第45話

 豊穣祈願祭の成功によって、アール伯領は多くのものを手に入れることができた。


 その筆頭はもちろん、農地である。

 かつての魔物との大規模な戦闘跡地であった森と先日までのアール伯領の実質の領地との間にあった荒地が大きく農地として利用可能な状態なったことで見込まれる利益は大きい。

 魔物害があるために農地の確保は大変で、だから農作物には価値がある。

 その一方で、魔物が生息する森との距離が近づいたことになる。

 未だ森を切り開いてはいないのだから当たり前だ。

 また、農地の大幅増加に対して農民が足りていない。

 今までの二倍程度ならこれまで押し込まれていたこともあるので一人一人が頑張ればなんとかなるが、桁がひとつ変わるとなると話が変わってくる。

 畑を耕すのも、水をやるのも、雑草を抜くのも、そのほかの世話も、一人が管理できる農地の広さには限界があるのだ。

 人を増やすか、魔法を使うか、畜獣を使うか、それ以外か。いずれも長所と短所がある。


 次に、神官の儀式と魔法儀式を組み合わせた儀式魔法成功の実績。

 これは新しい技術のはじまりと見るものがいるだろう。

 逆に、特に信心深い者のなかには否定的な意見を持つものも出ることが予想される。

 これらへの対処をしつつ、アール伯領として利益を得るか、最低限足を引っ張られないようにする必要があるだろう。


 続いて。

 領民の中に神官のクラスを得たものが現れた。

 それも複数。領民全体の一割程度だ。開催宣言の際の演説で、しっかり祈るように念を押したのが効いたのだろうか。

 大地神官と豊穣神官が大きく増えたことになる。

 儀式の最中に獲得し、豊穣祈願祭が終わった後で発覚した。

 本人たちは慌てたために報告が遅れたと言っている。

 領内各地に散ってクワを入れる役割を負っていたので確かに忙しかっただろう。

 まさか自分が、という思いもあったに違いない。


 神官のクラスを得たとしても、必ずしも出家して神殿に務めなければならないというわけではない。

 農民としてせっかく広がった農地を置いて祈るばかりに専念しなくてもいいのだ。

 ただ神官としての基本的な作法は学んでおかなければならないだろう。

 彼ははますます忙しくなるに違いない。


 最後に。

 エニィと、祭壇に上がっていた神官たち九名のクラスと一部スキルが成長した。

 エニィは魔導師。神官たちはそれぞれの神官のクラスだ。これが普段のこつこつ進める修練の結果ではなく、突然大きく成長したのだ。

 ジャンプアップなどとも呼ばれる現象で、極端に強い魔物と戦って運良く倒した者などに起きる事例とよく似ている。ただしレベルが上がっていないことが違う。

 これは水路結界を利用した拡張豊穣記念祭がそれだけ難しい儀式だったということである。

 エニィは魔法制御のスキルが特に伸びた。

 三日三晩苦労した甲斐があったというべきか、これほどの無茶をしたと反省をするべきか。

 結果だけ見れば来年、同じ儀式を成功させるための好材料になるだろう。それはそれとして魔導師を増やして安定させたいところだが。


 さて、アール伯領とは別に、ラビット玩具開発でも得るものがあったらしい。

 二日目から聞こえた歌声だ。

 うさみが手を貸してくれたのかと思っていたが、それは違った。いや、違わないのだが、思っていたのとは違った。


 ずっと聞こえていたうさみの歌声は、最初に一度を除いて魔動錬金具によって繰り返されたものだった。

 声を道具に封じて再現するというものらしい。

 大変結構。興味深い発明だ。

 魔法制御を補助する効果を持つ道具が増えるのは助かる。

 ただ、うさみが後ろで支えてくれていたものだと思っていたので、なんだか肩透かしを食らったような、あるいははしごを外されたような、そんな気分になった。いや、十分助かったのだけれども。


 と思っていたら、儀式の制御を助けていたのはうさみだったらしい。

 歌は儀式への介入の媒介に過ぎず、実際付きっ切りで背中を支えてくれていたのだそうだ。

 これは何とも悪いことを思ってしまったとエニィは反省した。謝ったりはしないが。相手が気づいていない上誤解だった失望をわざわざ伝えて謝るのは、相手をいやな気分にさせるだけの自己満足である。


 結局のところ、うさみの力を借りたのは事実なので、礼はしておく。そしてやはり来年は魔導師を増やさなければ。



「ふう」


 エニィは筆をおいて伸びをした。

 今回のまとめはこんなところだろう。

 これで一つの結果を出した。

 次は農地からの収穫の成果が確定するあたり区切りになるだろうが、それまでに動き出す者がでてくるはず。

 季節が変われば魔物の動きも変わる。森に近づいた分、これまでの情報はそのままでは使えない。

 結果に対する反応。同じことをしようと望む者、利益を求めて集まる者、行為を否定する者。余計な心配ですめばそれでいい。だが準備はしておかなければならない。


 先行きは不透明。しかし目標はあり達成のための計画もある。

 一つの課題はクリアした。ボトルネックであり、前提だった。

 これはあくまではじまりであり、すべてはまだこれからだ。



 喫緊の課題はまだ残っている。

 領の戦力だ。

 魔物と戦う力。領内を治める力。旧家臣から復帰した家臣たちは頑張ってくれているが、求める水準を満たしているかというと質も量も不足している。

 かといって信用できない者をこれ以上増やすのも危険である。すでに冒険者を多く腹のうちに抱えているのだ。詭弁とカネで実質囲っているも同然な状態をごまかしているだけ。彼ら開拓者協会と十分な信頼関係を結んでいるかというとまだまだだ。単純に時間が不足している。新しいことを始めた以上こればかりは仕方がない。

 となると教育するしかないだろうか。

 教官が必要だ。


 そしてもう一つ。武器であり問題がある。

 後継だ。婚姻問題ともいう。

 エニィは独身で、近い血縁者も残っていない。遠縁をたどることはできるがこれまで懇意ではなかったのだから他人も同然だ。実際最初に助力を求めた時断られている。

 エニィの配偶者という立場は武器になる。

 アール伯領が成功すれば成功するだけ強力な。

 しかし、エニィがそれを御しきれなければ諸刃の刃だ。

 アール伯はエニィである。婿を取ったとして、その男性はアール伯にはなれない。過去に婚姻による乗っ取り事件があり、国法で規制された。

 また、養子をとるには結婚している必要がある。

 これも過去の事件からそのように国法で定められている。

 そう言う意味でも現在のアール伯家は滅亡寸前なのだ。


 そんな条件で婿に来る者、できればあまり口を出してこず人を派遣できる実家の者。余計な野心を持たず、なおかつ何かしら役に立つ技術なりを持つ者。

 そんな都合が良すぎる相手がいればいいが、高望みすぎるのはエニィでもわかる。



 問題は山積み。

 退路は無し。

 エニィの戦いはこれからだ。

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