第7話
「これはなんとも形容しがたく……しかし道を切り開いているわけではないのですね」
「なに、あたしも見せてよ。あ、今なにか居た! なにかしら」
「もう見えないっすね」
「危ないからやめろお前ら」
冒険者マーグが箱型荷台の上部ハッチから周囲を警戒しつつ観察していると、仲間たちが隙間に顔を突っ込んできた。危ない。
荷台の中にいては外が見えないため、暇をしているのだろうが、急制動でもしたらどうするつもりだ、とマーグが思い、叱ろうとしたのだが、先にリーダーカッツが言ってくれた。
“森歩き”という森人族の魔法らしい。
大型輸送車を森の方が避けるように動き、輸送車は何ら邪魔されることなく、景色は流れさっていく。
前も後ろも木々に阻まれているように見える。
にもかかわらず、進行は邪魔されない。
不思議な話である。いやこれが古の魔法ということか。
近年の魔法は単純化・簡易化が進み、省力高効率高効果の方向を目指しており、変化は組み合わせと重ね合わせによって為すのだとかなんとか、開拓者協会付きの若くてやたら張り切っている魔動錬金術士が言っていた。
協会所属の冒険者の多くも魔法を扱える。
他の三人の仲間もだ。
しかし、皆使えるのは今風の簡素なもので、それも道具で代用することも多く、切り札もしくはあったら便利な一芸といったものばかり。
昔話や物語に聞く不思議な力とは方向性が違う。
どちらかといえば神聖魔法と呼ばれる神の奇跡を借りる術のほうが物語の魔法に近いように思えた。
そういった違和感を覚えたのはマーグ自身がささやかながら神聖魔法を扱えるから感じるのかもしれない。
マーグが力を借りることができる探索と発見の神様の神聖魔法。
いずれの神様でも扱える初歩の治療、専門分野の探索、遠見などがある。
これらは理屈などわかっていなくとも効果を発揮するし、求める結果がそのまま形になる。
食べ物が欲しい時にパンが出てくるようなもの。
一方、小麦と調理器具を用意して適切な手順で調理してパンを作るのが最近の様式。
果たしてこれは便利になっているのだろうか。神様、これ発見になりませんか。
マーグが神様に祈っている間も、輸送車は森の中を当たり前のようにまっすぐに進んでいく。
その上、びっくりするほど揺れない。これは森の手前の荒地でもそうだったので、森歩きとは関係ないだろう。
発進を含めた加減速の時にかかる横向きの力も見た目ほどではないように思う。それでもこの速度で九に泊まれば危ないだろうが。
車というのはこれほど快適な乗り物だったのだ。
可能なら手に入れたい。数日かかる距離を一日で移動できるだけでもずいぶん効率的だ。
問題はどれほどの価格かだが。
金持ちや貴族などでなければ持っていないことを考えると相当な費用が掛かるのだろう。
カネを持っている者がカネを使ってより効率的な稼ぎ方をしてさらにカネを手にいれる。
それが世の中の仕組みなのだろう。神様、これ発見になりませんか。
「いや、普通の車はこんなに快適じゃないわ。私の車に同乗した二人ならわかるでしょう」
「そ、そーですね、アール伯の車がどうではなく、こっちが不思議なほどに揺れないんじゃないですかね」
「街門詰所の車も、王都の石畳ですらよく揺れますな」
サヴァと見張りを交代して中に戻ってきたマーグが、恐れ多くもアール伯に車について尋ねだして、冒険者のリーダーカッツは内心恐々としていた。
アユは空気を読めるので一線を超えることは少ない。サヴァは下っ端気質なのでむしろ失礼なことはしないし過失があってもうまくやる。
しかしマーグはたまにやらかすのだ。そのせいでもめ事になったこともある。
ずいぶん気さくに接してくれているように思われるし、このような危険な冒険行に自ら参加するしで、気安いように感じられるが、アール伯はお偉い身分である。
どこに落とし穴があるかわからない。
マーグは普段は丁寧で分別があるが、好奇心がくすぐられると暴走することがあるのだ。
だが、今回はアール伯にも思うところがあったのか、あるいは本人の性格か、気分を害してはいないようだ。
護衛だという騎士然とした男性、ケニスも批難するような態度をとる様子はない。
アール“伯”というから身分の高い貴族だと思っていたが、領地の状態を考えると意外と庶民的な感覚を持っているのかも……などとカッツは勝手な考えを巡らせる。
かといって馬鹿正直に落ちぶれてるからぶしつけな態度に怒らないんですかと尋ねるわけにはいかない。完全に喧嘩を売っている。
お偉い三との距離の取り方に葛藤するカッツをよそに、揺れる揺れないの話は進む。
「それでローズ殿、そのあたり尋ねてもいいのかしら?」
「そのまえに、その、アール伯、殿などとつけず、うさみと同じようにしてもらえましたら」
「わかったわ、ローズ」
「で、ですね。私にはその話をする権限がないのでうーさんお願いします」
『話は聞かせてもらった!』
伝声管から少し変質したうさみの声が響いた。
聞かせてもらったもなにも、誰も触れていないのに返事があったということは常に音が繋がっているということだろう。
それをわざわざ強調するということは。
ノリかな。
あのちっちゃい金持ちは話が分かりそうな相手、かもしれないとカッツは思う。
『えっとね、これ試作型だから新しい技術を実装する試験用だったんだけど』
「古い型のわりに性能が高いのはそういうことだったの」
「古いのですか?」
「ええ、最初期の製品に似た形だわ。でもそれとも違うということは、それより前に外形を作ったものだと」
アール伯がなんか詳しい。
『それでね、技術的に可能でも、魔力の消費や運用費用、材料の希少性なんかの都合で製品版には搭載が見送られた技術もあるんだ。希少なのは高級仕様なんかに使ってるみたいだけど、余計な費用や魔動石が必要なのは魔動石流通の面でも許容できないとかなんとか』
「この車両の揺れない技術もその一つということ」
『そう。あとは、ほかにもっと都合のいい技術ができたやつもあるよ。陳腐化っていうのかな』
せっかく生み出した技術や道具が実質的に役に立たないとか、というのは冒険者であるカッツたちにとっても身近なものがある。
長持ちしておいしい保存食を予算の都合で買えなかったり。
特定用途で便利な道具も鞄の容量の都合で選別した結果持っていけなかったり。
硬くて強くて重い鎧を長時間装備して動き回ることができないので軽い鎧で妥協しつつも、許容範囲で少しでも身を守れるように工夫する。
取捨選択の結果、手ごろなところでまとめる、という点でやっていることは似ているようだ。
扱っている規模は違うが、似たようなことで悩むのはだと思うとどこか親近感を覚える……。
カッツは頭を振った。
「なにか?」
「あ、いえなんでもないです」
カッツは気を引しめなおした。
ただでさえマーグがいるのだ。カッツまで気を緩めるわけにはいかない。
金持ちや貴族と接するときは注意しなければならない。
彼らに難癖付けられたら生きていけなくなる。開拓者協会が守ってくれるという建前だが、結局のところ、悪い風評を広められたり、命を失った後では遅いのだ。
だからといって、護衛も含まれている仕事で接触しないわけにはいかない以上、気をつけられるものが気をつけなければならない。
それが自衛というものだ。
いっそもう少しわかりやすく線引きできるような怖さがある貴族ならばよかったのだが、なんかちょっと気さくなので逆に難しい。
『あ、もうすぐつくよ』
普段の活動、魔物を相手するのとは違った苦労にカッツが頭を悩ませている間に、無事到着したらしい。
あとでマーグにはくぎを刺しておくとして、ひとまずカッツは胸をなでおろした。
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