第18話

 ジューロシャ王国国王は未婚の若者である。

 一国の国王として多くの問題を抱えている。

 それは隣国であり拡大を続ける新帝国との外交関係であったり、安定しているとは言いにくい国内情勢であったり。

 跡継ぎのために婚姻を結ばなければならないことも、その一つだ。

 継承権者はいるが可能な限り嫡子であるべき、というのはジューロシャ王国累代の経験と積み重ねからくる伝統であり慣例である。


 だが今、国王はこの問題を棚上げしていた。

 国内に外戚を持つことで特定勢力が勢いづくと国内情勢の均衡を崩すことになりかねないからだ。

 かといって外国との関係も難しい。

 新帝国には下手に出ることで目をそらさせている。抵抗している近隣国との戦いが終わるまでは時間を稼げるように立ちまわっているのだ。

 最終的に新帝国に降るか、あるいは対抗するだけの力をつけるか、どちらにしても時間を味方につけなければジューロシャ王国に先はないだろう。ジューロシャ王国とはつまり王族であり、貴族であり、民であり、土地である。

 戦火を避けそれらすべてを生き延びさせる、そのために必要なものも力である。


 この方針では、帝国と戦っている国との婚姻同盟はありえないし、帝国関係者との婚姻もまた時機を見る必要がある。時間を味方にするのなら、遅れるほど有利になるだろうし、あるいはなにかあった時の切り札にもなりうる。


 複数の問題を俯瞰的に鑑みて取捨選択しながら状況を調整していくのが政治である。

 国王の婚姻が政治的になることはやむを得ないことだし、そうあるべきでもある。

 ただ、一番簡単で、厄介な問題を先送りできる方法が一つある。

 それは政治的な力を持たないが血筋の権威は相応にある相手と結婚することだ。

 例えば没落した伯家などはちょうどいいといえるだろう。

 外戚として力を得られるようでは困るので余計な親類は少ない方がいい。

 今まさに消滅しようというところを掬い上げ、ようやっと家を存続させるくらいの立ち位置であれば都合がよい。



 これらの条件に、アール伯エニィ・ウェアは合致していた。



「だから陛下、手ぬるいんですって。さっさと潰しちゃえばいいじゃないですか。そうでなければ思惑を素直に話してですね」

「そんなことしたら嫌われるかもしれないだろう」

「んもー、このヘタレ陛下は本当にもう!」


 国王は側仕えの女官に叱られていた。

 女官の名はサティ。イクゼ伯家の令嬢であり、国王やエニィと同期である。

 あわよくばお手つきになれとイクゼ伯に命じられ国王の側仕えとして働いている。


「わたくしを振ったんだからもうちょっと頑張ってくださいよ」

「それは君の父上が悪い」

「陛下が結婚されるまでわたくしも結婚できないんですよ」

「努力はしている」

「どうかなあ~?」


 今の振る舞いは上流階級の娘として相応しい所作とは言えないが、人目がある場所では完璧にこなす有能な令嬢である。

 それがこのような態度をとり、そして許されているのは国王婚姻問題における国王の数少ない共犯者であるからだった。


 父によって王宮へ送り込まれたサティは国王に迫ったが断られた。当代のイクゼ伯がいかにもな野心家であったからだ。

 貴族の力が弱まりつつある現在、彼のような力も国にとっては必要だ。

 しかし、その力が強すぎてはいけない、そう国王は考えて、サティを諭したのだ。

 サティは一通り話を聞いたのち「つまりエニィにご執心なんですね」と納得したことが国王にとって不思議なことだったが、結果的に協力者となった。

 サティの態度はこの時からであり、国王も負い目もあるし動機の誼もあるために認めている。

 また、その際サティも条件を付けた。それは「自分も結婚はしたいから父を諦めさせてくれ」というもので、国王が国王にとって適切な相手を娶ることが一つの解決になるため、相談相手となってくれているのだ。


 二人でイクゼ伯をだましている形になっているがゆえに共犯者なのである。


「というかなんであんな案件許可出したんです? あれなら断ることもできたでしょ」

「王都の人口圧迫も問題だったからだ。移住してくれるというなら都合がいいだろう。人員の領内移動許可と街道の整備、直轄領との交易認可、いずれもうまくいけば我が国全体の利益になる。代官への紹介状を与えるのも、現地にいる代官に適切に判断させるのも、理にかなっていると思うが?」

「エニィにいい顔したいだけじゃないですか。判断を部下に投げるのも、もし不利益が合って断ることになった時自分が嫌われたくないだけでしょ」

「それもあるがそれだけじゃないのも事実だぞ」


 この日、国王はアール伯エニィ・ウェアと会談を持ち、いくつかの請願を受け入れていた。

 一つは王都及び王家直轄領から人を転籍させる許可。

 人が減るのは税が減るということであり、行政としては損害と言えるため、本来転籍は認められないことだ。

 しかし、ここ百年、王国領土が魔物の領域に削られ続けた結果、人余りの状況にあった。

 職と食料を十全に供給できない問題が顕在化しつつあったのだ。

 それがアール伯に無茶なことをさせることになった背景の一つであり、また国内情勢の不安要素の一つでもあるのだ。

 しかし、手に職を持ち現状で活躍している人員を引き抜かれるのも困る。

 取り換えの利く人材と利かない人材というのはあるのだ。育成すれば解決するとはいうもののそれにこそ時間がかかるのだ。

 そのあたりの調整は現場のものでなければ分からない部分もあるし、ある程度上から押し付けることも必要になる場合もある。

 ただ、現在は魔物領開拓の最初の最初である。様子見も兼ねて現場の判断に任せることで最小限に抑えつつ、国王が前向きということで最低限の手を貸せるよう後押しすることにしたのだ。


 これにより、王都を含む直轄領内のギルドや神殿などからいくらかの人手がアール伯領へ移動することになる。

 各組織にも抜けた人員の穴埋めを経験させておくことができる。

 悪くない判断だと国王は考えていた。


 次に通行許可、これは大事な技術者を含む民を安全に移動させるため必要なものなので当然の処置。

 そして街道の整備は交易を行うなら必要になり、あるいはアール伯領が失敗した際魔物が暴れるなどしたならば早急に対処のための戦力を送り込み、他の領などへの被害の拡大を防ぐことにもつながる。アール伯領の成否にかかわらず意味のあることだ。


 最後に交易許可であるが、これもアール伯領が成功するならよし、失敗するにしてもそれまでの過程で利益を出せるならそれもまたよし。細かな判断はアール伯領に隣接する直轄領の代官に任せることで少なくとも大きな損にはならないだろうという見込みだ。


 いずれも国益の範囲で間違った選択ではない。


「わかってますよね、アール伯領成功しちゃったら陛下はエニィを娶れなくなるって? めっちゃ後押ししてどうするんですか」

「だがあからさまに足を引っ張るのは不自然だろう」

「だから最初っから潰しちゃえばいいって言ったじゃないですかーもー。まあ今さらですけどー。どうするんですか」

「懸命に頑張っているのを邪魔するのも本意ではないのだ」

「だめだこりゃ。まともにやったら結果出るまで何年かかかるの、わかってます?」

「わかってはいる」


 国王はそっぽを向き、サティは肩をすくめた。

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