第44話

 豊穣祈願祭の三日目、儀式の終盤。金色の雨が領内に降り注ぐ様子はまさに神秘そのものの光景である。

 ここから儀式は性質を変える。

 祭壇場は今までは祈願であったがここからは感謝と儀式の締めにはいり、外では今年最初のクワを入れるのだ。

 この指揮を、アール伯の代わりに家宰であるワートが行うのだ。


「さあ皆さま、神酒はいただきましたね? 担当の場所は覚えていますね!?」


 本来ならアール伯であるエニィ様の一族が仕切るべきであるが、エニィ様は一人で数少ない親族もアール伯領には来ていないため、ワートが代理を務めていた。

 同じように来賓の接待をアーク代官が行っている。

 来賓と言っても開拓者協会の支部長とラビット玩具開発の代表、それからちょうど来ていた隊商をまとめてくれている商人くらいである。

 ラビットの代表は二日目の途中から来賓席を離れているのでいないようなもの。隣の領の代官あたりも呼ぼうかと思ったが向こうもこの時期は忙しいはずなので断念だ。逆に招待されても名代を送る余裕もない。


「これよりクワ入れの儀を始めます。各自担当の場所へ。日が暮れる前に間違いなくクワをいれること。出発!」


 ワートの指示で、歓声を上げながら領民が散っていく。

 今年の耕作予定地は人手の都合上確保した土地の半分に満たないが、今までのアール伯領からすると十倍以上になる。手が足りないが方法はある。


 この場に残るのは運営側のワートたちと来賓席にいる人たち、タダ飯目当てで参加した冒険者や隊商の構成員、ラビットの社員、そして祭壇上の神官とアール伯。

 アール伯の部下の武官(見習い含む)は一班が会場の警備、残りは交代で見回り中。

 うっかり魔物が紛れ込んで少数で散った領民が接触するといけないので念のためだ。


 流れ続ける大地の賛歌。

 その横で機材をいじりながら果物をかじるちっちゃい森人族。

 来賓用の席を抜け出して何をするかと思いきや、一抱えほどの機材を運んできて設置し、そして歌い出した。

 農村ではよく歌われている歌だ。農作業の際歌われる。

 領民も知っている歌で、豊穣神と大地神ともう一柱の神が出てくる神話が元になっている。

 ある意味三神殿の力で行われているこの豊穣祈願祭に相応しい歌かもしれない。


 そして驚いたのは森人族の歌が繰り返し歌われたことだ。

 森人族は一度で歌うのをやめ、その後何度か歌うことはあったが歌っていない時も歌が聞こえるため、確認してみたところ持ち込まれた機材が歌っているのだという。

 録音再生機というらしい。

 最初の歌を魔動錬金具に覚えさせ、同じように歌わせることができる開発中の機材。


 はじめは儀式の場に妙なものを持ち込むのを止めようかと思ったのだが、彼女は計画段階からかかわった魔導師であること、初めは機材を使わずただ皆を誘って歌うという儀式の内容から逸脱しない行動をとったことから様子を見ていたところ、エニィの顔色が改善したためにそのまま放置した。

 怪しい人物だが、多く出資していることは事実であるし、普段の言動を見る限り悪性の人物ではなさそうだ。

 もっとも、悪性でないからといってアール伯に害が及ばないとは限らない。総合的に見れば要監視対象といったところである。


 魔動錬金具による自動的な繰り返しが儀式に影響を与えるというのは思わぬことだった。

 いや、何の変哲もない農作物や木製屋石製の器や台が必要な要素となるのだからおかしなことではないのだろうか。

 ワートは魔法の専門家ではないのでわからないことだったが、現実にはエニィ様が儀式をやり遂げたという事実があるだけだ。








 うさみは録音再生装置の性能について一定の満足と不満を覚えていた。

 前者はひとまず最低限の性能を持たせることができたこと。

 呪文の詠唱をリピートして魔法を複製する魔法はもともと存在するし、類似する効果の道具、つまり魔法を発動する道具はそれこそ無数にあるため、アプローチの違いでしかない。

 音を再現することは難しくはないのだ。

 ただ、効率の点で選ばれてこなかったからこれまで目立たなかっただけだ。

 魔法を使うのにわざわざ音を媒介にする必要はない。振るだけで魔法が発射される杖を作ることができるなら、時間と空気が必要な音による魔法の出力は無駄であるし、他者の認知や介入を招く不利な要素になる。

 人に発声器官があるから手軽に使える媒体だが、道具にするなら候補としては低いのだ。

 魔法に使うに不便ならわざわざ記録再生する魔導具は求められない。

 単に音を再生したいだけなら魔法で十分だからだ。

 だから技術的には可能でも普及していなかった。


 つまるところ娯楽品と同様、贅沢品なのである。

 うさみにしても、移動中の車内が暇でなければ作ろうと思わなかっただろう。運転中は眠くなるし音楽が恋しくなるのだ。

 地球時代は様々な音楽が氾濫していたが、今は音楽がある方が珍しい。

 せっかく開発したのでこれを機会に広まってくれると楽しみが増えていいかもしれない。


 そこで不満点が問題になるわけだ。

 記録媒体である。

 今回はとりあえず幻影魔物用の試作品を使っている。これが試作品だけあって高価である。ついでに書き込み専用だ。

 音楽を記録するなら、そして普及させようと思うなら、使い捨て出来るくらい安価であるか、上書き可能で繰り返し使えてそれなりに手ごろな価格かのどちらかが望ましいだろう。

 そして将来的にでもいいので軽量で持ち歩けるのがいい。

 立体音響にも対応していればなおいい。


 後半はともかく、つまるところ普及に足るだけの性能にはまるで足りていないのだ。地球でも記録媒体を使った音楽鑑賞が高価でハイソな趣味な時代はあったのかもしれないが、うさみが生きていた時代はもっと安価で手軽なものだった。

 そのころのことを思えば是非にも安価で入手しやすい素材が欲しい。

 食料も布も高価な時代に娯楽用の贅沢品を安価で入手しようというのが難しい話なのだが、それは棚に上げておく。



 それにしても。と、うさみは改めて思う。

 エニィは思っていたよりも腕がいい魔導師である。

 一人で大規模な魔法を丸一日以上も制御できるのだから。

 三日もつかもしれないと思うくらいだった。

 今回はうさみが余計な手伝いをしてしまったが、何度かやってもう少し成長すれば持たせることもできるだろう。

 本人は中の下と言っていたが、それが事実ならジューロシャ王国の予備役魔導師の質は高いらしい。

 レベルやクラスに比べて魔法の扱いが上手いのはいいことだ。他者と呼吸を合わせてうまいことやる儀式魔法のノウハウを持っているというのはさらに良い。

 エニィをラビットに勧誘できないだろうか。無理かな。アール伯これから忙しいだろうしね。


 結界による神聖魔法儀式の制御が成功したことは、この国ではそれなりの事件になるかもしれない。

 それ以上に領の開発の山場を一つ越えたことでやるべきことが嵐のように襲ってくるだろう。

 かかわった以上うさみも手を貸すつもりだが、ラビットに依存してもよくない。

 ラビットはおもちゃ屋でアール伯は政治家なのだから、癒着するにももっといい相手がいるだろう。


 残念なことだとうさみは果物を両手で持って丸かじりしながら儀式の仕上げが終わるのを待つのだった。

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