第8話
じゃばじゃばじゃば。
「ああ、アンデッドが」
「ざっと追い払ったら、ついでに車体にまんべんなくかけてもらえる?」
かつてのアール領都の街門跡。その前にうさみの輸送車が停車していた。
そして輸送車から伸びたホースを持ったサヴァを守るように三人の冒険者が立ち。
サヴァがホースから出る水を振りまくと、近寄ってきていたアンデッドが嫌がるように街門の内側に下がっていく。
まるで臭いものから逃げるかのように。
「音楽を録音したり再生したりできる道具を作ろうかなあ」
到着したと告げたうさみが、そんなのんきなことを言いながら荷台の扉を開き、一同がぞろぞろと降りてくる。
輸送車を停めたのは外壁から少し離れた場所で、木々の間から様子をうかがうことができた。
外壁から一定の範囲には植物が生えておらず、生き物の姿はなく。
街門であったとみられる場所には数体のアンデッドが外を見張るように立っていた。
骨が鎧と兜を身に着け、槍を持っている。
その姿は街を守る門衛のようであり、主をなくし死霊都市となってもなお使命を果たそうとする姿が見て取れる。
ケニスなどは何か思うところがありそうだったというのは置いておいて。
「これから街門の前につけて作業をするから、その前にあそこにいるアンデッドを排除しようと思います」
うさみが車体と荷台のスキマからホースを取り出してそんなことを言い出した。
うさみが提案する手順はこうだ。
車両を盾に接近し、ホースから出る水をかける。以上。
「わたし運転しないとだから、水かける役を誰かにお願いしたいんだけど」
「その、水というのはなんなんです? アンデッドに効果があるような言い方ですが」
あまりに簡単に言うので不安に思ったのだろう、マーグが確認にまわる。
これにうさみはあっさりとした様子で答えた。
「神殿で売ってた聖水だよ。量はそこそこあるからここで思い切って使っちゃって」
「ええっ!?」
エニィとケニス、そして冒険者たちの驚きの声が上がる。
聖水というのは神殿が扱う聖なる水で、主に儀式などで使われるものだ。
寄進することでもらえる。売っているわけではない、という題目だが、実質売ってるようなものとうさみは認識しているようだ。
一方で、アンデッドに有効だという認識もひろくありそれもまた事実である。
アンデッドが神様の力を嫌うのか、あるいはその逆か。
神様の力で清められた聖なる水はアンデッドを払う力があるらしい。
アンデッドが出るとわかっている冒険行で神殿に聖水を求める話は噂話でも、物語でも聞く話。
だがそれは小さな瓶単位でのことで間違ってもホースで撒くようなものではない。
量的にも、扱いとしても、非常識な話だったため、驚かれたのだった。
そしてサヴァが水まき担当になり、じゃばじゃばしたのだ。
輸送車を街門の外、その脇につけ、街門周辺に聖水を撒いた。
街門の内側には入らず、ホースの先を潰して水を遠くまで飛ばしてアンデッドを追い払う。
アンデッドの出入りを防ぎ、安全な範囲を確保したのだった。
しかし、遠巻きに見られるのも気になるので見張り役以外は輸送車の影に隠れるように集まった。
「見てる見てる、こっち見てるっす」
「ええと、アール伯、次はなにを?」
「そ、そうね。うさみ?」
カッツが次の行動をアール伯であるエニィに確認すると、エニィはそのままうさみに問いを流した。
エニィとしては今回はうさみに任せているのだ。
「次は荷台から荷物を下ろして設置する。そのあとは見てるだけだから、自由行動かなあ。できれば聖水範囲に結界を設置したいのと街の外壁沿いに一回りして確認したいけど」
「街の中には踏み込まないのかしら?」
「そんな恐ろしいことはしたくないので別の時にお願い」
恐ろしいといえばこの森の中に踏み込んで死霊都市まで来ているのがすでに十分に危険な行為なのだが。
それにしてもうさみの言い様だと、荷物とやらを設置することが今回の目的だったかのようで。
カネを稼ぐという話だったはずであり、どういう意味があるのか。荷物に秘密があることは間違いないだろうが……。
うさみとローズを除く六人は疑問を抱きながらも、この後すぐわかることでもあり、各々の仕事にあたることにしたのだった。
「ゆっくりね。気を付けて壁との間に挟まらないように。軽く感じるけど押しつぶされたら死ぬかもしれないからほんと気を付けて」
箱型荷台の側面が折りたたまれ、中身が晒される。
最奥には液体用のタンクが、その手前によくわからないものを含む雑多な荷物が詰め込まれ、座席との間を大きな木箱が隔てていた。
タンクには聖水が入っていたのだろう。半分ほど残っていることを見る者が見れば読み取れるようになっている。
うさみのいう荷物とは大きな木箱を指していた。
これに軽量化の魔法カードと魔動石をペタペタと貼り付け、冒険者四人がせーのと声を掛けつつもち上げる。
アール伯やその護衛にやらせるわけにはいかないし、ちっちゃいのに手伝わせるのはは高さの点で邪魔になる。ローズは戦力になるだろうが周辺を見張る役も必要で、結局息の合う四人が担当することになったのだ。
魔法カードのおかげで非常に軽く感じるが、合計八枚使っていることからそれだけの重量があることはわかる。
うっかり壁との間に挟まれれば潰れて死ぬといううさみの言葉は事実だろう。
木箱は注意しながらゆっくりと、街門の脇の地面に下ろされた。
そして解体された木箱の中から現れたのは。
よくわからない大きく複雑な装置だった。
もともと人の身長より高かったが、たたまれていた足を立てるとさらに高くなったその装置を見ても、用途はよくわからない。
なにかを投入するか、あるいは排出するための筒がいくつか飛び出しているのが目を引くだろうか。
エニィとしても、おそらくは何か特定用途のための特殊な魔動錬金装置であろうと見当をつけるのが精いっぱいだった。
「結局これは一体何なの?」
装置から紐ののような線を伸ばし、街門の内部に投げ入れようとしているうさみに、ついにエニィが尋ねた。
皆聞きたかったことなのでうさみに注目が集まる。
うさみは持っていたものをぽいと投げ込んでから答えた。
「試作型人工魔動石生成機だよ」
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