第16話
「なあおい、このカネどうするよ」
「換金して嵩は減ったのに十分荷物っすね」
カッツ、マーグ、アユ、サヴァの四人は宿の部屋で顔を突き合わせて悩んでいた。
普段なら酒場で飲み食いしながら話をするものだが、今日はいつもと違う事情があった。
懐に大金があり。
多くの人の注目を浴びている。
やたらと話しかけられるし、懐のカネを狙われるということである。
「あの貴族様のおかげで厄介なことに」
「ちっちゃいののせいじゃないっすか?」
「そうはいっても。ないよりはマシじゃないかしら?」
「こうなることはわかって報酬を渡したようですからね」
各自が持てる最大量の袋いっぱいの魔動石という報酬は、開拓者協会の冒険者仲間や王都の人々の耳目をなかなかに集めた。
開拓者協会前で車から降ろされ、追加報酬の証明の手続きを行い、歩いてラビット魔動錬金会社の窓口まで換金に向かった。
その道中なんだお前どうしたこれと話しかけられ、注目を浴びた。
帰りには荷物が無くなっているところを見られ、直前に入った建物を考えれば減った荷物が何であり、代わりに何を持っているかわかってしまう。
実のところ今回得た金はやりようによっては十年以上遊んで暮らせるほどの額だ。
数日の対価としてはあまりにも大きい。
話題にならないわけがないのだ。
カッツたちがカネを得たぞ、から派生するのは大まかに分けて二つ。
どこで手に入れたんだ。
奪おう。
前者は儲け方を狙って寄ってくる。
過去の恩を盾に口を割らせようとしたり、酒をおごって口を割らせようとしたり、囲んで脅したり、やり方は様々だ。
後者は現物を狙って寄ってくる。
囲んで脅したり、忍び込んで盗んだり、商品を売りつけようとしたり、やり方は様々だ。
そういうことを今回思い知った。
実際にそう考えていないかもしれない相手も、もしかしたらと思って見てしまう。
突然不相応なカネを手に入れることが厄介なことだと。
アール伯の狙いはカッツたちからアール伯領の話が広がることだと見受けられたわけだが、その狙い通りに事は運んだわけだ。
悔しい。
でもそういうことが起きるほどのほどのカネを、くれたわけでもある。
おかげさまでアール伯領から預けられた手紙も、あまり直接渡す余裕がなかった。
自分たちは不相応な額のカネを既に持っており、ここで頑張る必要もなかった。
すぐに渡せそうな分だけ手渡しをしてアール伯に義理立てし、残りは開拓者協会へ預けたのだ。
その上で寄ってくる連中には、アール伯領に行けばわかるということは言っていいことになっている、と言いふらして宿に逃げ込んだのだった。
「さっさと使ってしまうべきじゃないかしら」
「使うって、なににっすか? しばらく超高い宿に泊まっていいもん食べるっす?」
「おバカ。自分におカネをかけるのよ。一生暮らせる額ならそれでもいいかもしれないけどね」
「装備を新調して、新しく魔動具を買って、後はスキルでも習うか?」
「とはいえ、おカネを全部使ったと信じさせる手段もないでしょうし、話を聞きに来るものはそれでもいるでしょう。ほとぼりが冷めるまで身を隠すのがよいのでは」
「身を隠す? どこにっすか?」
「……アール伯領、かしら」
アール伯領ならば人手を必要としている。おそらく、冒険者も募集するはずだ。これに紛れてしまえばいい。
また、アール伯領に入ってしまえば話を伏せる必要もない。現地にいる者は知っているのだから。そして尋ねられても偉い人に丸投げできるのだ。
アール伯がアール伯領に人を集めたいのなら、カッツたちもアール伯領に向かえばいいということ。
「と、我々が考えるところまで想定しているなら、アール伯は随分な策謀家ですね。いや、貴族は皆これくらい考えているのかな」
「そんなことはしらんから貴族様に聞いてくれよ。だが、選択肢を狭められているのは気分がいいもんじゃあないな。……大金の対価か」
一人でも多くの人手を求めているのなら、ここにいる四人も吸収しようというたくらみがあってもおかしくはない。
先の仕事の間には特別勧誘はされなかったが、自発的に選ばざるを得ない状況になると考えていたなら納得だ。
あるいは引き抜き扱いされるのを嫌ったのかもしれないが。
「とりあえず、当面は四人で行動だ。急いで準備してアール伯領に移動しよう。多分依頼が出るだろ。アユ、一人部屋だけど大丈夫か?」
「それだけれど、その間ちゃんとした警備ついてるいい宿に泊まるのはどうかしら?」
チーム唯一の女性であるアユは、一人別の部屋を借りていたのだ。
カッツたちに何か仕掛けるなら、一人になるアユを狙うのが合理的だろう。
三人より一人の方が扱いやすいのは当たり前だし、男より女の方が御しやすいとみられるのも一般的な考えである。
だが、アユ自身がこの問題への解答を提案した。
金持ち向けの宿なら警備がいる。それに多少のカネ目当てに何かしてくることもないはずだ。
たまにあぶく銭を稼いだ冒険者が背伸びして泊まる憧れの宿なんてのも話に上ることがある。
そんな宿なら冒険者を受け入れてくれるだろう。
「いいっすね、ちょっとくらい贅沢もしたいっす」
「いや少しならいいが、身を守る意味でな。マーグ、どう思う?」
「私も賛成ですね」
「決まりだな」
こうして、カッツたちは宿を移し、少しの贅沢を楽しみながらも装備の新調に資金を費やした。
そして、アール伯領行きの隊商の護衛の仕事の受注にも成功。
王都期間から七日後出発の片道の仕事で、それとは別に一か月間のアール伯領での魔物対策及び肉体労働の仕事があったので受注した。
アール伯領までは徒歩で七から十日ほどで、依頼人がラビット魔動錬金会社となっており、アール伯領での仕事はアール伯が依頼人であり、現地集合であった。
魔動錬金会社の仕事でアール伯領に入り、そのままアール伯からの仕事に取り掛かることができる。
受ける側からすれば都合のいい話であり、また逆に隊商の護衛を受けそびれた場合、自力でアール伯領に向かう必要が出てくるため、この機会に思い切った決断を、という考えにもつながるだろう。
どちらの仕事も募集上限には余裕があった。報酬も相場よりやや高め。
何も知らなければ、単体でおいしい仕事の組み合わせが、今だけ更にお得なのだ。
これらの仕事が発効された時点で、既にアール伯領の噂が広がっており、そのために同じ仕事を受ける冒険者も多数いたのだが、二つの仕事を同時に受けることができるのをついてる、運がいいなどと評していたのを、カッツは複雑な気持ちで見ていた。
他者が踊らされていて、自分がそれをわかってみているという少しの愉悦と、それ以上に自分たちこそが誘導されているじゃないかという少しの悔しさだ。
とはいえ、一度大勢と共にアール伯領に入ってしまえば、その後帰ったとしても今カッツたちへ向いている興味の矛先は分散するはずだ。
装備の新調でできることも増えたし、ほとぼりが冷めればまた普通に活動できるようになるはずである。
と、この時のカッツたちはは考えていたのだった。
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