第43話

 魔法の分類法にはいくつかあるがその中で戦術級魔法という分類項目がある。

 これは、その魔法を発動させれば、戦場の勝敗を左右することができるだけの威力があると認められる魔法をさす。

 通常一人で使うようなものではなく、複数の魔導師が儀式魔法として使用する。

 戦場全体に影響を与えようとするならば少なくとも十人規模であり、敵はこの儀式を妨害しようと動き、味方はそれを守ろうとする。

 お互いの儀式魔法を先に発動した方が勝ち、という賭けは好まれず、妨害魔法や反魔法による相殺・打消し、同格以上の防御魔法による防御なども行われる。

 エニィのような予備役魔導師は戦場でこの戦術級魔法を扱うのが仕事の一つである。

 つまり専門家だ。


 戦術級魔法の上に戦略級魔法という項目もある。

 これは戦争の勝敗を決定づける規模・効果の魔法だ。

 一例を挙げるなら、遠隔で、対魔法防御が施された、都市一つを消滅させることができるなら戦略級魔法としては十分だろう。敵対国の首都を一撃粉砕できるなら。

 戦略級魔法となると、必要な魔導師の数も、儀式の期間も跳ね上がる。

 千人規模は必要になるだろう。術者の命を賭けずに、というならもっとである。

 一定以上の水準の実力を持ち、膨大な数の魔導師と協調する儀式魔法に携わることができる魔導師を千人以上集め、従事させるというのはよほどの大国でなければ不可能であり、戦略級魔法というのは今のところ、少なくともジューロシャ王国や新帝国が属する人類圏においては理論上の存在だ。


 あるいは古代魔法帝国などでは実用範囲だったかもしれない。神話やおとぎ話にある大破壊などは戦略級魔法によるものではないか、という説もある。


 戦術級魔法、戦略級魔法の二つの差は主に破壊規模だが、単純な破壊とは別の見方もあるため、両者に厳密な境界はない。


 さて。

 この分類によると、今回の豊穣祈願祭の儀式は何に当たるだろうか。

 都市を形づくることは戦略的規模の行為である。

 防衛力の維持、物資の生産・備蓄、治安維持、流通の確保、これにより一つの前線を構築することになる。

 アール伯領は都市ではないしかし、都市よりも広い範囲を水路結界に収め、その範囲内を魔法で制御しようという試みだ。

 だから豊穣祈願祭は戦略級魔法であるか。

 拠点の構築は戦争の勝利と等しいか。

 そこまでは届かないだろう。

 しかし戦場一つには届くだろう。

 だからこれは戦術級魔法の範疇で、最大限甘く見てもギリギリ戦略級魔法には届かないもの、という評価が限界だろう。



 さて戦術級魔法であっても、最低十人規模で行う儀式魔法であることは述べた。

 戦場と違い、水路結界に祭壇、その他魔法行使の補助を多数設置してあるので負担は大きく軽減される。

 しかし、扱う魔法の規模は並の戦術級魔法を大きく超えるものだった。

 しかも範囲を細かく指定する。

 そういった制御はすべて、エニィが行うことになる。

 神官たちは通常通りに祈り、奇跡を願う――神聖魔法を使うので、これに介入して操作するのがエニィにしかできない役目だから。


 魔力の問題はいい。参加した神官たちに魔動石、さらに祭りに参加者たちからの徴収が行われ、必要量は確保できる計算だ。

 ただ、制御を一人で行うというのはどうだろうか。


 戦略級魔法は最低十人規模で行う儀式魔法である。


(無理を言ってでも、一時でも、魔導師を呼び寄せればよかった)


 などという思考が魔法の安定をさらに乱し、慌てて持ち直そうとするが、慌てた分余計に乱れ、強引に修正しながら冷静に戻してしかし落ち着けばまた余計な考えが頭をよぎり、と繰り返す。


 なにぶんエニィにとっても初めてのことであり。

 あるいは他者の介入でより制御が難しくなることも考え、一人でどうにかしようとした。

 正直なところ当てもない。

 同じ予備役魔導師であっても本職を持っていて長い時間拘束することは難しいし、そもそも信頼できる相手もいない。落ち目の貴族の交友関係などお寒いものなのだ。


 しかしやるしかなく、それでも力が足りない。

 理論上可能な限りの補助は立てたが、最後の最後、自分の力が必要だった。


 祭壇の上を見る。

 祈りの言葉を続ける司祭。

 太鼓をたたき続ける神官。

 今年植える予定の農作物あるいはその種が捧げられている。

 多くの祭器と魔導具が配され、エニィに前には土で形づくられた領の模型が置かれている。


 ここまでのアール領復興の試みはうまくいっている

 必要な組織を巻き込んだ。

 ほとんど身投げ同然の交渉で協力を求め、形だけでも必要な要素を取り繕った。

 あとはこの儀式さえ成功すれば。


 そんな重要な儀式なのに自身の力を見誤った。


 なんとか二日目の今日までは耐えてきた。

 だが、許容量を超える制御を続けてきたのだ。このままでは最後までもたずに破綻する。かも。しれない。


 悪い想像がエニィの頭をよぎる。乱れる。取り戻す。

 一心不乱になれればよかった。

 だが、疲労もあってかわずかな瞬間に弱気がエニィを刺してくる。

 頑張ったしもういいじゃないか。やるだけやったんだ。

 うるさいいいわけないだろう。

 でも実際ここらが限界だろう。

 知るかバカ。


 弱気を打ち消す。

 だがそれに気を取られて制御が乱れ――。


「はい、ラビット玩具開発うさみ、歌います! 大地の賛歌! 知ってる人は一緒に歌おう!」


 そんな時に聞こえたのが、ちっちゃいのによく働く、森色の瞳をした金色の髪の森人族の声だった。




 大地の賛歌。

 それは大地神と豊穣神の姉妹神の歌だ。

 豊穣神が姉神たる大地神と喧嘩をして住処を飛び出し旅に出る。

 豊穣神は様々な経験をして、ある神に恩を受けともに旅をする。

 この神についてはいずれの神かは伝わっていない。

 そんな中、その神が窮地に陥り。しかし豊穣神の力ではかの神を助けるには力が足りなかった。

 そこで豊穣神は助けてくれと大地神の名を呼んだ。

 大地神はすぐさま妹神の元へ現れた。二柱の神が力を合わせ窮地を乗り越え、かの髪を助けた。

 このことがきっかけで大地神と豊穣神は仲直りできた。よかったねおめでとう。

 そんな歌だ。


 うさみの声がすっと頭の中に入ってくる。

 唱和する領民たちの声が続く。

 すると、苦しかった魔法の制御が楽になった。


(これは……いや)


 祭壇の外、領民をはじめとする参加者の行動もまた、儀式の一部だ。

 神にささげた食べ物をふるまうというていで、祭壇の下の供儀台に一定時間おいた料理や酒がふるまわれ、感謝と祈りを込めて歌い踊る。

 それが偶然エニィの助けになった?

 いいや、考えづらい。偶然ということがあるものか。


 うさみ。


 あれは何者だ。

 知っていればこっちを手伝わせたのに。

 そんな考えがぐるぐると回る。


 いけない。

 歌が終われば、負担が戻る。こんな乱れた心では維持できない。


 エニィは気を入れなおした。


 そして歌が終わる。

 少し休めた。ここからだ。

 そう身構えた。


 しかし、歌は終わらなかった。

 どういうことだ。

 もう一周。

 終わらなかった。


 ここでエニィは疑問を捨てた。

 なんでもいい。最後までもたせられるなら。



 こうして三日三晩の儀式が終わった。

 最後まで歌は途切れなかった。

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