第15話
「ただいまー! 開発室移すよー!」
ラビット玩具開発に戻ったうさみの第一声に、社員たちが集まってきた。
「いきなり何を」「どこいくん?」「うーさんおかえりー」「計算機の引継ぎ中なんだけど」「どこいってたの」「あれ、ローズは?」
「アール伯領。田舎の開発手伝うことにしたの。魔物領域の手前だからあんまり手に入らない原料とか手に入るよ。
「どこだよアール伯領」「買い物不便になる?」「トイレがきれいなとこじゃないと」
会社のエントランスに、奥の部屋からぞろぞろと出てきたのは合わせて十名。
三つある開発室に三から五名が所属し、渉外などを担当する要員を合わせて合計十五名がラビット玩具開発の基幹社員だ。
量産については別の系列会社に委託しているため、そこまで含めるともっと関わっている。
この十五名の老若男女はそれぞれ異なる経歴の持ち主だが、共通点がある。
遊びに興味を持っているということだ。玩具開発なのだから当たり前といえば当たり前である。
新たな遊びを作り出し形にするために協力し合っている。
開発室を分けているのは客観的にテストを行うためだが、油断するとその壁を越えてお互い口出しし合う悪癖もあり、喧嘩になることもしばしばだ。
だが、彼らは結局のところうさみの遊び仲間なのである。うさみと仲が良いものも、遊びの方をこそ重視している者もいるが。
彼らは玩具開発が再独立した時、給金や社内福祉が低下するにもかかわらずついてきたお仲間なのである。その時起きたあれこれも簡単には語りつくせないため割愛するがそれなりの壁を共に乗り越えた経緯がある。
その後入社した者も周りがそうなら染まるし、そもそも玩具開発を目的とした会社に入社しようとする人物なのだから、馴染みやすい素養がある。
とはいえ、王国内では最大の都市である王都から、アール伯領とか言う没落貴族の小領地に移るというのはまた別の尺度の話である。
ノリノリの者から、それはちょっと、と嫌がる者もいるのは当然の話。
うさみが持ち込んだ移転話は揉めた。十分ほど。
「じゃあ、第二再編、第三開発室は移る、第一は残って、空いた部屋は自由に使ってよし、来たくなったら歓迎ってことで」
「今の仕事は終わらせないとな」
「住環境整備終わったら呼んで」
「魔物怖いからやめとく」
「こっちで取り次ぎする役も必要でしょう」
身内ならではの役割分担と、それぞれの趣味嗜好による判断で残る者、動く者に分かれた。アール伯領へ行くものはひとまず八名と決まった。うさみとローズを合わせてだ。
この場にいないものは来るとすれば後追いとなる。
「これだけは欲しいってものなにかある?」
「トイレ」
「うまい飯」
「集まって遊べる部屋」
「おしゃれな服屋」
「夜食作って」
「運動場」
「神殿」
「かわいい女の子」
「わたしがいるじゃん」
どっと笑う一同。
ちなみに玩具開発のトイレはウォシュレットである。
皆で好き勝手欲しいものを挙げ、うさみはこれを記録した。
「それじゃ、出発予定は七日後。各自準備しておいてね。試作車両追加で出すから手が空いてたらお願い。わたしは隣と話してくる」
「整備か、任せろ」
「道中のおやつどうする?」
「いつものところでいいだろ。当面の食糧用意した方がいいか。先に発注しておいた方がいいな。経費で出る?」
「出すよー」
うさみが話を終え、再度外出の姿勢を見せると、各々相談しながら動き出す。
この皆が自発的に動いてくれる感じがうさみは好きだった。
「なにしたんです、あの量の魔動原石を」
「ダンジョンからできるかもって言ってたやつ試したんだよ。成功だったね。まだ先方に保管してる」
うさみは輸送車一杯の魔動石を搬入してから魔動錬金会社の社長と会った。
社長はまたもうなにしてくれてんのという目でうさみを見た。
「アール伯の話、断ったでしょ?」
「ああ、そういう報告はありましたね。また新しいものを作ってたのかと思ったら、辺境へ行っていたのですか」
ラビット魔動錬金会社はアール伯の開拓計画への参加要請を断っている。
その直後にアール伯とうさみと出会ったわけだ。
ラビット魔動錬金会社は現在別件で忙しい。
他国に支社を設立ということで物資人員ともに投入されているのだ。
なので生成魔動石、社内では魔動原石と呼ぶそれの大規模な搬入は一時的でも助かる部分はある。
だが一方で人材不足は解決しない。
出向した人抜きでこれまでの仕事を回しつつ足りない人員を補充教育しなければならないので、よその案件に関わっているほどの余裕は少なかった。
なんならうさみたちの手も借りることができるなら借りたいほどだ。しかし、癖のある集団であるし子会社とはいえ別会社なので使っていないのだった。
「安定供給はできそうですか?」
「や、それは無理。森の向こうだもの。それにダンジョンが消滅するか装置が壊れるか壊される」
「残念ですね」
ダンジョンから魔力を抽出する都合、ダンジョンが無くなれば打ち止めだ。
ダンジョンの魔力が増加しているとしたら均衡させることで定量抽出し続けられるかもしれないが、森の無効というのが邪魔をする。
死霊都市ダンジョンまで生活圏を拡大し、ダンジョンを管理できれば。しかし、アンデッドのダンジョンを管理できるほど制圧できているのなら滅ぼせという組織にも心当たりがある。
ダンジョンからの継続的な供給は難しいということだ。
「でもね、前線だと魔力保有量が増えるでしょ。開拓に人が投入されるなら、普通に採取できる量も増えると思うんだ」
「窓口と要員ですか?」
「あたりー。委託でもいいけど。現地で換金できるようにしたい」
「輸送の手配も必要ですね、護衛もだ」
「さすが」
社長は前から気になっているという自身の腹肉に手をやりながらうさみの言いたいことを読み取ってくれる。
アール伯領は現在魔物の領域との境界にある。つまりド辺境だ。
ジューロシャ王国の領域自体が昔と比べるとずいぶん狭くなっているので距離はさほどでもないが、王都からの接続は悪い。かつて旧帝国まで伸びていた街道も使用者が減っていることで相応に荒れている。
うさみの要求は、アール伯領でのインフラ確保と、道中の安全確保に手を貸してくれということだ。
スムーズな物流の確保によって生活環境は向上する。
王都との太いパイプを作りたいのだ。ラビットの輸送網を拡大すれば
そして、道中の物流が増えればそれに目を付ける悪い奴も現れる。
賊の類がはびこらないようにするには十分な護衛と、日ごろの見回りが必要だ。
そのために隊商を作り戦力を集めたり、領主が警邏したりする。
戦力を持てる集団が移動することは治安向上の一助となり、ラビットはそれができる資金力を有していた。
「成功すれば新アール伯領に恩が売れるし、利益にもなる。最悪失敗しても開拓っていう新しい事業の知見が手に入るから王家や領主に売れるでしょう」
ここ百年減り続けた王国の領域。これを逆転させる試みなのだ。
動き出し、うまくいくと判断されれば大きな流れになるだろう。
成功する目は、アール伯が一人で訪ねてきた時とは違う。
アール伯がカネを手にし、うさみが不思議とやる気である。
社長は頷いた。
「ではそちらに窓口を委託。予算は追って連絡しましょう。それとは別に初回の隊商の費用をこちらで」
「ちょっと豪勢にしてもいい?」
「お任せします」
「ありがと! じゃあ次は神殿行ってくるから、またね」
「お気をつけて」
危険を抑え、一時金で大きな効果を狙いつつ、継続費用は様子を見てから。
社長はそう判断したのだった。
そしてうさみは次の場所へと飛び出していった。
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