第19話
「なかなか愉快なことをしてくださっているようですな」
「はて、なんのことでしょうか」
王都にある開拓者協会の応接室は魔物の頭蓋骨から骨董品のツボ、装飾された剣など雑多な方向性の装飾物が配されている。
アール伯エニィ・ウェアと副協会長が向かい合って座っているソファも高級な魔物革であり、間にある机も樹木の魔物を加工したものだ。
エニィの斜め後ろに立っているリリーという名の
肉食獣の魔物の頭蓋骨はこういう魔物を倒せるのだという示威目的、骨董品のツボは旧帝国の窯のもので、今では新たに作ることができない品。旧帝国は滅びていると考えられている。装飾された剣は当代の国王から開拓者協会へ下賜されたもの。ソファ、机も自組織内で入手したものを加工したもの。魔物素材は開拓者協会の一強と言っていいのでそれだけいいものを使える。外部の者が同じ物を手に入れようとすると何倍もの費用が掛かるだろう。
開拓者協会の実績と実力、背景を示威することで信頼性と正当性を担保し、安心して仕事を発注してもらえるようにとの気配りあるいは目論見に沿った内装であり、芸術的な感性などとは別の視点によるものである。
開拓者協会は武力を売る組織だ。
副協会長もまた冒険者出身であり、同時に協会内の出世競争を勝ち抜いてきた選ばれし者である。初老に差し掛かっていてもなお強烈な圧力を全身から放ち、エニィを威圧してきていた。
彼にとってはエニィなど小娘だろう。伯位という権威がなければ相手にならない。だがその権利も副協会長という権力の前ではいかにも頼りないものだった。
エニィの後ろに控えている狼人族、ラビット玩具開発から借りてきた護衛であり、現在アール伯領に残っているローズの姉妹だというリリーも緊張で身体を固くしている気配もする。
こうなると頼れるのは自分自身だけである。
なに、行軍訓練の時の上官みたいなものだと思えばいい。あるいはいまだに権勢を維持している領地貴族の爺たち。どちらも目の前の男に匹敵する威圧感を持っていた。
エニィは自身を叱咤しつつ笑みを浮かべて副協会長を見返した。
どんな時でも笑顔は女の武器になる。男に対しては特にだ。
「とぼけないでいただきたいですな。引き抜き行為は協定違反だ」
「引き抜き?」
「先日雇った冒険者への過剰な報酬。それにアール伯領の領民からの冒険者への引き抜きの手紙のことですよ」
開拓者協会は冒険者引き抜き防止のために王国と協定を結んでいる。
百年前から王国の領域は削られ続けてきた。
そのなかで冒険者が貴族による囲い込みを受けるという事態が発生。
冒険者は王国内の武力配置の柔軟性を担保する立ち位置を担っていたため、一部の貴族に囲い込まれてしまうと結果的に王国全体の安全が損なわれることになる。
これを嫌った当時の国王と、構成員を引き抜かれることを嫌った当時の冒険者ギルドが協力し、生まれたのが王国の管理下にある民間武力組織、開拓者協会なのだった。
このような経緯があるため開拓者協会は冒険者の引き抜きには敏感なのだ。設立理由に関わるのだから当然である。
「ああ、なんだ。それなら誤解です」
「誤解だと?」
「ええ、まず冒険者への報酬はそちらが見積もったものです。そちらの提示した金額を支払っただけですから、協会の取り分がいくらで冒険者の取り分がいくらなのかもこちらは関与していませんしね」
「追加報酬を与えたでしょう」
「追加報酬は冒険行で得た財のごく一部。慣例に則った割合より少なくなってしまい心苦しいくらいで。ですが今のように追及されないために制限したんですけれど、どうも配慮不足だったようですね。誤解を与えることになってしまい遺憾です」
おいおい煽ってどうするんだ、とエニィの後ろに立つリリーは冷や汗をかいていた。 エニィ本人も背中に汗を感じていた。
エニィも一応魔導師であるが、目の前の男性相手では何もできずに殴られて制圧されるだろう。距離が近すぎるのもあるし実力差もある。
ぶっちゃけ怖いが話をつけなければならない。
なら煽るなよという説もあるが、こういう場合弱気ではだめなのだ。
こちらの主張を強く示してその上で妥結可能な条件を探らなければならない。
一方副協会長からは表情が消えていく。厳つい顔ですごむのとは違った重圧を、エニィたちは感じる。
「では手紙は」
「我が領に入植してくださった引退した冒険者の方が知人に引退後の選択の参考になるような話を送ってくれたようですね。引退冒険者の受け入れはアール伯領以外でも行われていることでしょう」
命を落とす者は多いが、それでも生きて引退する冒険者の数よりも開拓者協会の役職の数は少ない。
引き抜きは禁止されているが、引退冒険者にも余生を生きる権利を認めなければ構成員の未来を否定することになる。
だがすべての引退冒険者に生きる場所を与えるのはその所持技能の都合もあり王都などの街などでは限りがある。
高度な教育を受けておらず、衰えを加味してもある程度戦闘能力を持つ引退冒険者の需要は魔物の領域と接する辺境にこそあった。
そういった地域に入植する枠を確保することで辺境では戦力を、開拓者協会は冒険者の未来を手に入れる協力関係にある。
ただ、引き抜きとの線引きは難しい。
引退するかどうかは本人と開拓者協会双方の合意が必要だが、命がかかっているのだから冒険者側の意向が強くなる。
もちろん死にそうだからとやめておいて危険地帯で活動し始めたなら協会とその後ろ盾となった王国からの罰が与えられることになるだろう。
「それと、これから我が領で冒険者需要が増えるので依頼を受けられるようなら是非受注してくれというお願いも。引き抜きにならないように検閲したので内容は把握していますよ。しかし見落としがあったなら謝罪する準備はあります」
「うまく言うものですな」
「事実ですから」
エニィは少なくとも形式上は問題がないように整えていた。
冒険者をやめろとは言っていない。
引退を考えているなら、あるいは仕事を選ぶ場合、アール伯領を選んで欲しいと知人に手紙を出してもらった、それだけだ。
アール伯としてここで胸を張って主張しなければならないし、そうできるようにしたのである。
「……なるほど」
しばらく笑顔と無表情で見つめ合っていたアール伯と副協会長だったが、さきに口を開いたのは副協会長だった。
「幸運なだけではないようですな。それで、今回のご用件は?」
「二件ありまして」
副協会長から威圧感が消え、表情が戻る。
それは苦々しげではあったが、エニィ、そしてリリーは向かい合う顔が厳つい以外の圧力が消えたことで副協会長がこちらを試していたのだと確認できた。
こちらの本気度と事業に対する自信を試すことで判断の一助にするのだ。ビビッて説明できなければ将来性なしとして見切りをつける。
貴族の面倒な年配と同じだったとエニィは内心で胸をなでおろした。第一段階は越えたということだ。
そして話を開始した。
「一つはアール伯領への冒険者の派遣依頼。受注期限はひとまず一年、期間は一か月で計算開始は現地入りから、ひとまずのべ千名まで、でどうでしょう?」
「ふむ、確認したいこともありますが、先にもう一つも聞かせてもらえますかな?」
「はい。アール伯領で貴族領内に支部を設置する権利を行使してもらいたい。四十日以内の稼働開始を求めます」
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