第14話

「汝ケニス。誠実に、決して裏切ることなく、弱者に優しく、強者に勇ましく、我と己の品位を高めんと研鑽し、我に尽くすことを誓うか」

「誓います」

「ならば、我、アール伯エニィ・ウェアは汝を騎士に任命す。これよりケニス・ウェアネスと名乗るがいい。我が任じた騎士であることを忘れず励むべし」

「はっ!」



 略式ではあるが。

 エニィはケニスを騎士として任命した。

 そうであるとわかるように、数少ない残った家伝の剣を預けた。



 王都、冒険者たちうさみと別れ、屋敷に戻った後。

 冒険者たちは大荷物を目撃され、なんだあれはと話題になっている、といいなと思いつつ、迎えてくれたワートを見届け人として任命を行った。


 騎士というのは騎士によって任命されることで名乗ることを許される。

 エニィは戦闘者としての騎士としての訓練を受けてはいないが、魔導師としての資格は受けており、またアール伯という貴族である時点で騎士としての権限は内包しているため――ややこしい話だが、騎士という言葉には戦闘などの流儀や作法としての騎士と社会的地位、権限としての騎士があり両者は元は一つだったが現在はそれぞれの意味でつかわれる場合があるとのだ。

 なのでこの場合貴族は後者の意味での騎士でもあるということ。

 例えば仮に五歳で未だ何の教育もいけてない子どもで跡を継いだばかりの貴族であっても騎士を任命することはできるし有事あれば戦いに赴くことを求められる。もちろん本当に有事なら代わりの人材を送るだろうが。

 そして、騎士を任じた騎士は、任じられた騎士に対して責任を持つ。親子の関係のようなもので、例えば子の騎士が犯罪を犯せば親の騎士もまた罪を問われる関係にある。任命責任というものだ。

 だからして不用意に騎士に任命してはならないし、任命された騎士は親にあたる騎士の名誉を損なうような真似をすることは許されない。

 そして基本的には騎士に任じるということは臣下とすることと同義であると言える。

 例外はあるが、今回の場合は一般的な例である。


 つまり、今の職を辞めて任命する側であるアール伯の臣下として働いてくれという話になる。


 知った相手、それも懇意にしている相手を臣下に誘うというのは、どこか躊躇われるところがあった。この辺りエニィは貴族に向いていないのかあるいは昨今の風潮の影響を受けているのかと自省する。

 どちらかというとこれまで負担をかけてきた者たちだ。アール伯家が没落したせいで放出せざるを得なかった、にもかかわらず、こうして声を掛ければ力を貸してくれる。


 そんな弟分を誘って万一にも断られたら泣きたくなるだろうことは間違いない。

 すんません今の仕事楽しいんで無理っす、今回は短期だから応じただけなんで、とか言われたら。


 何しろ状況は改善したとはいえ、まだまだ成功の見込みの方が少ないのだ。

 ここ百年ほど人類領域の拡大の経験を持つ者はこの国にはほとんどいないはず。新たな境地を切り開かなければならないのである。

 いうなればせっかくの安定した職を辞し、冒険者になるような暴挙。下手をすると開拓者協会がある冒険者の方がいくらかマシかもしれない。

 そんな分の悪い賭けに、残りの人生全部賭けてくれと言っているのだ。

 しかも、エニィの期待に応えるためには新しいことを多く学んでもらわなければならない。

 はっきり言って大変だし、面倒だし、危険だしやりたくないだろう。

 エニィならそう思う。おそらくご先祖たちもそうだった。だからこそアール伯家は領地を失ったまま資産を切り売りし、じりじりと貧して没落して追い込まれた。


 エニィはそういった大変だよーという話を噛んで含めるようにケニスに語った。

 やめた方が賢いよと。

 そしてその上で。


「その上で。敢えてケニス、あなたに頼みたい。我が騎士として仕えてもらえないか」

「喜んで」


 即答だったのでエニィは思わず本当かと返しそうになった。我慢できたのは僥倖だ。

 覚悟を問うておいて、その答えを聞き返すなど無粋で、失礼だろう。

 エニィは引き受けてもらえたにもかかわらず、泣きそうなのを隠しつつ、騎士への任命、誓いの儀式を行ったのであった。




 こうしてエニィはかわいくも頼もしい弟分を臣下として召し抱えた。

 ウェアネスとはかつてケニスの一族に名乗らせていた名であり、ウェア家を守護する役割を任せていた者の証といえる。

 ウェア家がアール領を拝領する前、アール伯になる前からの付き合いだったりするのである。そんな一族を放出せざるを得なかったのだから不甲斐ない限りだ。


 しかし今、ウェアネスの一族を再び臣下へと戻すことができた。

 個人としてケニスを臣下とすることは複雑な一方で、ウェア家のものとしては失った誇りを一つ取り戻すことができて感慨深いものを感じる。

 とはいえこれを維持し発展することができるかどうかはこれからにかかっている。

 失敗すれば全てなくなる。これまで以上に全てである。

 そのためにはやるべきことをやり、考え、生み出していかなければならない。


「さしあたって、必要な各所を回ったのち、活動拠点を領地に移すわ。ワート、あなたにも来てもらいます。ここは引き払う……わけにはいかないけど……清掃サービスに任せます。不要なものは売り払い、盗まれて困るものは残さないように」

「御意」

「ケニス、あなたは連れていきたい者に声をかけてきなさい。人手は少しでも欲しい。信用できる者ならなおさらね。家族や友人そのほか。心当たりに声をかけて。そのあとはあなたに代官教育を受けてもらうわ。言葉遣いから直してもらうからそのつもりで」

「えっ、あ、御意!」


 拡大にあたり信頼できる人材はいくらいても足りない。将来的にケニスに領地の一部を任せることになるのは既定路線である。数少ない無条件に頼れる相手なのだ。

 だが、今のケニスが積んでいる経験は、街門の衛士。大枠で言えば一兵卒だ。出世した時のためにとエニィが多少仕込んではいたが、全面的に任せるにはとても足りない。手元にある数少ない信頼できる武力の持ち主であることも合わせ今後も結構な負担をかけることになるだろう。

 だが、やると言ったんだからもう遠慮はしない。それもまた信頼である。


「私は陛下への報告と、旧臣、各組織を回ります」

「随行はいかがしますか」


 ワートにもケニスにも仕事を申し付けたので随行できる者がいない。

 一人は舐められるし信用もされないため避けるべきだ。

 同時に運転できるものである必要もある。

 ならば。


「うさみから人を借りるわ」

「そこまで信用してもよろしいのですか」

「今さら梯子を外したりはしないでしょう。それに信用しないと始まらない」


 あのちっちゃい森人族の考えの全ては理解できないが、この点の選択肢はないようなものだ。

 ラビットをうまく利用しなければ始まらないの動かない事実なのである。


「七日間で可能な限り動いてから車で領地に移転するわ。頼むわよ、二人とも」

「御意」


 二人の臣下の声がそろった。

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