第17話

「ごめんください」


 ある日、水神の神殿にちっちゃい森人族が現れた。

 ちっちゃい森人族は、金貨と酒瓶を奉納し、水神神殿に分神殿設立を願いに来たと告げた。

 対応した下級神官は、初めは一般の参拝者とみていたが、話すうちにうろたえて上司である上級神官に引き継いだ。



 なにがあったのか。まず、奉納された金貨が下級神官の年収を超える額であり、酒も下級神官が知らない銘柄だったが明らかに高価な包装だったことがひとつ。

 そこらの酒屋では扱っていないような高級酒だろうとあたりをつけた。貴重な酒の価値には天井がない。もしかすると一緒に差し出された金貨の価値に匹敵するかもしれない。


 また、本来水神に奉納すべきはきれいな水である。

 しかしそんなものを手に入れようとするとそれこそ水神の加護が必要になるだろう。

 だからというわけではないが、関係のある神である酒神による産物である酒と、特に関係はないがすべての神々と金銭神との間の、供物は金貨で代用できるものとするという契約によって金貨、この二つの供物が主に奉納される。


 このことは水神神殿に関わらない者でも知ろうとすれば容易に知ることができるのだが、逆に言えば知らない者は知ることはない。

 奉納用に包装されていることも含めて、ちっちゃい森人族が見た目通りの子どもではなさそうだと下級神官が気付いた時にはすでに子ども向けの対応をしてしまっていたのだ。

 ちっちゃいのにえらいねえと褒めた相手が金貨ドン酒瓶ドンで分神殿設立の話を始めたらそれはうろたえる。サラサラの長髪に小綺麗な服、怪我の後もシミの一つもない肌から金持ちの子女だろうとは思っていたとしても。失礼した相手がにこにこと笑みを崩さなくてもだ。いやむしろ逆に不気味。



 そして対応を交代した上級神官もまた、もう一度交代することになり、最後に対応したのは水神神殿で第三位の立場の神官だった。


 祭礼への派遣の依頼ならばともかく、分神殿の設立ともなると、それなりの立場がなければ話にならなかったのだ。

 そしてこの第三位の神官は巡回神官を束ねる立場であり、王都内の案件を取り仕切る第二位と役割が違うだけで実質同等と見られている神官であった。


「と、いうわけで、出向先でラビットの人員が困らないように神殿の恩恵を必要としているのです。規模については派遣いただけた方の格と人数に合わせて、と考えていまして。とはいえ建設が終わるまでは不自由させてしまうかもしれませんが。どうでしょうかサンミー神官」

「そうですな、うさみ殿。さて、どうしたものか。ご存知の通り、当神殿は王都の水利を十全に管理する使命がありましてな」


 人族の基準だと外見に似つかわしくない丁寧な口調で敬意を示すちっちゃい森人族うさみ。

 これに対し、サンミー神官は顎髭をしごきながら渋るような態度を取った。


「なるほど、手が足りないということですか」


 うさみの言葉と共に、ごとり、と応接室の卓の上に金貨をまとめた棒金が置かれた。

 これで二人が街で一年生活できると言われている。もちろん贅沢しなければだが。

 しかしサンミー神官は態度を変えなかった。


「王都だけでなく、周辺の農地の水利も維持しなくてはなりません。ジューロシャ王国の食を守るためにも欠かせぬ役割でして。貴族領の分神殿も力を尽くしておりますが、辺境に新たに、となるとなかなか」

「そのとおりだと思います。とはいえ、新たに人の領域を広げようという事業への協力の為ですからね。人が生きるには水が必要です」


 ごとり。

 うさみはにこやかに、棒金をさらに懐から取り出した。

 カネを積むことに対する非難をするでもなく、サンミー神官はあいまいな態度をつづけた。


「なるほどごもっとも。魔物に生存圏を奪われ続けたこの百年、再び人の支配を取り戻そうという志は立派なことだと思います」

「では」

「ですがいささか準備が足りないのではありませんかな」

「だからこそ、水神様の力をお借りしたいのです」


 うさみは大変痛いところを突かれたが、笑みは崩さなかった。

 もっともな指摘だからだ。

 水神神官の力があれば、開拓の力になることが見込めるし、なによりラビットの人員が快適に生活する助けになるだろう。


 とはいえ。


「前向きではないようですし、金銭神様の力を借りることにします」

「あ」


 うさみは追加で差し出した棒金をさっとしまった。

 卓上から瞬く間に金貨が消えたのを見てサンミー神官は思わず声を上げた。


「相談に乗ってくれてありがとう。失礼します」

「ちょ、ちょっと待ちたまえ」


 応接ソファから跳ねるように立ち上がったうさみを呼び止めるサンミー神官。


 金銭神というのは特異な立場にあり、すべての神の権能を金貨を大将に借り受けることができる。全部金銭神様でいいんじゃないかなという神様だが、そのせいで他の神の神官に苦々しく思われていた。あらゆる神の対抗になりうるためである。

 金銭神が交友を司る神であるにもかかわらずだ。なんとも皮肉な構図である。

 もっとも対価も相応で、そのうえ本職ほど自在に扱えるわけでもないのだが。


「まだ何か? 奉納品は預かってもらってますけれど」

「新たに開拓する地の水利を維持しようと思えば、水神神殿の力が必要になりますぞ」

「それを考えるのはアール伯ですから、進言してみたらどうですか? ラビットとしてはその規模は必要ないので、必要になったら相談させてもらいますね」


 ソファに座っても、立ち上がっても、顔の高さがさほど変わらないうさみ。

 このちっちゃいのがにこやかなまま、しかしそっけない態度に変わると、部屋の気温が下がったかのように感じられた。

 サンミー神官としては相手を十分な交渉相手と認め、より多くの寄進を求めようとしていたのだが、想定より断然早く話を切り上げにこられた上に妙な悪寒を覚えることになった。

 これがいかにも気持ちが悪く、そして金銭神神殿に利益を奪われることも嫌って、サンミー神官は食い下がっていた。


「まあまあ、どうも誤解をさせてしまった様子」

「誤解?」

「成算をどのように見ているのか、もう少し詳しく話をお聞きしたいと、そういうわけでしてな」

「ああ、そういうことですか。はやとちりしてごめんなさい」


 うさみが頭を下げ、再び着席したが、棒金はすぐには出てこなかった。







 この日、ジューロシャ王国王都にあるいくつかの神殿にちっちゃい森人族が現れた。

 水神、豊穣神、慈愛神、そして金銭神。

 金貨を積み、回答は後日で構わないが五日以内として六日後出発予定であることを告げ、アール伯領開拓地に設置予定のラビット玩具開発支社およびラビット系列総合窓口の社員と関係者のために分神殿をというお願いをして回った。

 さらに翌日、アール伯が王都内の神殿に誘致と開拓への協力を打診。

 水神、豊穣神、慈愛神の神殿と、金銭神を中心とする合祀神殿がアール伯領内に建設されることが決まり、各神殿から神官が、また建設のため技巧神神官と大地神神官をはじめとする人員が派遣されることが急遽決定した。


 のちに一部の神官が、手を伸ばせば消える妖精のようなしかし極めて俗な相手にからかわれたけしからんという話で意気投合したらしい。

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