母さんたちが用意してくれた食事をとりながら明日以降の計画について話をすることになった。
「明日は輸送車一台で都市遺跡を目指します。そこで金策をして輸送車に積んで帰る、というのが行動計画です。何か質問は」
「たくさんありますねえ」
エニィが概要を告げると、冒険者チームの知恵袋だというマーグが困ったように答えた。
都市遺跡とは、かつてのアール領の領都であった都市のことだ。
かつての街道跡に沿っていけばたどり着ける。
もちろん街道跡も百年も経過すればなんだかわからなくなっているだろうが、石を敷いて整備されていた道であるため、痕跡が残っており、過去たどり着いた者たちもこれを目印にしたという報告を受けていた。
今回の目的地であり、金策を行う場所にたどり着けないということはあるまい。
「まず、道中森に入るのですが、あの大型の輸送車が通れるとは思えません」
「森なら大丈夫。まかせて」
「おチビちゃんは運転以外で何かできるのかしら?」
問題提起に対し、うさみが自信ありげに請け負うが、やはりと言おうか疑う声が上がる。
「一応とはいえエルフだから。わたしがどうこうする限り、森の木々が移動の妨害になることはないと思っていいよ。五十年ほど離れてるけどそれでどうこうなるようなことじゃないから」
「森人族だと森が邪魔にならないんすか?」
エルフというのは森人族の古い呼び方で、自称だ。
エニィとしても半信半疑の部分はあるのだが、この際あのちっちゃい娘を全面的に信じることに決めていた。
なぜならこの行軍の費用はすべてうさみ持ちなのだ。冒険者たちの雇用費も含めて。
成功すれば利益から補填することになっているが、失敗すればうさみの丸損となる。
そこまでされるのであれば、目的がエニィの暗殺でもない限り、信用してもいいと考えたのだ。
「森と共存する森人族は森の中を自由に動くことができると言われているね。それが大型車両にまで適用されるのかは寡聞にして知らないな」
「本人ができると言っているならできるんだろう。ただ一応確認なんだが、万一輸送車が通れなかった場合、荷台にあったあの箱を運ぶのか?」
「それは大変だろうから別の手段を考えるよ。まあ大丈夫だからその心配はいらない」
結果を言えば大丈夫だったのだが、この時は皆信じ切れていなかったので特に冒険者チームは不安そうだった。
「次に都市遺跡の状況は把握できているのですよね?」
「死霊都市ダンジョンになっているという情報は得ているわ」
死霊都市ダンジョン。
滅んだ都市で多くの人が死んだ場合に、その怨念が魔力を帯びアンデッドが湧き出す巣と化すことがある。
これが死霊都市ダンジョンとよばれ、神話の時代から散見される。
都市の内部は迷宮化しており、元の都市の地図はあまり役に立たない。
ダンジョンとなったことで湧いたアンデッドがその領域からあまり離れないこと、アンデッドは魔物にとってもエサとなりうるので拡散しないことは不幸中の幸いだろう。
「ではそのダンジョンで財宝を探すというのが金策ですか?」
「違うよ。これはちょっと現場まで秘密。終わった後も何があったかは秘密にしておいてね」
うさみの言葉に、冒険者たちは目くばせし合いなるほど、などとつぶやいている。
何を根拠にか、事前に想定していたのかもしれない。
開拓者協会に請求された金額が相場よりずいぶん大きかったことが関係しているのかもしれない。危険度などを鑑みた額だと言われたが、受けた側からすると口止め料とでも受け取ったのか。そこをつついてもいいことはないだろう。
「では、我々の役目は?」
「荷物下ろしと積み込みの人手と、戦闘になった場合は戦ってもらうこともあるかも」
「そちらで戦えるのは?」
「私は予備役魔導師で最低限の支援はできるわ。ケニスも戦力に数えてくれて結構」
「わたしは放置してくれていいよ。ローズは見た目通りだから大丈夫」
「なるほど」
冒険者たちは計画と見通しが甘いと感じたかもしれない。
エニィは割り切ったが、客観的に見ればうさみへの依存が大きく、うさみが判断を間違っていたら今回の一連の行動すべてが無に帰すだろう。
実は人手は必要だが、冒険者である必要はない。
雇用したのは今後への布石なのだ。
「撤退判断は生還優先で下すから、必要だと思ったら提案して。誰でもね。そうならないとは考えていますが、本当に最悪の場合は輸送車を放棄して撤退するから、その心づもりはしておくこと」
了解を意味する言葉がそれぞれの口から出て、前日の話し合いはこれで終わった。
後ほど話を聞いていたアークが心配して村から人手を出すかと、エニィに尋ねてきたが次回以降手を借りることが多いからとひとまず断ったのだった。
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