第24話

 エニィとうさみが、旧領都から現門の村へと戻った日の夜まで話を戻す。


「計画の大枠を決めておかなければならないわ」


 アール伯エニィ・ウェア、アーク代官、うさみ、それぞれの護衛や副官やお目付け役という面子による今後の計画についての話し合いが行われた。

 その開始を宣言するエニィに対し、アーク代官が尋ねる。


「使える人手が確定しなければ規模を決められないのでは?」

「いいえ。幸いにして資金が手に入った。人はおカネがあればある程度集められるから規模を決めて必要な分集めます。計画に遅れが出るのは上等として、優先度が高いところから充足させていくわ」

「ふぅむ、なるほど」


 エニィはこれまで勤めてきた役所での仕事によって、様々な事業の成功失敗を見ることができた。

 何を重視して計画を立てるかという部分も様々だったが、目標が明確である方が成功だったように思う。


「目標は私の代で旧領都までの安全を確保することとする。そのための第一歩として、まずは森の前線までを確保しようと思います」

「旧領都まで……いえ、まず森の境界までというのは順当なところでしょうな」

「そしてその最初の仕事として、現在の村を門の村と名付けます」

「おお……」


 アール伯領の現状を確認する。

 まず、アール伯領とダイク直轄領の境界に近い場所に門の村がある。これは旧街道あるいは街道跡と呼ばれている、件の街道によってつながっている。

 門の村の周辺には林がある。これは森と違い管理できているもので、生活に必要な燃料や草木などの供給元になっている。

 その奥には荒れ地が広がっている。

 これは昔大規模な攻撃魔法を使用した結果不毛地帯となった場所と言われており、森が侵出してきていなかった。現在は木や草がまばらに生えている。今後何十年も放置すれば森になるかもしれないが、それは今すぐではないだろう。

 そしてその更に奥、森によって埋め尽くされている。

 その中に川があり、そして旧領都が。さらに先には旧帝国だった場所につながるはずだ。


 アール伯領への入り口は現在は旧街道のみであるが、昔は川という水路もあった。

 しかしこれは王都方面ではなく別の貴族領へとつながるものである。現在は森の向こうでどちらにしても使えまいが、エニィが言うように旧領都までの安全を確保できたのならこちらも利用できるようになるかもしれない。


「荒れ地への進出自体は難しくはありませんな。重要な課題としては、水。及び荒れ地の生産力の回復、そして森から現れる魔物。荒れ地の魔物はさほど強くありませんし、狩り続ければ勢力は衰えていくでしょう」

「水源問題と農地としての能力が低いことで、村を広げられなかったと先代からも聞いているわ。通常の手段で農地を確保することはできないでしょう」


 門の村は井戸で生活している。

 これは街道上に作られた休憩所、夜営所を村に作り替えた際、そのまま利用しているもので、給水量には限りがあり、村の規模もこれによって限界がある。

 農業用水も賄っており、使用頻度は極めて高い。

 枯れてしまうと致命的なので巡回神官に水の祝福を定期的に受けていた。

 祝福とはつまり神聖魔法の一部を刺して神殿が使う用語である。


「高度な祝福を頼むには多くの献金が必要だけれど、今なら払えるわ。ただ、それでもただ払い続けるのは進歩がない。今の村が単純にいくつか増えるだけだと余裕もないし防衛面でも心もとないわね」

「とはいえ、水神官の需要は高いですからな。辺境の我らが領の優先度は……」


 需要が高い神官稼業は売り手市場である、などというと神殿に睨まれるが、相応の謝礼を奉じなければならない以上無限にお願いするというわけにはいかない。

 しかし、祝福を受けると受けないとでは世界の法則が違うのかというほどの効果がある。

 平地に泉を湧かせたり、不毛の大地を豊作を期待できる農地に変えたりできる。

 しかしそれほどの祝福を扱える神官というのも限りがあるらしい。

 効果量や時間も神官の腕に左右される。

 それでは人材の数という制限がかかり、希少性から対価が高くなるのは経験から理解できることだった。


「そう。だから当事者になってもらうわ。神殿をたてて、水の結界を居住領域に展開、農業、生活用水も結界に使う水路から賄う。水の祝福を受けた街、これをアール領につくる。今回得たあぶく銭でね」

「なんと……!」


 王都で端の端ではあるが携わった都市計画案の中に、神殿を礎とする結界による都市防御というものがあった。

 実のところ大きな都市では考慮されて神殿が配置されていることも多いらしく、古くから使われていて実績もある手法なのだ。

 ただ、水を利用するには川や湖を利用することが多い。

 井戸一つのアール領でできるかというと、どうなのか。


「複数の要素を重ねて強化すれば。最近の研究の成果も合わせて。この辺りを包括する水神殿による結界。どうかしら、うさみ?」


 広げてあった地図。

 エニィは門の村を始点にして森の境までの荒れ地まで、指で丸を描いた。

 水を使うべきと確信を持ったのは、うさみの聖水による結界を見た時だ。

 飲料水、農業用水、結界の媒体など複数の利用価値がある水を特に扱って、一挙両得以上を狙う計画。


「えっと、そうだね、素人意見だけど」


 うさみが指をさすと地図の上に桃色の光が生まれ、指の動きに合わせて軌跡を残す。

 時間が経ってもそれは消えない。細やかな技術が得意か、魔法陣を利用する魔法使いならできる小技である。


「ん、色が見にくいねこれ」


 桃色から青に変わる。


 うさみは光を使って正三角形を描いた。頂点の一つは門の村であり、残り二つは森との境の手前あたりに位置している。


「それなら礎の数が少なくてもよくて形質的にも強固な三角形がいいかな。錬金学的にも置き換えて利用できるから。この線に沿って水路を通して、頂点に神聖魔法を補助するなにか、神像か、眷族の像かな。で、噴水にするの。多重に意味づけして。うちがパトロンしてる大地神官の彫刻家がいるから連れてこよう。それから――」

「神聖魔法の石材で噴水、となると、水瓶を掲げた乙女がいいかしら。多重陣にして中央に魔法増幅効果を強化してみるのはできないかしら。あとは――」


 専門的な魔法の話になると、アーク代官は口が出せない。ある程度話がまとまるまでは聞くに徹しながら、自分でもわかる視点、たとえば日常生活に不便にならないかであるとかを考えておく。地図上に光で線が引かれていくので考察の材料としては十分だった。


 そのアーク代官をよそに、魔法使い同士の話は進み、ひと段落。

 地図上には旧街道をも組み込まれ、水路と道で一枚の画像となった図形が完成していた。


「まあ出来ると思う。で、それならちょっとお願いがあるんだけど」


 いけそうだという結論を出したうさみが上目遣いでエニィを見る。

 これまで異様なほど要求をしてこなかったうさみ。

 それが今回お願いと言い出したことで、エニィはなるほどやはり目的はあったのかとほっとした反面、何を求められるかと少しばかり鼓動が早まった。


「この魔法増幅効果がある中央の一角、ラビット玩具開発の実験場を置かせてもらいたいんだ。王都じゃ広い場所が必要なやつを作るのに不便なんだよね」



 エニィはこのお願いを了承した。

 ラビットとの関係を深めるのはアール伯領にとって役に立つという打算があったし、初めて獲得した協力的な相手を逃さないためにも要求を受け入れようと考えたのだ。これも打算か。別にちっちゃい子の上目遣いにほだされたわけではない。


 この判断が、アール伯領の中央村に一角竜が姿を現す結果をもたらすとは、一人くらいしか気づいていなかった。

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